圃場ごとの毎年の収穫実績の分析を通じて水田の特性を判定した「水田偏差値」により、それぞれの圃場に見合ったコメづくりに取り組む農業経営者がいらっしゃると聞き、岡山県赤磐市を訪ねた。
ご存知のようにコメは等級で管理されることが一般的だが、近年は、食味や用途等、消費者が求める品質のコメをきちんと区分けして提供することが重要となっている。求められる品質をベースに事前に意図して作り分けを行うために編み出した概念が「水田偏差値」だという。
今回は、先の本欄でアグリヒーリングを通じた新たな農村・農業の価値創出に向けた取り組みをご紹介した千葉先生がコンサルティング、サポートする「株式会社ファーム安井」(以下、「ファーム安井」。)の安井正代表取締役にお話を伺った。
ファーム安井は、赤磐市を拠点に、父親の引退を機にコメ農家を継ぎ、コメの直売に約20年間取り組む安井代表が経営する農業法人だ。最初は「庭先での直売だった」とのことながら、2003年(平15年)には、地域の農業者たちと共同で地元の高品質な農産物を扱う直売所「稚媛(わかひめ)の里」を設立、運営する。
案内されて倉庫に入ると、比較的小さいサイズの多数の乾燥機が目に入った。15台の乾燥機は、自社で生産した米と委託された米を混ぜないため等とのことで、品質や生産履歴を活かすための目配りに関心が高まる。
ファーム安井では、2015年(平27年)に食味計測機能がついたコンバインを導入し圃場のエリア毎に品質のモニタリングを行うなど、ICT化にいち早く取り組んできたという。2019年(令1年)からは岡山県、赤磐市、岡山大学、クボタなどと、「中山間地域における水稲栽培の地域営農利潤を最大化するスマートアグリシステムの確立」というテーマで国のスマート農業実証プロジェクト(以下、「実証プロジェクト」。)に参加している。
この実証プロジェクトでは、自動運転トラクターや農薬散布ドローン、衛星リモートセンシングといった最先端の技術が一通り導入されている。一般的にスマート農業というと作業の省力化に目が向きがちだが、安井代表は、圃場の性質による品質別の米の作り分けを円滑に進められる点を重視したと話す。そして、この圃場の性質というのが、冒頭の「水田偏差値」の考え方となる。
米の品質を測る指標にはさまざまなものがあり、用途によって求められる品質は大きく変わる。たとえば、家庭で炊飯して食べるのがおいしい米と工場で冷凍チャーハン加工に向く米では、タンパク質の含有量や粘り気が異なる。さらに、食味だけでなく、加工用途の米であれば、最終的に食べる消費者が買い求めやすい価格設定にするために、面積あたりの収量が多いことも欠かせない。
米の品種だけでなく、施肥量や水の管理など、さまざまな作業レベルでの変更を加えることで、求められる品質やコストへの対応が可能となる。しかしながら、このために行う圃場の管理は、当ファームをはじめ多くの水田では1枚あたりの面積が小さく管理するポイントが異なるため、営農規模を広げれば広げるほど煩雑となり、管理が行き届かなくなるという点で限界が生じる。
この管理を円滑に行うため、本プロジェクトでは条件の異なるさまざまな圃場を収穫実績によりタンパク質の含有率、水分、エリア別の収量、整粒率をチェックする。そして、その評価を通じラベリングしグループ化(「水田偏差値」の設定)するとともに、様々な顧客ニーズから設定される品質目標(「お米偏差値」)に合致した作付けを進めるために、ICTの運用データの構築に取り組んだという。
安井代表は、このデータ構築を通じ、自身が作付けする圃場を大きく3つのエリアに分け、収量は限られていても高単価で売れる食味の良い米と給食などで買い求めやすい米、飼料米のような炊飯しない米などの作り分けを明確化する。この作り分けは、高品質なコメを高品質なものとして高く確実に販売するため、その収量を確実に確保できるようにするだけでなく、炊飯して食べるのに向かない品質の低いコメを市場から隔離することで、市場や消費者からの信頼を獲得することにも役立つと話す。
コメを作る圃場は、場所や土地の形、水はけ、土質等の条件が様々だ。しかも、同じ圃場の中でも、場所によって水はけや肥料の残留などの特徴が異なるという。この条件差への対応のひとつが、先の食味計測機能が付いたコンバインを利用しての食味数値が高いものと低いものの刈り分けだったとのことながら、今回の取り組みを通じエリア毎に計測されるタンパク含有量、水分、収量等をベースにした圃場内でのエリアを絞った施肥調整等により、均質化が可能になると話す。
とは言え、どんなに技術を高め、管理しても、すべての圃場の条件を同じ水準に整えることはほぼ不可能といってよいだろう。そのため、圃場の多様性を受け入れたうえで、それぞれの圃場に合ったコメを求められるニーズに適合するよう作り分けるための方法として、スマート農業の活用を考えたという。
