長野県の東部、千曲川中流に位置するJA信州うえだは、地域農業を守り地域を活性化することを目的に、2000年、(有)信州うえだファームを設立した。その取り組みはユニークで、全国農業会議所が主催する「第9回耕作放棄地発生防止・解消活動表彰事業」で「農林水産大臣賞」を受賞するなど注目を集めており、今年度、弊機構の「第2回アグリビジネス研究会」(長野開催)でも視察させていただいている。
今回、あらためて、同社常務取締役の船田寿夫氏に、その幅広い活動のなかから「就農支援」と「耕作放棄地対策」の取り組みについて、お話を伺った。
JA信州うえだの位置する長野県「上小(じょうしょう)地域」では、耕地が標高420mから1,300mに広がる。年間の降水量が少なく、夏冬・昼夜の気温差が大きい気候を活かし、水稲・小麦・大豆の穀物類、りんご・ぶどうを中心とした果樹類、レタス・ブロッコリーなどの露地野菜、アスパラガス・パプリカ・キュウリなどの施設野菜、花卉などあらゆる品目を生産する。近年では、広域ワイン特区「千曲川ワインバレー東地区」がスタート、ワイン用ぶどうの生産も始まり、「ワイングロワー」(ブドウからワインを育てる人)が多数誕生している。
このように多様な農業経営を営んできた「上小地域」だが、農業を支えてきた昭和一桁世代の経営者が80代なかばとなり、農業経営からのリタイアが進むことで、地域の経営耕地面積は減少が続き耕作放棄地が増加している。
そこで、多様な担い手の確保と農業経営の円滑な継承促進などを目指し、2012年に地域内市町村と県が協働して「上小地域ビジョン」を策定した。その実現を担う役割も(有)信州うえだファームは果たしている。この地域は首都圏から近く、真田太平記の舞台となった歴史的背景もあり、豊かな自然環境や観光資源に恵まれていることなどから、新規就農希望者は増加傾向にある。
信州うえだファームの業務範囲は広い。今回お話を伺った「就農支援(新規就農者育成事業)」と「耕作放棄地対策(耕作放棄地再生利用事業、樹園地継承推進事業)」のほか、JA子会社として農業経営自体に取り組む「農業経営事業」、地域農業を補完する「農作業受託事業」、新品種や新技術普及、大規模経営確立、農商工連携に向けた「農業経営実証事業」や地域・都市住民との交流等を担う「農業理解促進事業」等といった多数の事業を運営、地域再生・活性化にかかる大きな役割を担う。
農業生産・指導面でも、地域の多様な作目をカバーするため、水稲、露地野菜、施設野菜、果樹、育苗まで行っており、前述の幅広い業務とあわせて、地域の農業の可能性を広く探り、実現する役割を担っているといっても過言ではない。
信州うえだファームでは、毎年2ha程度、耕作放棄地の再生を行う。現在までに約12haの耕作放棄地を解消し、約17haの発生を抑制したという。また、年2回、地域の農業経営者を対象にJAで農地相談会を行い、耕作できなくなる土地の申し出を早めに受けることにより、同社で借り受ける流れを作る。
現在の同社の経営面積は約74ha。多くが二毛作で、畑の枚数は500筆余に及ぶ。組合員に優先的に良い農地を貸し出すため、同社自身が使う土地は必然的に条件が悪くなる。このため、これらの農地を使いやすい農地にしたうえで、新たな担い手に引き継ぐ取り組み(樹園地継承推進事業)を行う。
この「樹園地継承推進事業」は、地域内の果樹農家から借り受けた樹園地を単に次の担い手に渡すのでなく、信州うえだファームが補助事業を活用し、市場性の高い品種を導入したり、生産性の高い栽培方法に切り替えたりしておくことで、新たな担い手となる新規就農者の経営効率を高めるというものだ。
補助事業になるとはいえ、新規就農者にとって大規模な改植等は負担となる。しかしながら、労働生産性の低い古い園地で頑張っても収益はなかなか上がらず、経営が苦しい状態が続いてしまう。そこで、同社が主体となって、あらかじめ園地を整備し、新たな担い手にはしっかり収益が確保できる圃場を担ってもらう。そして、園地整備に要した費用については国、県等からの補助金を差し引いた残りの額を返済していただく方式を採用する。これまでに18haの改植を行い、半分を新たな担い手に受け渡している。信州うえだファームの研修生は、社会人経験をしっかり積んできた年代の方が少なくない。そのため、早期に栽培技術を安定させ、自身の目指す経営スタイルを短期間で実現することが求められており、この「樹園地継承推進事業」は双方にとってメリットのある形になっている。
