Update : 2024.8.8
日本は、自動車や半導体メーカーをはじめとする高い技術力が評価され、世界から「ものづくり大国」として称賛されてきた。その技術を農業に応用し、次世代型の農業ビジネスを展開しているのが「株式会社 和郷」。代表の木内博一氏が掲げるビジョンは、国際競争力を高め、将来的には農業を日本の基幹産業として成長させること。
現在、動き出しているビジネスモデルから、未来に向けた農業の可能性を探る。
これまで和郷は、マーケットインの発想を取り入れた生産・加工・販売という「農業の6次化」を推進してきた。その過程で構築したサプライチェーンを、これからの時代に合わせて進化させ、最小限の資源投入で最大限の農産物を得るというサステナブルな農業経営へと移行している。それを実践しているのが福井県・高浜町の6haもの広大な地に誕生した「ファーム&ファクトリー若狭」((株)福井和郷)だ。
「サステナビリティが求められる時代において、私が考える農業は『食材製造業』というシンプルなものです。製造の過程で技術の進歩や新しいテクノロジーをしっかりと取り入れるべきだと思っています。名前にもあるように『ファーム&ファクトリー』は、農業と工業の技術を融合させることで、生産から加工までのサプライチェーンの拠点となり、世界と戦える農業ビジネスを構築するものです。」と木内氏は語る。
木内氏が目指す基幹産業としての日本農業の実現には、かつての日本の電機産業や自動車産業がそうだったように農業を頂点に裾野産業をどれだけ拡げていけるかがカギという。
競争力を高める上で欠かせないものが生産効率。高品質かつ安定供給を両立させるために、「ファーム&ファクトリー若狭」を稼働させた。ここには、太陽光利用型と人工光利用型の二つの植物工場、そして冷凍ノウハウを含むフリーズドライの活用も可能な青果加工場の機能を備えている。
この「ファーム&ファクトリー若狭」の強みは、効率的な栽培施設に止まらず、食品加工場を併設している点にある。原料向けに素材をそのまま販売するだけではプライスの主導権は握れないと、一体での施設整備の背景を話す。
「我々が植物工場と呼んでいる最大の理由は“高度な環境制御”にあります。空調や水、光のコントロールなど、様々な場面で工業の技術が活用されています。そのおかげで、天候や立地に左右されず、安定的に作物を栽培できます。人間が管理はしているものの、基本的にはプログラムによって自動制御されているため、省力化にもつながっています。」と語る木内氏。
木内氏は、植物工場の強みとして、①電気さえあれば365日生産が可能、②無農薬での栽培が可能、③菌数を抑えることで日持ちもよくなり、廃棄ロス削減が可能な点と話す。電気代の高騰が進むなかでも、徐々に割高な植物工場産野菜利用への理解も拡がりつつあると分析している。
敷地内で一際目を引く、3.6haの広さを持つ太陽光利用型植物工場では、現在、約22万本のフルーツトマトが栽培されている。ハウス内では、温度や湿度、CO2濃度が制御され、作物の育成に最適な環境が一年を通じて保たれている。
さらに特徴的なのは、「土を使わない」隔離培地栽培。土の代わりにヤシの実の殻を細かくした有機培土を使用し、栄養分や水分は潅水チューブで直接供給する。培土の乾燥具合で水分量を調整し、旨味を凝縮させて糖度を高めている。
「現在は年間で約360トン生産しています。通常の大玉トマトになると、その倍以上の収量になりますが、ここではクオリティーを追求する栽培仕様になっていますので、価値の高いトマトを作っています。」
人工光利用型植物工場でも同様に、光の量や温度、空調が制御され、栽培に適した環境によって、1日あたりの生産能力はおよそ2万株を超える。衛生管理も徹底されており、通常の栽培に比べて細菌数も大幅に減少している。
「消費者の目線に立つと、安全安心と言われるような環境になっています。特に農薬の使用というのは、この空間で作りますので一切ありません。また、種を植えるところから出荷するまでクリーンな環境を保っているので、極端に言えば洗わずに食べてもらって構わない野菜が栽培できます。」
土を使わない植物工場での栽培は、土壌成分バランスの崩れによる連作障害や過剰な肥料による土壌汚染を防ぐことができ、トマトを栽培しているヤシ殻の有機培土は繰り返し使用するので環境にやさしい。また、農作物では欠かせない水についても、栽培で与える水分量は必要最小限に抑えられ、葉物野菜の加工工程で使用する洗浄水も節約されるため、エコである。
このようなサステナブルな栽培方法は、資源の乏しい発展途上国での野菜作りを可能にし、環境を守ることが、次の世代への農業につながっていくと木内代表は語る。
