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トップランナー紹介

イノチオホールディングス 石黒信生氏

Update : 2025.3.6

いのちを育み、未来へつなぐ革新技術で農業の可能性を拓く

1909年創業のイノチオホールディングス株式会社は、農薬や肥料の販売、ビニールハウスの設計・施工まで、幅広く農業生産者を支援する事業を手掛けてきた。
しかし、変化する農業環境の中で、農業の未来を見据えた経営へとシフト。現在は海外の先端技術を積極的に取り入れ、新規就農者や企業の農業参入を支援しながら、農業の発展に貢献している。日本の農業が直面する課題にどう向き合うのか。その最前線を取材した。

ターニングポイント
『日本の農業課題を解決する

イノチオは、農業の課題に応えるため、4つのビジネスユニットを展開。「アグリ」(農業ハウス事業)、「プラントケア」(農薬・肥料の販売)、「フラワー」(花卉の品種開発)、「ファーム」(農作物の生産・販売)を軸に、資材の供給にとどまらず、農家の経営を支えるパートナーとしての役割を果たしている。

イノチオファーム豊橋

ガラパゴス化する日本農業への危機感

石黒信生副社長は、2009年の入社以来、農業人口の減少と高齢化により、日本の農業が技術革新の波に乗り遅れている現実を突きつけられた。
オランダやベトナムなどの農業先進国では、大規模な企業経営が進む。対して、日本は家族経営が中心で、規模拡大が難しいという課題を抱えていた。

「このままでは、日本の農業は世界に取り残されてしまう」

だが、海外の農業モデルをそのまま導入するのは難しい。気候、栽培面積、設備投資の規模など、条件が大きく異なるからだ。
そこでイノチオは、創業以来培ってきた農業支援のノウハウを活かし、海外の最先端技術を日本の環境に適応させる取り組みを開始。試行錯誤を重ねながら、新たな農業モデルを確立していった。

左写真:代表取締役副社長 石黒信生氏
右写真:マレーシアで花卉の営業をする

一反の試験農場から始まった挑戦

その第一歩が、太陽光型植物工場「イノベーティブグリーンハウス(IGH)」プロジェクトだった。
オランダで学んだ技術を活かし、経験や勘に頼らず、データに基づいた栽培管理を導入、PDCAサイクルを1週間単位で回しながら、国産大玉トマトの栽培に挑んだ。その結果、年間を通じて生育が安定し、「一反50t採り」を達成。これは日本における従来の記録を大きく塗り替える成果だった。ここで確立した技術が、施設園芸の未来を大きく変えていく。

イノベーティブグリーンハウス(IGH)

ビジネスモデル
『次世代型農業への挑戦』

2016年、農林水産省の「次世代施設園芸の導入支援」を契機に、施設面積3.6ヘクタールの大規模施設『イノチオファーム豊橋』が稼働を開始した。

「これは『SANTAROOF』という自社製ハウスで、柱の高さ5m、屋根の高さは6m。広い空間によって、夏は暑くなりにくく、冬は一度暖めると冷めにくいという特徴があります。」と語る石黒氏。

イノチオファーム豊橋

天井を高く設計することで換気効率が向上し、温度や湿度のムラを解消。また、トマトの茎を直立に誘引する「ハイワイヤー栽培」を導入。トマト1株1株に均等に太陽光が当たることで、光合成の最大化が期待できるため、収穫量の向上が見込める。さらに、栽培管理作業(収穫作業など)を体に負担の少ない立ち姿勢で行う設計ができ、作業効率の向上、作業による身体的負担も軽減できる。

自社製ハウス『SANTAROOF』

栽培管理を支える最先端のテクノロジー

大規模な施設園芸を支えるのは、最先端のデジタル技術だ。イノチオは、現場のニーズに応じたシステムを開発している。

培地の重量を基に水分量をリアルタイムで計測する『Slabsight(スラブサイト)』は刻々と変化する水分量を可視化。『AQUA BEAT(アクアビート)』は、水や肥料を設定した内容に合わせて自動で供給し、作物に最適なタイミングで潅水・施肥を管理する。

さらに、『AERO BEAT(エアロビート)』は、ハウス内外のセンサから情報を収集し天候や温度の変化にも全自動で対応、PCやスマートフォンからのモニタリングと操作も可能だ。

上写真:『Slabsight』 下写真:『 AQUA BEAT 』

こうした技術は通常、高額で導入や運用のハードルが高い。
しかし、日本の生産農家向けに必要な機能を厳選し、低コスト化を実現。設定画面もシンプルに設計し、直感的な操作でミスを防ぐ仕様とした。

