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トップランナー紹介

こと京都 山田敏詩氏

Update : 2023.9.01

自然災害に負けない農業 危機に強い経営でさらなる成長を!

近年、日本各地で頻発している異常気象。集中豪雨による水害や大型の台風が農作物に与える影響は甚大だ。しかし、これらの被害は事前の備えによって、ある程度軽減することができる。そんな自然災害に強い経営モデルを実践しているトップランナー「こと京都」代表、山田氏の取り組みに迫る。

ターニングポイント
“危機に強い”経営モデルを構築

こと京都は、『九条ねぎ』の6次化で規模を拡大(2018.05.23掲載のトップランナー紹介を参照) 。年間の生産量は約1600トン(京都府産)、九条ねぎで京都府内シェア20%を占める。さらにカットや冷凍などの加工品の取引先は約900社、オンラインショップで調味料や食品の販売も自社で行い成長を続けている。
しかし、これまで順調に右肩上がりの成長を続けてこられたわけではなく、2017年に京都を直撃した「台風21号」、翌18年の「西日本・7月豪雨」と立て続けの災害によって、経営に暗雲が立ち込める時期を経験した。

「当時の被害状況は、会社の存続にかかわるダメージを与えました。水害では畑が水浸しになり、暴風で育てたねぎがすべて倒れてしまい、収穫そのものができないわけですから。
創業以来、初めて生産停止と工場を休業する事態を経験しました。なんとか被害が少ない圃場からねぎを調達しましたが、やはり量が足りずに、スーパーさんへの出荷を断念。これまでの信頼を裏切る結果となってしまいました。」と山田氏は語る。

『九条ねぎ』商品

規模拡大がリスクの拡大に
災害対応の方針を示すことが重要

これまでの「お天道様頼み」の農業では、災害が来ないことを願うばかりだったと振り返る山田氏。異常が通常となりつつある近年の気象状況を前に、それではダメだと痛感。そこで導入したものがBCP(事業継続計画)だ。これは、災害などの緊急事態に遭遇した場合に、その損害を最小限に留めつつ、事業の継続や早期の復旧を可能にするため、平常時からの取り組みと、緊急時の対応などをまとめた企業の行動マニュアルのことである。

2017年、2018年の台風被害

ビジネスモデル
“農業版・事業継続計画”BCPの策定

2020年から「防災指針書」としてBCPを策定。その中身は猛威を振るった新型コロナウイルス感染症や、いつ起こるかわからない大地震、そして巨大台風などへの対応方針が明記されている。例えば感染症では、従業員の感染予防をはじめ発症者が出た際の対策本部の設置、有症者の業務分担の振り分けなどが挙げられる。地震では発生予知段階から施設点検及び資材の確保、場合によっては従業員の避難指示といった、命を守るための行動を明記し共有している。

では、農業に特化した台風対策とは具体的にどのようなものなのか、山田氏に訊ねた。

「台風が発生する時期や勢力によって、様々なプランを用意しています。これまでの経験から、8月など季節が早い台風は、到達まで期間が短く勢力は比較的弱い。逆に9月の後半にかけて発生する台風は、到達までの期間が長く勢力が強い。
これらを実際の気象情報と照らし合わせながら、被害を最小限に抑えるための対策を行います。台風は待ってはくれませんので、1分1秒を無駄にしない迅速な行動が求められます。」

防災指針書

“NEVER GIVE UP”
台風に負けない、諦めない

台風発生から、責任者が全圃場の育成状況をデータで確認。台風の進路により、被害を受けそうな地域から優先してねぎの倒伏を防ぐ防風ネットやロープの設置を指示。それと同時に、出荷を担う部署は受注量の調整や販売先に対して出荷状況を密に連絡する。
基本的には、通常時は収穫直後の新鮮なねぎを出荷しているが、台風が過ぎ去るまでの期間は収穫ができないため、草丈が高いねぎは前倒しの収穫をすることで全滅を防ぐとともに、冷蔵保管することで鮮度保持にも注力する。

台風の状況を確認

「ねぎは一度倒れてしまうと、そこから腐り始めて品物になりません。畑のメンバーは作り手なので、育てたねぎが無残に倒れるのは嫌なのです。」

そう語るのは農産部部長の前川さん。台風に備える対策は、あくまで「予防」。実際、圃場を万全に対策し営業課を通じて出荷量を調整したとしても、台風が到来せずに被害がゼロということもしばしば。

「対策が空振りに終わる事はよくあります。なぜそんな事を?と言われることもありますが、何も備えず台風が来てしまったら大損害です。ねぎが倒れて後悔するよりはマシ。従業員も協力してくれるので、大変ですが対策を怠ることはしません。」

