Update : 2026.2.9
日本一のりんごの産地として知られる青森県。この地ではいま、海外市場への輸出を前提に、生産から販売までをつなぐ「新しいりんごづくり」が現実のものになりつつある。
その動きをけん引しているのが、株式会社日本農業CEOの内藤祥平さんだ。大学卒業後、経営コンサルティング大手のマッキンゼーを経て会社を立ち上げた異色の経歴を持つ。
内藤さんがりんごに注目した理由は、意外なほどシンプルだ。「おいしい」という一点に尽きる。甘さや酸味、食感に優れていることに加え、長期保存ができるという特性がある。先人たちが築いてきた貯蔵技術によって、りんごは一年を通して安定的に供給でき、海外への輸出にも向いている。
ただ、これまでのりんご流通の軸は国内市場にあった。需要が伸び悩むなかで、生産の現場に大きな変化が起きにくい状況が続き、高齢化が進む産地では、栽培を支える基盤そのものが揺らぎ始めていた。
世界でも通用する品質を持ちながら、その価値を十分に生かしきれていない。そうした現実に問題意識を持った内藤さんは、海外に販路を求め、需要の開拓に乗り出した。
日本農業CEO内藤祥平氏
だが、輸出を前提にしたりんごづくりは、最初から歓迎一色だったわけではない。国内向けの出荷を軸に回ってきた産地にとって、「海外に売るために作る」という発想は未知の領域だったからだ。「本当に売れるのか」「海外向けなんて続くのか」そんな慎重な声が多かったという。それでも内藤さんは、りんごの品質への確信を前提に、「売り方」と「作り方」を一体で組み替える道を選んだ。
「品質に関しては世界一だと思う。そこの味を維持しながらビジネス面を底上げできれば 名実ともに世界一のりんごになれる。」
現在、日本農業のりんごは、台湾や香港、タイなど、アジアを中心に10の国と地域へと輸出されている。アジア各国で経済成長が進み、所得水準が上がるなかで、果物の選び方にも変化が生まれている。価格が高くても品質のよいものを選びたいという層が広がり、日本産のりんごに対する需要も高まっている。
こうした海外市場のポテンシャルを前に、どの国に、どのりんごを、どの規模で届けるのか。生産のあり方と一体で考える販売戦略が、内藤さんの取り組みの軸になっている。内藤さんは、りんごの品種や見た目が国ごとに大きく評価される点を強調する。
「『王林』『ぐんま名月』『トキ』といった緑系の品種は、海外ではあまり作られていません。オンリーワンのポジションを築けるんです。台湾では、旧正月に大玉で色づきのいい赤いりんごの需要が高い。同じりんごでも、国によって、求められる品種やサイズ、色が違います。国内で売るよりも、海外で売った方が高い等級になるものも少なくありません。」
フィリピンの果物売り場
台湾の果物売り場
ただ、需要が見えても、供給が追いつかなければ輸出は続かない。海外からの引き合いが強まるほど、産地には別の課題が浮かぶ。
安定した供給量をどう確保するのか。品質を守りながら、生産コストをどう抑えるのか。輸出は「売れるかどうか」だけではなく、「作り続けられるかどうか」の勝負になる。
海外の需要を開拓すると同時に、内藤さんが取り組んだのが生産体制のイノベーションだった。品質に加え、安定した供給量や生産コストの抑制は、輸出を成功させるうえで欠かせない条件となる。
そこで導入したのが「高密植栽培」だ。細く仕立てたりんごの木を密に列状に植えるこの栽培法は、従来の丸葉栽培と大きく異なる。一般に、早期に成園化するため収穫開始が早まり、単位面積あたりの収量が高くなるとされている。
ただ、高密植栽培は「やれば結果が出る」技術ではない。苗木の本数は従来の10〜15倍程度。支柱やワイヤーなどの資材も必要になり、導入時の初期投資が大きい。植え替えややり直しも簡単ではなく、失敗した場合のダメージは重い。
需要が伸び悩む国内市場を前提に、大量生産型の栽培に踏み切ることは、農家にとって大きなリスクだった。高齢化が進む産地ほど、投資の判断は慎重にならざるを得ない。それでも日本農業は、自社での生産を起点に、高密植栽培の技術と運用を現場で積み上げていった。
日本農業の現場では、定植から約2年で収穫が始まる。剪定や収穫といった作業も高密植栽培の整列樹形により効率化され、労働力コストの抑制と収量向上の両立が可能になっている。
さらに農場では、2023年3月から、気温、湿度、照度、降雨量、風速、気圧といった6つの気象データと、地温、土壌水分量、ECといった土壌データを収集するセンサーを導入。実際の生育データと組み合わせてデジタルツールで見える化し、作業の標準化を図りながら、品質と収量の安定につなげている。
高密植栽培のりんご畑
こうした高密植栽培は海外では主流となっているものの、日本ではこれまで広がってこなかった。初期投資が大きいことに加え、国内市場中心の流通では、増産しても売り先が見えにくい。その構造が、技術導入の壁になっていた。
内藤さんは自社での生産だけでなく、周辺農家への高密植栽培の導入支援も進め、産地全体の生産基盤を整えてきた。「輸出の需要」と「増産のリスク」を結びつけ、投資が回収できる道筋を示せるかどうかが、産地を動かす鍵になる。
その結果、りんごを納入する契約農家数は2025年11月時点で約1400件に達し、安定供給の体制づくりにつながっている。
海外市場を前提にしたりんごづくりでは、収穫後の工程もまた重要な役割を担う。品種やサイズ、見た目、さらには中身の品質までを正確に見極め、求められるかたちで出荷できる体制がなければ、安定した輸出は成り立たない。
