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2019年4月24日

韓国消費者の安心を考えよ WTO逆転敗訴とBSE

WTOビル

 韓国が日本の一部産地からの水産物輸入を禁じている件で、世界貿易機関(WTO)の最終審にあたる上級委員会が、日本の主張を退けた。日本政府は禁輸政策の見直しを今後も強く隣国に迫る方針だ。
 しかし、これまでの通商交渉で、日本自身が消費者の納得に基づく安心の大切さを主張してきたことを忘れるべきではない。
 米国初の牛海綿状脳症(BSE)が確認されたのは、2003年12月末だった。数日後に訪ねたワシントン州の発生牧場は、近くの山から吹き下ろす冷たい風の中、息を潜めるように静かだった。
 日本政府は直ちに米国産牛肉の輸入を禁じた。輸入再開したのは2年後の05年12月12日。対象は20カ月齢以下と証明され、特定部位を取り除いた牛由来の肉に限った。

▽米政府は牛肉輸入再開迫る

 米政府は当然のごとく早期輸入再開するよう日本側に圧力をかけた。日本から来た国会議員に農務省高官が「政府、議会、食肉業界の忍耐は限界に来ている。科学や国際基準に則して早期の解決を求める」と言い放った。米政府が世界貿易機関(WTO)への提訴を検討していると外国通信社が報じたこともあった。
 取材を通じ記憶に残っていることがある。当時、米国の牛肉輸出団体が抑制的な立場を取ったことだ。ワシントン州からの帰り道に中西部にある団体事務所を訪ね、トップにインタビューした。「農業団体は米政府以上に強硬姿勢」という記事を書くつもりだったが、返ってきたのは予想外な言葉だった。
 「日本はいちばんのお得意様。もちろん輸出再開を急いでほしい。しかし、米国がごり押ししたと取られることは避けたい」
 輸入再開を期待しつつも、「米国が政治力で市場をこじ開けた」という印象を与えることを、警戒していたのが印象的だった。彼は日本で米国産牛肉の販売促進に長く携わった経験があった。「日本の消費者は食の安全や安心に敏感で、いったん染みついた悪評は、なかなか消えないことを恐れている」とも語った。
 どこまで彼の言葉が交渉に反映されたかは定かではない。だが、米政府はWTO提訴をしなかったし、当時のブッシュ大統領が露骨に非難することもなかった。

▽風評被害は日本の責任

 そこで、現在の韓国との間のWTO提訴の話である。日本政府の「韓国による水産物等の輸入規制は貿易制限だ」という訴えが最終的に認められなかった。日本国内の報道は「『科学的には安全である』と韓国に訴えよ」という趣旨の記事が目立つ。何かと波風が立つ両国関係の中で、「負けられない」という雰囲気が日本政府や業界にはある。韓国政府への圧力は続くだろう。
 東京電力福島第一原発事故の風評被害に悩む産地を考えると、対外交渉では強気で臨んでほしいという気持ちは分かる。だが、長い目で見れば、「科学」を振りかざし韓国の消費者の感情を傷つけることは得策ではない。市場をこじ開けるのが目的ではなく、末永く韓国の消費者に買ってもらうことがいちばん大切なはずだ。反発を招くような真似は避けたい。
 世界トップの地震国にもかかわらず原子力発電を受け入れた日本の国民であれば、風評被害に直面する農林水産業を支援し続ける道義的な責任があるかもしれない。しかし外国の人たちはそうした責任とは無縁であり、彼らは輸出国からの押しつけを受ける筋合いはない。
 15年前の日米BSE交渉で、私たちは「安全と安心こそがいちばん大切だ」と米国の圧力に抵抗したはずだ。立場が逆転した今、居丈高な仕打ちを隣国にするべきではないだろう。

(ニュースソクラ  農業ジャーナリスト、山田優)

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