信州うえだファームの取り組みは農地を集積するだけではない。「就農支援」でも「JA信州うえだ方式」という独自のシステムを構築し、2018年4月までに、46名の研修生を受け入れ、28名が独立就農している。
「JA信州うえだ方式」とは
独立就農(新規就農)を目指す人々を(有)信州うえだファームが直接雇用し、2年間で栽培技術と経営管理を習得させ、卒業後の住居や出荷先なども調整する。研修圃場は同社が借り受けた農地を提供し、研修生は研修終了後もその研修圃場をそのまま引き継ぎ、「信州うえだファームファミリー」の農業経営者として、自立した生活をスタートさせる。
独立する際、研修生は自分が経営したい品目を野菜・果樹など、さまざまな作目から選択できる。これは、多様な農作物を作ることができる当地域ならではのメリットで、特に、新規参入が難しい果樹での受け入れが増えているという。最近ではワイン用ぶどうでの新規就農を目指す人が多く訪れる。
「ワイン用ぶどうで農業を始めようとする人たちは、ぶどう生産だけでなくワイナリー経営までを視野に入れていて、農業を始める時から法人化を検討している。他の作目ではそこまで意識が向いていない。いろいろな考えの研修生がいることが、お互いにいい影響を与えている。」と船田常務は目を細める。
この春、研修を終えて独り立ちした新規就農者の圃場を見せていただいた。ちょうど台風通過を控えた日であったが、素人目にも作業が追いついていない様子で、強い風に摘心できていないぶどうの垣根が揺れている。「一人に1.5haくらい圃場を渡してしまう。正直、最初は手が回らないと思うけれど、そこをどうするか考えるのが経営。」と船田常務は笑う。どの作目でもいずれ雇用が必要になるというのが、信州うえだファームの研修生育成にあたっての考え方だ。法人化、あるいはグループ経営を行い、規模を大きくすることでメリットが生まれると考えている。
ワイン用ぶどうを例にあげよう。「千曲川ワインバレー構想」では、個人で立ち上げた小さなワイナリーの集積をコンセプトとしているが、できたワインは地元でも1本4〜5千円の価格となり、なかなか地元で味わえる価格ではなくなってしまっている。設備投資や製造コストを考えるとやむを得ない値段付けとなってしまうが、信州うえだファームでは、卒業生が機械や設備の共同利用等によりコストを下げることで、この地域では”地元の人でも飲める”2千円台のワインを提供できるようになるとよいと考えている。
この実現にむけて、祢津御堂地区への入植を希望するワインで新規就農を目指す人々に対し、信州うえだファームは行政・JA・関係企業等による面としての支援組織づくりと、共同利用機械(リーフカッター・樹間除草用モア・畦畔除草用自動運転作業機等)の導入、共同ワイナリー(支援ワイナリー)、共同セラー等の設置等を検討し、これらの導入に当たっての補助事業の検討を進めている。
信州うえだファームの年間売上は約2億円。「農業経営だけに特化すれば800万円くらいは利益が残る。担い手育成と耕作放棄地対策でほとんど残らない。ここまでするかと思うこともあるけれど、地域の土地は地域で守る。これがうちの役割。」と船田常務は淡々と語る。
全国各地で、地域農業の担い手の高齢化が進み、新たな担い手の確保が急務となっている。しかし、これまで個人経営中心で担ってきた農地を承継していくことは容易ではない。一度に引退するわけではないので、手放すのはどうしても条件の悪い土地からになるし、総面積はあるように見えても実際は散らばっていて効率が悪い。生産性を高めるためには多額の投資が必要で、農地を引き受ける新規就農者には大きな負担にもなる。
担い手の想いをつなぎ、地域農業を守る信州うえだファームの取り組みは、地域の事情をよく理解するJAならではの取り組みといえよう。これからの地域農業の維持に向けたひとつのモデルとして、期待は大きい。
(中部支部事務局長 内田文子)
<会社概要>
会社名 :有限会社信州うえだファーム
代表者 :代表取締役 中山 孝(JA信州うえだ常務理事)
所在地 :長野県上田市・東御市
創 業 :2000年3月
社員数 :60名 (うちJAからの出向者5名、研修生13名)
出資金 :3,630万円(うちJAからの出資 99%)事業内容:
◎農業経営事業
◎耕作放棄地再生・利用事業
◎地域農業補完事業
◎新規就農者育成事業
◎樹園地継承推進事業
◎農業経営実証事業
◎農業理解促進事業
◎観光農業事業
◎野菜育苗事業・精米事業