産地では、ここにも課題があった。手選別や目視の工程が多いほど、作業は属人的になり、人手不足の影響を受けやすくなる。
輸出が増えるほど、選果のボトルネックは深刻になる。「作れたとしても、さばけない」。この壁を越えられるかどうかが、次の勝負になる。
その中核となっているのが、青森県弘前市の境関選果場に導入された、全長50メートルの最新鋭・ GREEFA(グリーファ)社製大型選果機だ。
大型選果機を備えた選果場
大型選果機には20台のカメラが内蔵されており、りんご1個につき約150枚の画像を撮影。表面を360度から読み取り、色やサイズ、傷の有無を瞬時に判別する。さらに、内部の糖度や「蜜」の状態まで検知し、外見と中身の両方を基準にした選果が行われる。
大型選果機の内蔵カメラでりんごを撮影
処理能力も大きく向上している。従来機では1秒に3個だった選別が、大型選果機では1秒に8個。1日あたりの処理量も、約100トン(計画値)まで引き上げられている。
大量のりんごを、高速かつ高精度で選別できることが、海外向けの安定供給を支えている。
この精密な選果能力があるからこそ、日本農業は生産者から「ぶっこみ入庫」と呼ばれる形でりんごを受け入れることができる。
サイズや見た目を事前にそろえる必要はなく、大玉も小玉も混ざったまま、そのまま選果場に持ち込めばよい。
異なる大きさをそのまま受け入れ
「生産者さんにとって、事前の仕分け作業は大きな負担になっていましたが、『ぶっこみ入庫』で受けられることで、人手不足や作業時間の圧縮につながっています。
さらに、『蜜入りだけ欲しい』といった要望も、ここでソーティングできるので、手間を減らしながら、より高い単価で販売することが可能になります。」
生産者の負担を減らすため、納品の形も見直されている。
従来は木箱での納入が一般的だったが、重くてかさばるため、農家は何度も往復して運ぶ必要があった。
現在は折りコン(プラスチック製折りたたみコンテナ)を採用。軽量化が図れるため、生産者の負担軽減につながっている。また、折りたたんで重ねられるため、一度に積載する箱数が多くなり運搬にかかる燃料費や保管場所の削減につながる。選果機の性能と、こうした現場の工夫が組み合わさることで、生産者の負担を減らしながら、選果量を約2.5倍へと拡大し、より多くのりんごを安定して市場に届けられる体制が整いつつある。
軽量な折りコンでの納品を採用
GREEFAで高精度に選別されたりんごは、そのまま出荷されるだけでなく、産地で最終製品のかたちまで仕上げられる。その代表例が、葉とらずりんごのオリジナルブランド「葉乃果(はのか)」だ。
通常、りんごは果実に満遍なく日光が当たることで赤く色づくため、栽培の過程でりんごの周辺の葉が取り除かれる。その作業は農家にとって大きな手間でもある。葉乃果は、葉で光合成が行われ甘みやおいしさが評価される葉とらずりんごの市場拡大のため立ち上げた。味の良さと省力化を同時に実現したブランドだ。
葉とらずりんごのブランド「葉乃果(はのか)」
海外市場への輸出を起点に、日本農業は、りんごの生産と流通のあり方そのものを組み替えてきた。
需要を見据えた販売戦略。それに応える高密植栽培による生産の効率化。さらに、大型選果機導入と製品化による流通と付加価値の高度化。
この三つが連動することで、産地は「衰退する農業」から、「成長する産業」へと動き始めている。
ただ、成長の道は一直線ではない。輸出は為替や国際情勢の影響を受ける。品質が少し崩れれば、評価はすぐに揺らぐ。投資を増やすほど、現場には緊張感が残る。それでも、需要を起点に仕組みを組み替えれば、産地は「守り」から「攻め」へ転じられる。内藤さんは、そう考えている。
「青森県全体のりんご生産量は約37万トン。日本農業が扱うのはそのうち約1.4万トンで、まだ4%ほどです。これを10%、20%と広げていければ、衰退から成長へ転換した産地のモデルになると思っています。」
耕作放棄地の増加や離農の加速など、産地を取り巻く環境は厳しさを増している。そのなかで、需要を起点にしたこの仕組みを広げられるかどうかが、りんご産業の将来を左右する。
この取り組みは、りんごだけにとどまらない。シャインマスカットや「さつまいも」など、国ごとの需要を見据えた果実や青果でも、同じ仕組みで生産と販売が組み立てられている。
輸出を起点に、生産を変え、流通と製品化で価値を高める。
内藤さんが描く「成長のサイクル」は、りんごで実装された「海外需要を起点に、生産・選果・製品化/販売を組み替えるモデル」を、他の作物にも横展開していくという発想だ。
そのサイクルはすでに、青森のりんご産地で動き始めている。海外需要を起点に、生産と流通を組み替えるというこの発想が、日本のりんごを「衰退」ではなく「成長」の軌道に乗せていく。内藤さんの挑戦は、いまも現場で積み上がり続けている。
慶應義塾大学法学部在学中に米国・イリノイ大学アーバナ・シャンペーン校農業経営学部に留学。その後、鹿児島とブラジルで農業法人の修行を経験する。大学卒業後、マッキンゼー・アンド・カンパニーの日本支社にて農業関連企業の経営戦略の立案・実行などの業務に従事。2016年11月に株式会社日本農業を設立し、代表取締役CEOに就任。
年商:7,374百万円(2025年7月期)
従業員数: 148人
日本農業HP: https://nihon-agri.com/