「バナナならドール、柑橘類ならサンキスト、キウイならゼスプリ――世界のフルーツ市場には品目ごとにメガプレイヤーがいて、今から競争となると厳しいんですが、そういうメガプレイヤーがグレープの市場にはいません。また、ブドウは植樹から3年で出荷を始められるから、資本への依存度が低い僕たちでもゲームチェンジャーになれると考えています」
そう語るのは、山梨県山梨市に本社を置くアグベル株式会社の代表取締役、丸山桂佑さん。
アグベルは創立が2020年、丸山さんが個人事業としてブドウ栽培に着手したのも2017年からという若いビジネスだが、業績は急拡大を続けている。2024年度の売上は3億を記録した。
もちろん、企業規模でいえば、社員10人(平均年齢28歳)のアグベルと世界のフルーツメジャー各社との差はまだ大きい。だが、丸山さんが、そうしたグローバル最大手の名を目標として挙げるのには理由がある。
果実栽培を成長ビジネスと位置づけ、積極的な投資を行っていること、輸出を大きな販路と見なし、強化に注力していること、急速な成長に不可欠な人・農地・技術・資金の確保に、明確な目的意識を持って取り組んでいることなどだ。
アグベル株式会社 丸山代表取締役
代表取締役の丸山さんは、山梨市で60年以上続くブドウ農家の3代目として1992年に生まれた。地元の高校から関西の大学に進み、2015年に入社した株式会社リクルート住まいカンパニー(現リクルート住宅領域)では関西圏の不動産広告営業に奔走したという経歴を持つ。
実家でブドウ栽培を手がけていた父の余命が短いとの知らせを受け、2017年に退社して帰京。26歳で家業を引き継いだ。
「数か月ではありましたが父から直接指導を受けることができたし、“先代”である祖父、祖母が元気でいてくれたので、ブドウ農家としてやっていくのに困ることは少なかったと思います。でも……」
リクルート時代、クライアント企業の経営改善に尽力した経験を持つ丸山さんは、自らが営む農業をビジネス視点で捉え直してみた。
丸山家の果樹畑は6か所に分かれて計0.5ヘクタール。シャインマスカットのブームもあり、業績は悪くなかったはずだが、損益計算を行ったところ、売上が1,000万円あっても自分や家族の人件費までを考えればビジネスとしては厳しいことが明確に見えたのだ。
また、農家は生産して出荷するのみで、販売には関与できず、価格交渉の力を持たないというビジネスモデルも、丸山さんの目には大きな問題と映った。
主力産品はシャインマスカット
実家のブドウ栽培を継承してすぐ課題を把握した丸山さんは、その課題の解決に動くのも速かった。
まず乗り出したのは、売上の増加に直結する生産の拡充だ。栽培用地を確保する取り組みは、担い手不足に悩む近隣から始まり、現在では茨城県桜川市、筑西市といった山梨県外にまで拡がっている。0.5ヘクタールから始まったアグベルのブドウ栽培面積は、現在では16ヘクタール(うち山梨県内で10ヘクタール)にまで増大した。
「農業はひとりでは上限が出てくるが、チームでやれば可能性は無限大になる」と考える丸山さんのもとには、リクルート時代の同僚が右腕(アグベル取締役)として駆けつけたほどだ。
「社員にはワーカーではなくグロワー(生産管理者)になってほしいんです。アグベルのミッションは、農場労働者ではなく農場長を生み出すこと。彼らは(年収)1,000万プレイヤーになれる」
もっとも、農地の確保や人員の育成には時間がかかり、これだけに頼るわけにはいかない。そこで近隣の同業者からのブドウの仕入れも平行してスタートさせた。
その際、品質の高さや納期遵守の正確さなどを基準として買い取り価格を等級ごとに変動させる制度を設けた。これは生産者へのインセンティブだけでなく、JAなどとの差別化要因ともなっている。
生産・仕入れの強化には当然、販売の強化が伴わなくてはならない。