栽培技術の向上に加え、青果加工においても工業技術を融合させて生産の効率化と品質向上を強化している。
例えば、ハウス内で育てられた野菜は最新の技術を用いて選別・加工されている。収穫されたトマトはサイズや重さを一粒ずつ選別機で計量し、センサーで糖度をチェックする。これにより、高品質なトマトだけが選ばれ、消費者に届けられる。
さらに、これまで培ってきた規格サイズにカットする技術と、急速冷凍する技術が活用できるフリーズドライ製法を新たに導入。フリーズドライとは、野菜を急速に凍結させた後、真空状態で乾燥させることで、水分を飛ばしながらも栄養素や風味を損なわずに長期間保存できる技術だ。
「カット技術と冷凍技術があってこそのフリーズドライなので、一般的な野菜や果物といった素材加工の頂点だと私は考えています。和郷が持っていた技術力に工業技術が融合した結果、太陽光・人工光・フリーズドライという3つのプラントが一つになりました。私たちはこれを『フードコンビナート』と呼んでいますが、これによって一つの固まりで日本の食材や食文化、多彩なメニューを海外に浸透させていくことができる。これこそが、これからの日本が行うべき輸出なのではないかと私は考えています。」
木内氏の次なる一手は、単に野菜などを輸出するのではなく、生産~供給拠点を一体的に海外に移す「フードコンビナート戦略」である。
昨今のインバウンド需要により、日本食の価値が評価されている。ラーメン店や寿司店などはすでに海外進出しているが、木内氏によれば、これらの業態は原材料が現地で賄えるため、サプライチェーンを必要としない。しかし、訪日外国人を魅了しているのは、安くて美味しい居酒屋文化だ。多彩で庶民的な料理を作るには日本の食材が欠かせないうえに、低価格を実現するためにはサプライチェーンが不可欠だ。
特に鮮度が命の葉物類や果菜類は空輸ではコストがかかるため、本物の日本食が味わえる居酒屋チェーンの海外展開はこれまで難しかった。そこで、木内氏は、日本食の材料供給のサプライチェーンとなる「フードコンビナート戦略」に商機があると見ている。
現地で日本の食材を生産し、低コストで新鮮な食材を供給するサプライチェーンを築き上げることを通じ、日本食の輸出がスムーズに進む。また、海外であれば、日本よりも電気代が安いので植物工場も採算にのりやすいという点も加わると話す。
「現在カナダで現地パートナーの植物工場をプロデュースし、マーケットに植物工場で作られた何種類かの葉物類を提供することから始めるという取り組みをしています。これをさらに拡充してサプライチェーン構築を実現したい。海外で日本と同じようなメニューが、日本で製造するようなコストで提供できるフードサービスが欲しいというのが、この先のニーズだと思います。」と木内氏は語る。
新たな技術を取り入れた次世代型の農業を成功させ海外に生産拠点を広げる一方で、生産性の高い「フードコンビナート戦略」は高齢化と人口減が加速する国内での地域の活性化に繋がることを木内氏は期待している。
どんな産業であれ、若者が集まらない産業は続かないというのが木内氏の持論だ。
「若い人たちがこれから農業という職業を選んでくれるかと言ったときに、僕的には自分の子供を見たりしていると一抹の不安があります。日本人の若者が現場で働くような環境を作っていかなければなりません。やはり『食』なので、人類である限り人は食べますから、こういう農業であれば若者も入ってきてくれるのではないかと期待しています。」
また他方では、今後の成長分野として、日本の果物にも注目をしているという。これまでタイで展開してきた「1本バナナ」の高付加価値販売の成長モデルを日本に持ち込むべく、沖縄でのバナナ生産に着手等、国内の生産拠点の拡充にも着実に取り組んでいる。
国内外での事業伸長を通じ、日本農業を世界に広めるためのサプライチェーン構築と積極的な次世代農業技術の活用が日本農業の未来を切り拓く。
農林水産省農業者大学校を卒業後、家業である木内農園に就農。1991年有志4名とともに野菜の産直を開始。1996年、有限会社和郷を設立(2005年に株式会社和郷に組織変更)。1998年、農事組合法人和郷園を設立。2016年に明治大学専門職大学院グローバル・ビジネス研究科を修了。 2010年特定非営利活動法人 日本GAP協会 理事長就任、経済産業省「クール・ジャパン官民有識者会議」委員。千葉大学大学院園芸学研究科非常勤講師。
年商:約100億円
従業員数:正社員約200名、パート約500名
株式会社和郷HP: https://www.wagoen.com/