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トップランナー紹介

こと京都 山田敏之氏

Update : 2018.06.23

脱サラ就農!京都の伝統野菜 九条ねぎで年商10億円

京都市・伏見区。この地に、九条ねぎで年商10億円以上を売り上げる会社がある。農業生産法人 こと京都株式会社。その歴史は、山田敏之社長がアパレル企業の営業マンを辞め、1995年、32歳で実家の農業を継いだことにより始まった。当時は、家族経営のごく普通の農家だったという。

上写真:家業を継いだ当時 下写真:九条ねぎの畑

目標は年商1億円。
九条ねぎ一本に絞る

独立をしたくてアパレル企業の営業マンを辞めて、実家に戻って就農したとき、父親に言われるがままに1年間、懸命に働いた。しかし年商が400万円だったので愕然としたという。このとき社長は、農業を儲かる仕事に、つまり「ビジネス」に変えたいと考え、年商1億円という目標を立てスタートを切る。このとき1億円という明確な目標を立てたからこそ、会社の今があると社長は振り返る。

このままでは難しいと考えた山田社長は、父親の反対を押し切り、キャベツ、大根、水菜などの多品目栽培をやめ、九条ねぎ1本だけに絞った。九条ねぎは、種まきから収穫までのサイクルが早く、1年を通して収穫できる。九条ねぎ1本に絞ったことによって、コスト削減と作業効率アップを図り、年商は4倍の1600万円に跳ね上がった。

カットねぎに注目。生産者が加工も販売もすれば儲かる

続いて山田社長が目をつけたのは、ねぎの加工業者だった。古くから京都には、生産者から買い取ったねぎを輪切りにして飲食店に売るという商売が行われていた。そのカット加工を自らの手でやろうと考えたのだ。ただ九条ねぎを生産して終わりではなく、もし、生産者自らがカット加工も販売もすれば儲からないはずは無い。そんな確信を胸に社長は東京へと向かった。

社長はかつて営業マンだった持ち前のスキルを生かし、自らの足でラーメン店を回り、カットねぎを売り歩いたそうだ。折りしも東京は空前のラーメンブーム。京都からわざわざ農家が営業に来たこと、その品質や味の良さから大好評を博す。こうして、白ねぎがポピュラーだった東京のラーメン業界に、青ねぎ、つまり九条ねぎの確固たる地位を築いていった。これを契機に社長はラーメン店への直販へと舵を切る。

そして2002年には、有限会社竹田の子守唄を設立。ついに年商1億円を達成する。

“こと京都流” ビジネスモデル
安定供給、安定収入 持続可能な農業を目指す

さらに、山田社長は、地元京都の農業生産者たちと委託契約を結ぶことで自社以外の外部にも九条ねぎを生産・集荷するルートを拡大していった。こうして、九条ねぎの生産から加工、販売までをトータルで行うことで、安定供給・安定収入のビジネスモデルを目指したのだ。

養鶏場の設立で循環型農業を実現

2003年、美山に養鶏場を開設。カットしたねぎの屑は鶏の餌になり、鶏の糞は良質なねぎの肥料になる。そんな循環型農業も実現。ケーキなど卵を使った商品も開発するなど経営は順調かに見えた。しかし、2004年、鳥インフルエンザが猛威を振るい一気に会社は赤字に転落、窮地に立たされる。

社長は心機一転、経営塾「同友会実践道場」にて猛勉強、自らの経営の考え方について見つめ直す。元々はサラリーマンだったので会社経営については、全くの素人だった。この時期、経営というものをしっかり学び直したことが大きかったと社長は語る。

そして2007年に、こと京都株式会社に社名変更。自社の強みである“京都”を社名に入れ、年商は3億円を突破。さらに2008年、ある事件をキッカケに会社は追い風に乗る。

上写真:美山養鶏場 下写真:こと京都本社

“こと京都流” 成長戦略①
食の安心、安全の追求で販路拡大

農薬混入の中国冷凍餃子、度重なる食品偽装問題など食に関する不祥事が相次ぐ中、安ければいいという風潮から、安心・安全な食へと食品業界全体の意識が変化した。まさに千載一遇のチャンス。山田社長は、京都産の高品質な九条ねぎという自社の強みを武器に、年商10億円を目標に動き始めた。

2009年、九条ねぎの生産地を京都・美山町と亀岡市に拡大。これによって、夏季の安定生産と天候不順による不作の影響を軽減をはかる。さらに同年、九条ねぎ生産グループ「ことねぎ会」を発足。JGAPの取得、生産・販売計画への参加を条件に、農業生産者100件との契約を見直し、27件の生産者と契約を結びなおした。こうして安定して、高品質な安心、安全な九条ねぎを生産・集荷する体制を整えた。

“こと京都流” 成長戦略②
二次加工品でさらなる農業の6次産業化を実現

九条ねぎの二次加工品

上写真:冷凍野菜 下写真:山田社長と社員のみなさん

2011年には、食の衛生管理 HACCPに準拠した新しい本社工場を稼動。様々な二次加工品も自ら開発・販売し、ラーメン店などの飲食店の他に、スーパー、百貨店へと販路を拡大。さらなる農業の6次産業化を実現した。そして2016年には、ついに念願の年商10億円を達成。

2014年には、日本のねぎの総合商社、こと日本株式会社を設立。日本全国の白ねぎ、青ねぎの全てのねぎの生産者を、生産・加工・流通のあらゆる面で繋ぎ、様々な技術や情報を共有して、日本の農業の活性化を目指す活動を始めた。

さらに、岩谷産業との共同出資で設立した、こと京野菜株式会社の新工場を2017年稼動。自社や地元京都の農家が作った京野菜を、冷凍加工技術、「フレッシュ・アイ製法」を用い、まるで採れたてのように美味しく冷凍することに成功。これにより、旬が短く希少な京野菜に新たな道を拓いた。

旬の時期が短く、希少な京野菜は冷凍事業に非常に向いている。冷凍加工技術を使って賞味期間を伸ばせば、消費量が凄く増える。そうやって、自社だけでなく、京都の生産者たちの作った京野菜を全国に向けて広めていきたいと社長は希望に胸を膨らます。

山田敏之氏プロフィール

1962年、京都府京都市で生まれる。大阪学院大学商学部を卒業後、約8年のアパレル企業勤務を経て就農。2002年、有限会社竹田の子守唄を設立、のち07年にこと京都株式会社に組織変更を行う。2014年にこと日本株式会社、15年にこと京野菜を設立。15年に九州大学大学院修士課程を修了。現在、日本農業法人協会会長、日本食農連携機構理事、京都府農業経営者会議会長、野菜流通カット協議会監事などを兼務する。著書に『脱サラ就農、九条ねぎで年商10億円』がある。

「こと京都株式会社」データ

年  商: こと京都 11.8億円(グループ合計 16.4億円)
従業員数: 156名(社員44名 / パート94名 / 研修生18名)
こと京都HP:https://kotokyoto.co.jp/