これを実現させるにあたって丸山さんが力を注いだのは、価格交渉力、ひいては価格決定力を、できるかぎりアグベル側が握ることだった。
市場価格にもとづいた販売をできるかぎり抑え、事前の契約にもとづいた価格での販売主軸に据えたい――。
国内向けでも、アグベルから小売り事業者への直接出荷を中心に据えている。
こうした販売を可能にするための鍵となったのは、実は生産・仕入の強さだ。
「市場価格に左右されない、契約どおりの価格での販売は、契約どおりの量、時期に出荷ができて初めて可能になる。だからこそ僕たちは、生産や仕入を強化するための施設・設備や技術の導入を積極的にやってきました」
▼山梨県内での生産・仕入れ分のブドウをすべて1か所に集約して出荷するための自社選果場を設ける
▼天候の揺らぎに強く、高糖度の果実の生産が可能になる根域制限栽培などの栽培技術を活用する
▼ブドウの生育や出荷の状況をリアルタイムで“見える化”できるITシステムを開発する――
こうした幅広い施策を丸山さんは、迅速かつ着実に実現させてきている。
ドラッグストアの空き店舗を自社選果場に
アグベルの進化の“アジャイル”ぶりがよく目に見えるのは、ITシステムの開発かもしれない。
既存の果樹用システムは自分たちの新たなビジネスモデルでは使いにくいという理由から、当初よりシステムの開発に積極的に取り組んできた。代表的な営業支援(SFA)・顧客管理(CRM)クラウドサービスを導入し、活用法のコンテストで優勝するほどだった。
だが、ある時点でプラットフォームをGoogle Workspaceに切り替える。事業が拡大を続けているなか、ITシステムの高度化の一般的な流れに逆流するような選択だった。
「切り替えの理由にコスト面のメリットがあったのはもちろんですが、それより大きかったのは、日々の業務改善に合わせたシステムの修正を自分たちで気軽にできること。栽培でも営業でもOODA(Observe みる → Oirent わかる → Decide きめる → Act うごく)サイクルをスピーディーに回していくことを何より重視しているので、『ここをこう直したい』と思ったらすぐに直せるGoogle Workspaceが、今の僕たちにはベストだと考えています」
既存事業でも「これまでにない展開」を
「農家を継いだときは周囲から『大変』『かわいそう』などと言われ、今は農業ベンチャーで順風満帆のように思われていて落差が大きいんですが、やっぱり農業に大変なところがあるのは確かで、今も試行錯誤だらけです」
たとえば、これまでアグベルの売上のほぼ半分を担ってきたシャインマスカット。国内では生産量が増えて価格が低下傾向にあり、国外でも中国・韓国産との競争が激化し始めてきた。そのため、同社はシャインマスカットの輸出事業で、「これまでにない展開を模索しており、できるだけ早い時期に目に見える形にしたい」という。
また、ブドウだけでなくモモにも商機があると、丸山さんは見ている。国内で栽培農家の離農が進んで生産量が落ちる一方、需要は特に海外で高いためだ。
現在、アグベルの売上は7割がブドウ、2割がモモ、1割がイチゴで占められているが、この比率もまた、今後変わっていく可能性がありそうだ。
5年後、10年後のアグベルは現状の延長線上にとどまらない企業になっていたい――。
そう語る丸山社長は、次のように明かす。
「日本のブドウの流通の30%を自社で扱えるようになれば、そこでゲームが変わる。目指すのは、今までにない農業企業、日本を代表する農業企業です」
(執筆:ライター 岡田 浩之)
企業概要
会社名:アグベル株式会社(ウェブサイト)
代表者:丸山 桂佑
所在地:山梨県甲州市塩山上於曽903-6
2025.02.26
日本のブドウで世界のメガプレイヤーを目指す ~ アグベル(株)2024.12.18
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