株式会社松永牧場は、島根県益田市、浜田市、山口県萩市に繁殖肥育一貫経営と酪農経営を大規模に展開する生産法人だ。飼養規模は、和牛6,774頭(うち繁殖416頭)、F1(交雑)3,307頭、ホルスタイン・メス2,212頭(うち経産牛1,900頭)である。(頭数は令和6年10月末現在)
当社の強みは、牛の個体管理の徹底と予防衛生をバックアップする益田大動物診療所の存在だ。牛の健康状態は10名の獣医が日々管理している。
そのほか、未利用資源の有効活用では、食料残渣飼料を積極的に活用するほか、牛舎屋根に設置するソーラーパネル発電は約6.5メガの発電量であり、環境負荷軽減・コスト削減で効果を出しているほか、地域の集落営農組織との堆肥や稲わら交換、地元のホームセンターとの連携による堆肥販売にもつなげている。
また、当社の肥育牛は生産情報公表牛肉JASの認証を取得しており、消費者の安心・安全ニーズへの対応も進めている。
今回は、肥育酪農業界において、常に新しいことに挑戦し続ける松永代表にお話を伺った。
松永牧場の本場では肥育、分場では繁殖を実施する。繁殖牛(母体)は1,200頭おり、平均して毎月100頭ほどの牛が生まれている。誕生後、9か月までは分場で育ち、9か月以降は分場から本場に移動し、育てられる。関連会社のメイプル牧場と浜田メイプル牧場では、約1,900頭のホルスタインの経産牛から毎日、牛乳を搾っている。牛が出産してから10か月ほどしか牛乳を搾ることができないため、出産前のホルスタイン等の搾乳できない牛もおり、メイプル牧場と浜田メイプル牧場の合計で約2,200頭を育てている。
他の牧場と比べて特徴的だと考えているのは、和牛の繁殖をしていることと語る松永代表。メイプル牧場と浜田メイプル牧場には、ホルスタインの他に繁殖用の和牛がおり、同じ牧場内で育てている。ホルスタインは、1回あたりの食事量が多く、余るほどの餌を出さないと食べないという習性があるため、毎日、毎回、大量の餌を与えている。しかし、ホルスタインは、1回出した餌を次の食事で食べないため、ホルスタインに出した餌が毎回余ってしまい、コストがかさんでしまう。しかし、和牛はそのような習性がないため、和牛が同じ牧場内にいることで、余った餌を和牛に与えることができ、無駄なく餌を使うことができる。通常の生産者はホルスタインだけ生産をしているため、余った餌は捨ててしまっていることが多いという。
松永代表は、毎日の生産データを記録していると話し、受胎率や牛の飼育環境等、記録する内容は多岐にわたる。牛は生まれた後、個室に入り、1頭で過ごすが、その時に部屋の温度や体感温度が低いと、すぐに下痢してしまい、生育に影響が出てしまう。自社のデータによれば、男性社員よりも女性社員の方が温度変化による牛の変化に気づきやすいといった差があるとのことで、そういった点も考慮して社員の配置を工夫している。
松永牧場と関連会社の牛については、全て益田大動物診療所が管理する。益田大動物診療所は農業共済組合の獣医が設立し、長年、松永牧場の規模拡大を支えてきた。そのため、牛の管理だけでなく、メイプル牧場や浜田メイプル牧場を建設した際には、牛舎の設計から関わり、意見したという。屋根の高さや水槽の幅などの建物や設備は、風向き等の自然環境によって適切な構造が異なるとのことで、これまでの知見を活かしながら検討した。牛の動線も考慮して設計したとのことで、牛を第一に考えているその姿勢が、インタビューから垣間見えた。
なお、益田大動物診療所は若い獣医師も多く、聞けば在学中に当診療所で実習しそのまま就職するため、出身も全国各地という。
建物の設計と同様に、牛の生活する環境をいかに良くするか、ということを常に考えていると話す足立先生。中国・四国地域等から集まる食品残渣を活用した飼料については、その元となる食品残渣の栄養素の割合など多数のデータを蓄積している。そのデータを元に、どの食品残渣の、どの栄養素をどのくらいの数量混ぜて餌を作ると良いかを考え、毎日の献立を作っている。膨大なデータを管理し、今もデータを蓄積し、日々の管理に活かしている。