ファーム安井では、地域の方々が長い年月受け継いできた土地を受託して、農業を営む。農地のひとつひとつを大切にすることが地域への恩返しだと安井代表は語る。
このプロジェクトでの収穫結果の分析による作り分けによって収益を最大化することで、委託者に納得感のある還元が実現できると力が入る。
今回のプロジェクトでの一連の取り組みが示すように、安井代表の発想の根底には、現場のひとつひとつの作業を科学的、分析的に分解し、それぞれの要素のどこかを変えては全体を俯瞰し、求める結果の実現に向けて調整する姿勢がある。そして消費者のニーズを踏まえつつ農業者の利益を高めるという全体解決へのアプローチの継続が、従来のスマート農業の発想とは異なった着想を導き出した背景となっているように感じられる。
ひとつひとつの作業の分析を積み重ねるという手法は、品質を高め、お客様にきちんと評価してもらう仕組みを作り上げた前述の直売所「稚媛の里」の取り組みとも重なる。
この「稚媛の里」は、農家の想いや情熱を「きちんとした姿勢」で直接お客様に示すことで消費者の信頼を勝ち取ること、お客様の言葉や感想を「きちんとした言葉」で直接農家の人たちが聞き取れるようにしてつながりを築くことを目指しているという。
広すぎない店内には、コメや季節の野菜・果物が整然と並んでいるが、これと合わせ贈答用の出荷者の名前を記した果物等の化粧箱が目立つ。お邪魔したのは12月初旬で果物の種類はだいぶ少ない時期とのことだったが、コメ等ももちろん、「いいものをきちんとした値段で」販売しようとする姿勢が際立っている。
「稚媛の里」には常時130人ほどの出荷者がいるが、計画出荷表に基づき、商品ごとに人数の上限を定めているという。それぞれの出荷者には細かな品目毎の実績表を手渡し、品目に応じた作り分けを求める。お客様の声をもとに品質が芳しくないとされる場合には、出荷者の入れ替えを求めることもあるそうだ。
地元だからといって安く売るのでなく、隣接する岡山市70万人を含めた地元で評価してもらい、きちんとした値段で売り消費者に受け入れてもらうことが将来のために必要であると、安井代表は話す。そのためにも「(出品されているものを自分たちでもれなく)全部確認することはできない。だからお客様に教えてもらおう」という姿勢の徹底がポイントになるようだ。
もう一つの特徴が贈答用への注力だという。岡山は桃やぶどうといった果物で有名な地域だが、岡山市を中心とする商圏は、首都圏や京阪神と比べて決して大きなものではなく、販路の開拓にはいろいろな工夫が必要となると話す。
今回、「稚媛の里」にお邪魔したのは午後3時過ぎ。朝入荷したものを夕方までに売り切るスタイルの一般的な農産物直売所であれば一部に欠品等があってもおかしくない時間帯ではあるが、商品は十分にあり、お客様が代わる代わる訪れていた。やみくもに規模を大きくするのではなく良いものを知る地元の消費者とつながることで、信頼して利用してもらうとともに、日常づかいだけでなく贈答用としても選んでもらえる直売所の老舗として成長を続けたいという、出荷者たちと安井代表の思いが伝わっているようだ。シーズンにはバックヤードに収容しきれないほどの配送品が積み上げられるという。インターネット通販での扱いはなく、「想いのこもったものを、想いを込めて届ける」として、顔の見える人に新鮮なまま届くよう、発送方法の細部にまで気を配っていると話す。
安井代表は、「A4の紙も1枚ではすぐ破れてしまうが、500枚重なれば破れない」と語り、急激な成長はいきなり途絶える恐れもあると戒める。農地がずっとあるように、自社もずっとある、老舗が長く続いているように、農業者たちがこの町の住民とつながり、地に根ざした経営を続けていくことを志す。
ファーム安井のホームページには、『単純なものこそ深く掘り下げるべし、複雑なことはシンプルに考えるべし』というメッセージが掲げられている。今回の安井代表の話からは、随所に目の前で起こるさまざまな事象を切り分け、要因を掘り下げ真理にたどり着こうとする研究者のような姿勢が感じられた。
農業ICTと地域に根ざした直売所、一見相反するような活動ながら、分析を通じ価値のある品がきちんと評価される仕組みづくりを通じ、持続的な経営を目指すファーム安井、「稚媛の里」のさらなる発展を期待したい。
(中部支部事務局長 内田文子)
<会社概要>
会社名 :株式会社ファーム安井(http://farm-yasui.com/)
代表者 :代表取締役 安井 正
所在地 :岡山県赤磐市穂崎885
経営面積 :約40ha(水稲、大麦、大豆)有限会社稚媛の里(http://wakahime.net/index.html)
代表者 :代表取締役 安井 正
所在地 :岡山県赤磐市馬屋561ー1
設立 :平成15年(2003年)7月