左写真:農産部部長 前川雅之さん 右写真:台風に備えて一斉収穫を行う

こと京都では、8月から10月末までの3ヶ月間を「台風対策期間」に設定し、 ”NEVER GIVE UP!”というオリジナルのロゴを掲げ社員が一丸となって対策を実施している。
この取り組みを強化するための設備投資として、各工場に冷蔵施設を増強。どんな前倒し収穫を行っても保管できなければ意味がない。亀岡・向島・藤枝・横大路と各工場の合計で10日分にあたる60トンもの在庫確保を可能とする。さらに、必要に応じ10トン規模の冷蔵トラックのリースも手配し、万全を期している。

”NEVER GIVE UP!”のスローガン

「工場を稼働させている私達にとって電力は欠かせないものです。台風では停電するリスクもありますよね?地域全体が停電した場合、人口が多いエリアから順次復旧が行われます。そこから逆算して、何日間持ちこたえれば電気が復旧するのか。そのため冷蔵トラックのリースを事前に段取りする必要があるのです。情報を知っているのと、知らないのでは対策の質が大きく変わってくるのです。」

山田氏いわく、これまでBCPという概念がなかったわけではないが、小規模になればなるほど、個人の頭の中にだけあり、共有されることはなかった。しかし、経営規模が大きいほど被害も大きい。そのため、減災対策を社員で共有する必要性を訴え、日本農業法人協会などを通じた普及を目指してきた。

前倒し収穫したネギを冷蔵施設で保存

“もしもの備え”生産拠点を分散

BCP策定に加え、甚大化する台風被害を防ぐために生産拠点を分散。従来の京都市周辺からの拡大を進め、京都府・京丹後市に加え、静岡県・藤枝市と岩手県・陸前高田市に工場を新設。西日本と東日本を拠点に九条ねぎの安定供給体制の強化を図る。

「台風の影響が少ない東北地方にも生産地は広げています。
基本的には『京都産の九条ねぎ』と品種の同じ『国産の九条ねぎ』を生産しています。生産規模を拡大するために産地を分散することが、九条ねぎを守り、顧客を守り、ひいては我々の生活を守ることに繋がると考えています。」と山田氏は語る。

成長戦略
生産規模拡大で九条ねぎの消費量を倍増

災害リスクの縮減と産地分散と並行して、さらなる生産力の向上を目指し試験的に導入したものが“点滴灌漑”。これは農業先進国のイスラエルで活用されている技術で、地中や地表に設置したパイプから必要な水や肥料を直接届けるもの。現在は衛星を介して、地中の窒素分や水分量、さらに育成状況をリアルタイムで知ることができるため、露地でも雨量や土質に左右されにくい、人がコントロールする生産が可能となる。

京丹後の大規模な圃場で試行するプロジェクトが成功すれば、今よりもさらに安定した供給が可能になると山田氏の夢は膨らむ。

点滴灌漑施設

「食」を通じた『九条ねぎ』の需要喚起

供給力強化の出口戦略として取り組むのが消費の拡大。京都産の九条ねぎをさらに普及させるためには、なにより食べてもらう事が大切だ。そこで、これまでの加工技術を進化させ「冷凍餃子」を新発売した。包まれる餡の30%に九条ねぎを使用しているので、九条ねぎの風味が凝縮。油っぽさも少なく、あっさりと食べられる逸品が出来上がった。現代の生活スタイルに合わせて、いつでも購入できる無人販売店とオンラインショップで販売している。

さらに、「青ネギ」に分類される九条ねぎは、西日本が主な消費エリアだ。「白ネギ」が主体の東日本での更なる普及を目指し、食べ方提案として「お料理セット」の販売や簡単につくれるレシピも公開している。

冷凍餃子の無人販売

『九条ねぎ』の未来について、山田氏はこう語る。
「日本で『青ねぎ』の消費量は約12万トンあり、そのうち『京都産のねぎ』が8千トンです。『九条ねぎ』というものを今以上に安定供給しながら、食べ方も提案していけば、この先マーケットは成長すると思います。解決するべき課題は多いですが、地域の生産者と一緒になって成長していきたいです。」

左写真:オンラインショップ 右写真:山田敏詩代表

山田敏詩(敏之)氏プロフィール

1962年、京都府京都市で生まれる。大阪学院大学商学部を卒業後、約8年のアパレル企業勤務を経て就農。2002年、有限会社竹田の子守唄を設立、のち07年にこと京都株式会社に組織変更を行う。2014年にこと日本株式会社(2021年にこと京都株式会社に統合)、15年にこと京野菜(冷凍野菜事業)を設立。15年に九州大学大学院修士課程を修了。17年にこと美山(米事業)を設立。18年11月、第57回農林水産祭天皇杯受賞。20年4月黄綬褒章受賞。元日本農業法人協会会長、現在は日本食農連携機構副理事長、京都府農業経営者会議顧問、野菜流通カット協議会監事などを兼務する。著書に『脱サラ就農、九条ねぎで年商10億円』がある。

「こと京都株式会社」データ

売上高:21億円
従業員数:200名
こと京都株式会社HP: https://kotokyoto.co.jp