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2024年9月26日

トレーサビリティは付加価値を生むか?

(公財)流通経済研究所
農業・物流・地域部門 部門長/主席研究員 折笠 俊輔

食品業界で話題のトレーサビリティとは何か?

 食品業界では、以前からトレーサビリティという言葉がよく話題に上り、そして今でも良く聞くキーワードとなっている。トレーサビリティは、追跡するという意味のトレース(Trace)と、能力表すアビリティ(Ability)を組み合わせた造語であり、いわば「追跡可能性」という意味である。

 何の追跡可能性か、といえば、「作った人、場所」、「使った原料と利用履歴」、「原料や資材の調達先」といった情報の追跡である。厳密なトレーサビリティの定義は、国際標準化機構のISO9001でも定められており、トレーサビリティは世界標準の品質管理基準の一つであると言える。

 農業生産者の視点に立てば、農産物の場合、種子から栽培の記録(使用した農薬や肥料のタイミングと量)、出荷の履歴を管理し、それを商品から追跡可能とすることであり、6次加工品の場合はさらに加工の履歴と加工場の記録と、その管理ということになる。

【トレーサビリティの例】

出所:ukabisの説明資料を一部改変。
ukabisとは、フードチェーンにおける、データ連携のプラットフォーム。

■トレーサビリティが求められる理由

 トレーサビリティが求められる最大の理由は、消費者に対する安全・安心の保証ということに尽きる。これは、多くの場合、食品事故などによって失った信頼を取り戻す目的で実施される。例えば、アメリカでは大手流通業者であるウォルマートが主導して、IBMのFOODTRUSTというトレーサビリティの仕組みが動いているが、これもロメインレタスの病原性大腸菌O-157による食中毒事件をきっかけに整備された歴史がある。日本においてもBSEを理由に牛肉トレーサビリティ法が整備されたことも同じ理由である。

 また、昨今では、食の安全・安心に積極的に取組む食品流通業者がトレーサビリティ対応を納入する食品製造業者に求めるケースも増加しつつある。食品製造業における安全管理マネジメント方法としてHACCPが注目を集め、全国の食品製造業者に最低でもHACCP的管理が求められている延長線上に、履歴管理と後追いができるトレーサビリティが求められていると言える。

 なお、アメリカでは日本の厚労省にあたるアメリカ食品医薬品局(Food and Drug Administration:通称FDA)によって、輸入する農産物等にもトレーサビリティが義務付けられるようになった。FDAの規則では、「食品トレーサビリティリスト」(Food Traceability List)に掲げられている食品(当該食品を原料として使用した食品も含む)を製造、加工、包装、保管する事業者に対して、「食品流通の要所」(Critical Tracking Events)で、「(食品追跡のための)重要な情報要素」(Key Data Elements)を含んだ記録の作成・維持やFDAからの要請があれば24時間(またはFDAが同意した合理的な時間)以内の情報提供(スプレッドシート提出)を求めるものとなっている。この対象品目には葉物野菜やメロン、トマトなどがあがっており、アメリカに該当農産物を輸出する場合はトレーサビリティが必須であると言える。(参考:農水省WEBサイトより)

 トレーサビリティは、流通業や消費者のための仕組みと言われているが、取り組むことで食品製造業にもメリットがある。トレーサビリティの管理を行うことができる品質管理と記録取りを行うことで、社内の管理レベルが向上するほか、そのデータは生産や流通の効率化に使うことができる。また、万が一、食品事故(異物混入や利用禁止農薬の使用、産地偽装原料の使用など)が発生した場合に、流通先と対象商品の特定が容易に行えることで、回収にかかる費用などを最小限に抑えることが可能となるのである。

■トレーサビリティの本質

 しかしながら、トレーサビリティを確保する仕組みづくりにはIT投資を含め、多くの費用が発生するため、なかなか容易に取り組むことが難しい。また、トレーサビリティに対応すれば「付加価値が向上」して、「高く売れる」ということが無いことも、実施に二の足を踏む理由となっている。

 トレーサビリティを確保したところで、商品そのものは何も変わらないことが付加価値が上がらない理由である。商品の品質が上がらない以上、価格にそのコストを転嫁することは難しい。

 では、どうすればトレーサビリティで付加価値を向上することができるのか。その答えはマーケティング情報も含めたトレーサビリティの情報開示にある。EU最大のトレーサビリティプラットフォームであるF-Traceでは、糖度や食味のアピールなどトレーサビリティの義務として記録、開示する情報の他に商品のPRにつながる情報も消費者に提供できるようにしている。トレーサビリティ情報に付加価値を高めることができるマーケティング情報を付加することで、付加価値を上げる工夫を行っているのである。

 また、トレーサビリティの本質は、記録や履歴を追跡して見えるようにすることにあるのではなく、「責任を取るのが誰か」を追跡できることにある。責任の所在を明確化すると共に、万が一の場合の対応をいかに迅速に行うことができるか、が重要である。「品質管理」のマネジメントとして全体感をもって取り組む必要があるだろう。

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