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2019年3月28日

農産物取引の契約書④

弁護士・カリフォルニア州弁護士 大城章顕

 前回まで3回にわたり農産物取引の契約書について取り上げました。農産物取引の契約の類型とそのポイントについてはこれまでお伝えしたとおりですが、このコラムをご覧いただいた方から「具体例の紹介を」というご要望をいただきましたので(この場を借りて、御礼申し上げます。)、今回は実際に起こった農産物取引のトラブルの実例を挙げ、それに対して契約書によってどのような対応が考えられたのかを検討してみたいと思います。(なお、ここで取り上げた実例については、わかりやすくするために実際の事例から多少改変していますが、ポイントとなる点は変わりません。)

実例-契約の不更新

 ここで取り上げる実例は、契約の不更新についてです。これは、複数のレストランを経営する外食会社から生産者に申し入れがあり、農産物を生産者から外食会社に直接販売するという契約取引(契約取引の内容、ポイントについては、バックナンバーをご覧ください。)の話です。
 数年前から契約取引を開始して年々取引量も増加し、この取引額が生産者の年間売上げに占める割合の大部分を占めるようになっていました。契約取引の際には、毎年1回外食会社から提示された契約書に押印していました。農産物は秋から冬にかけて納入し、春先に契約書を締結するというスケジュールでした。
 数年間にわたり同様のスケジュールで契約取引を続けていましたが、この年は3月になって外食会社から連絡があり、「今年は取引を取りやめたい」との連絡がありました。外食会社からは、会社の業績不振による閉店とメニューの変更等により、契約取引ではなくその時その時に合わせた仕入れをする方法に変更するためとの説明がありました。
 しかし、生産者は、その外食会社との取引で今年も少なくとも前年と同じだけの売上を見込んでいましたので、その年の生産計画に狂いが生じてしまい、新たな販路確保に四苦八苦したという事例です。
 この事例では、売上の大部分を一つの販売先に頼っていたことのリスクが顕在化したという面もありますが、ここでは法務の観点から、契約でどのように対応できたかということを検討してみたいと思います。

契約取引の継続

 契約取引の双方にとってのメリットは、安定性です。農産物は一般的には自然環境に大きな影響を受けるものですので、天候不順や災害などがあると収穫量が減ったり品質が低下したりしてしまい、それが農産物の価格に大きく影響します。契約取引は、実際に農産物を生産する前に取引の数量と価格を決めてしまうことで、この不安定要素を排除することになり、安定的な取引を行うことができるというメリットがあります。
 この安定性を追い求めれば、契約期間を長くするという選択肢がありますが、それは一方で長期間契約上の義務に縛られるということでもあります。そのため、生産者からすればより高い価格で売れる機会があっても契約取引先に販売しなければなりませんから、より大きな利益を得る機会を逃すことになりますし、外食会社や加工会社、小売会社といった購入者から見ると、他から安く買える機会を逃すだけでなく、事情が変わってその農産物の購入をやめたくてもそもそも買うことをやめられないというデメリットになります。
 実際の契約取引は、農産物の生育サイクルに合わせて、1シーズンを契約期間とする例が多くみられますが(中には安定性を重視し、これよりも長い期間にする例もあります。)、同時に契約の更新について定めていたり、契約更新の定めがない場合でも実際には契約更新と同じように数年にわたって契約をし続けたりすることも少なくありません。

契約書での対応

 上記の実例では、契約は1シーズン限りという形式になっており、契約更新の定めはなかったものの、実際には更新しているのと同じように、毎年契約を締結していました。しかし、これは契約の自動更新といったものではありませんので、例外的な場合を除けば、生産者・外食会社のいずれも新たな契約をしないという自由を持っています。そのため、外食会社が今年は契約しないといったとしても、(これまでの契約期間が相当長期になっていたり、契約更新が前提と言える状況があったりといった例外的な場合を除き)生産者は外食会社には何も言えないことになります。
 この点だけを見ると、この取引形態は外食会社にとって「やめたいときにやめられる」という自由があり、メリットのようにも見えますが、反対に生産者が他によりよい条件で取引できる先を見つけた場合、今年は契約しないということも自由ということになります。そうすると、外食会社がこれまでのように取引を継続したいと考えていたとしても取引を継続することはできず、農産物の確保に駆けずり回らなければならない事態になります。

 これは、安定性と柔軟性のバランスの問題ですが、このバランスを取るための解決策として考えられるのは、取引を継続しない場合でも生産者・購入者が農産物や取引先を確保するために必要な時間を確保するようにすることです。
今回の実例では、これから種をまこうかという直前に契約をしないことが通知されたことにより、生産者は新たな販路を確保する時間が限られてしまいましたが、これを農産物の生育サイクルに合わせ、販路確保・取引先確保に必要な期間よりも前に更新の有無について通知するといった義務を契約書に規定することで安定性と柔軟性のバランスを取ることができます。例えば毎年12月31日までに翌年の分の取引を継続するか(契約を締結するか)を通知するといった規定を設けておくことが考えられます。
 そうすることで、直前に取引がなくなることがわかり慌てる、といったことを避けることができます。もっとも、これも安定性と柔軟性のバランスの問題ですので、農産物の特性(希少なもので代替性が低いのか、価格が比較的安定しているものか等)により、生産者・購入者ともどこまでの規定が必要かは変わってきます。
 それぞれの立場でリスクを判断し、そのリスク管理するためにどのような契約条項とすべきかを考えることが重要です。

 農産物取引においても、契約書を作ることでリスクを管理することが重要であることを理解していただきやすいように契約の不更新を例に挙げましたが、今後もそのほかの実例も紹介していきたいと思います。

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