季節によって、排出される食品残渣が異なるため、活用できる資源が毎日異なる。一方、成長ステージごとに必要な栄養素が異なるとともに、個体が食べる量も異なるため、それらに合わせて献立を考えている。また、毎日、建物ごとに餌がどのくらい残っているかを確認し、餌を食べた量を計測し、そのデータを元に、必要な栄養分を計算して献立を考えると話し、様々な情報を活かして献立を考える。
松永牧場はとことん個体管理を徹底している。搾乳時に規定値を超えた成分が検出されると、搾乳された牛乳は別容器に移され、また、牛についてももとの牛舎に帰らず、別の牛舎へ誘導される。
また、管理しているのは食事だけではない。予防注射をしたり、個体に万歩計をつけて歩数を記録したりなど、健康状態を総合的に管理している。松永牧場とその関連会社の個体は、合計すると1万頭を超えているが、足立獣医の「これからも牛の個体管理を突き詰めていきたい」という熱意がインタビューから伝わってきた。
県内外の食品残渣を集めて飼料を作っているが、具体的にはバナナやパイナップル、もやしや焼酎の搾りかす、酒粕、ゆずの搾りかす、トウモロコシの芯、賞味期限の切れた乾麺など、植物性の残渣のみを使っている。飼料は、食品残渣に乳酸菌を入れて、嫌気発酵させて作る。乳酸発酵させるとすぐには腐らず、良い餌を作ることができると説明する松永代表。現在は、コンテナ1,300個分の飼料を仕込みながら、毎日飼料として牧場で使用している。※コンテナ1個は1.2t。
浜田メイプル牧場では、デラバル社のパーラー(※)を取り入れ、毎日搾乳している。個体情報は、搾乳されるために並ぶ入口で、タグを読み込んで管理をしており、乳房洗浄や機械の取り付け、搾乳の全てを自動化している。浜田メイプル牧場では、パーラーを2台稼働させ、個体を管理しながら毎日搾乳する。パーラーは、1時間で200頭の搾乳ができ、作業に必要な人は3人とのこと。
このような取組から、最大限の省人化をして生産に取り組む姿勢が感じられる。昨今はどこの業界も人手不足や若手人材を集めるのに苦労しているが、パーラーを使うことで、それらの課題を解決することができると松永代表は話す。加えて、自動化することで、作業効率が上がるだけでなく、社員の拘束時間を減らすことができるため、若い人でも働きやすい環境を作り出している。
作業の自動化で働く環境を工夫していくだけでなく、社員の労働環境の整備にも力を入れる。松永牧場では、5日間の連続休暇取得も推奨しており、全国各地から集まっている社員が帰省できるような環境も整えている。松永牧場では、有給消化時に連続5日間の申請をすると、有給消化手当が支払われており、全国産地から集まる社員の帰省の支援にもなっている。また。社員全員が通勤しており、1万頭規模の生産法人では珍しい。松永代表は、来年度には、週休2日制を取り入れていきたいと、労働環境の改善に余念がない。
※ パーラーは自動で搾乳する機械。人が機械を取り付けて搾乳する半自動もある。
今後は、牛のげっぷに含まれるメタンガスの生成を抑えた生産や、堆肥としてペレット化される糞尿をバイオガスプラントといった新しい技術を通じて活用する方法を検討していくと松永代表は話す。これから取り組もうと考えていることを松永代表に伺うと、先述の2つ以外にも、次々とその案があがってくる。これまで数々の危機を乗り越え、企業として成長を続けているのは、複数の対策から状況に応じた最適な策を選択し続けてきたからではないか。あらゆる事態を想定し、考え、チャレンジし続ける松永代表のその姿勢は、肥育酪農業界を牽引している姿に他ならない。これからも様々な活動に取り組む松永牧場と松永代表に注目していきたい。
(執筆:公益財団法人流通経済研究所 研究員 菅原彩華)
企業概要
会社名:株式会社松永牧場(ウェブサイト)
代表者:松永 和平
所在地:島根県益田市種村町イ1780-1
2024.12.18
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