栽培環境や天候、育成ステージに応じた最適な潅水・施肥のデータを管理することで、安定した収量だけでなく、味や品質の向上も実現。年間600トンものミニトマトが出荷され、農業の新たな可能性を切り開いた。

農業の「ムリ」「ムラ」「ムダ」をなくす

農場の規模が拡大するほど、作業管理や人員配置などの事務作業が増え、生産効率に影響を与える。こうした課題を解決し、生産性を向上させるため、収量・労務管理ツール『agri-board(アグリボード)』を開発。「いつ・どこで・だれが・なにを・どのくらい行ったか」を現場で記録し、デジタル化。作業の進捗をリアルタイムで把握できるようにし、業務の簡略化と効率化を実現。農業の現場にさらなる生産性向上をもたらしている。

『agri-board』の開発・導入により作業を効率化

持続可能な農業モデルの構築

『イノチオファーム豊橋』の最大の特色は、経営コストと環境負荷を抑えるため、温室暖房に豊川浄化センターの放流水(19~20℃)の熱エネルギーを活用している点にある。

「放流水をハウスの地下を通し、その間に空気を通すことで温度を上げ、ハウスの暖房に利用しています。それにより通常の栽培に比べ約30%、重油など化石燃料の使用を削減することに成功しました。」と石黒氏は語る。

地域エネルギーを活用し、持続可能な農業を築く。その未来を見据えた思いが、小さなトマトに込められている。

成長戦略
『ファーストコールカンパニーを目指す』

1909年、「石黒薬局」として創業。医薬品と並行し、農薬の製造・販売を通じて生産農家を支えてきたイノチオ。次なる成長戦略は、一番最初に頼られる『ファーストコールカンパニー』になることだ。

その実現に向けて、作物を育てる上で欠かせない「土づくり」を支援。自社の研究所で土壌の状態や成分を科学的に分析し、作物ごとに最適な施肥設計を提案。この取り組みは全国の農家に広がりを見せ、現在では年間約7,000件の土壌分析を実施。収量向上だけでなく、土壌環境の維持や肥料の適正使用によるコスト削減にも貢献している。

「これは社風かもしれませんが、我々は物を売ることが目的ではなく、お客様である農家の方々が成功していただく、収量を上げていただくことが仕事です。ですから時には土壌分析をして十分な栄養があれば、逆に『肥料をやらないでください』というご提案もします。」と石黒氏は語る。

上写真:創業当時の『石黒薬局』
下写真:土づくり支援のため土壌の科学的分析を行う

物を売るのではなく「農業経営が良くなること」が目的

土壌分析に加え、作物ごとの病害虫を診断し、発生要因を解明。適切な防除対策を講じることで、収量の安定化と品質向上を後押ししている。さらに、新規就農者や企業の農業参入を支援するため、「コンサルティング」「アドバイザーサポート」「圃場研修」 を柱とした営農サポート事業を展開。事業計画の策定から、設備導入、栽培技術の指導、販路開拓までを一貫してサポートする。

「困ったときはイノチオに相談しよう」
そんな信頼関係を築くため、全国の生産者へとサービスを届けている。

「私たちは生産者ではありませんので、これから成長していく担い手ができるだけ早く成長していけるようなハードやソフトウェアを開発して応援していく、“農業の産業化”というのをサポートできるような存在になっていきたいと思っています。」と石黒氏は語る。

左写真:病害虫への対策を行い品質向上を図る
右写真:農業経営をサポート

国内の農業を底上げし、目指すは世界の舞台

菊・カーネーション・バラの品種開発、種苗の生産・販売を展開

フラワー事業では、世界三大切花である菊・カーネーション・バラの品種開発、種苗の生産・販売を展開。
なかでも菊は、これまでに6,000品種以上を開発してきた。カーネーションやバラも同様にオリジナル品種の開発に注力し、その育種技術は世界市場でも十分に通用するレベルに達している。

「世界10カ国と取引を行い、コロンビアやアフリカにも農場を建設しています。これからさらに、グローバルに展開させ輸出産業として確立させていきたいです。」と語る石黒氏。

『世界で勝てる農業』を。イノチオが、その未来を切り開いていく。

石黒信生氏プロフィール

2002年千葉大学園芸学部卒、2004年オハイオ州立大学修士取得。経営コンサルタントとして勤務後、2009年にイノチオグループへ入社。フラワー事業、管理部門の責任者を経て現在は、イノチオアグリ㈱代表取締役社長。

「イノチオホールディングス」データ(グループ全体)

年商:約323億円
従業員数:926名 (派遣社員・パート・アルバイト含む)
イノチオホールディングスHP: https://inochio.co.jp/