2020年7月28日
ニュースソクラ 経済ジャーナリスト、牧野義司
企業経営の現場で最近、ビジネスモデルを根本から変革するゲームチェンジがキーワードになりつつある。ICT(情報通信技術)などテクノロジーの進化でデジタル化が急速に進み、これまでの勘や経験、伝統的な経営手法で対応しきれない現実が出てきたためだ。
現に、NTTがゲームチェンジにチャレンジした。光技術を使ったチップを独自開発したのに伴い、澤田純NTT社長は「電子回路を超高速の光子回路に変えることが可能になり、新たな経営チャレンジをする」と表明。民営化後、固定電話から携帯電話に切り替わっても巨大組織の弊害で伸び悩んでいた経営体だけに経営チェンジの起爆剤にしたい意向だ。
そのゲームチェンジに農業現場でも大胆にチャレンジ、見事に成功した事例がある。ぜひ取り上げてみたい。
3.11の東日本大震災時に、東京でITコンサルティングにかかわっていた若手経営者の岩佐大輝さんが、生まれ故郷の荒廃した被災現場に立ち、これまでの農業生産手法では復興再生が無理と判断、試行錯誤を繰り返しながら大胆なゲームチェンジによって、何と1粒1000円という高付加価値のイチゴの商品化に成功した話だ。
岩佐さんとの出会いは、私がメディアコンサルティングでかかわった日本政策金融公庫の雑誌企画「変革は人にあり」の取材がきっかけだ。岩佐さんによると、大地震・大津波のニュースに驚き、東京から必死で実家のある宮城県亘理郡山元町に戻った。
幸い地方公務員の両親が住む実家は高台にあり、無事だったが、海沿いに広がるイチゴハウスは壊滅的な状況で、呆然とした。でも、何とか役に立ちたいと思った、という。
そこで、岩佐さんは、復興手助けの合間に、被災した人たちに「町の誇りは何だろうか」と聞いて回ったら「ここはイチゴの名産地で、それが誇りだ」という声が多かった。「希望を生み出すカギは誇りにするイチゴの再生だ」と感じた。しかし問題は、岩佐さん自身が農業に未体験だったので、支援活動に乗り出すには、一から学ぶしかなかった。
ゼロからのスタートは大変なことだ。でも、取材していて「この人はすごい」と思ったのは、そのチャレンジぶりだ。東京で展開するIT企業の経営を見ながら、とんぼ返りで山元町に戻ってイチゴ学習、復興支援生活の繰り返しだったが、「やるからには日本一、いや世界一をめざそう」と施設園芸の先進地オランダなどにも足を伸ばして学習を続けた。 そして、イチゴ生産・加工・流通のスタートアップ企業GRAを設立した。
岩佐さんの農業に対するゲームチェンジの視点が興味深い。東北でも有数のイチゴ産地だった山元町を再生し「未来にわたって豊かなイチゴ産地」とするには勘や経験に頼る小規模ハウス栽培のビジネス構造では限界がある。勝てないゲームを続けていては日本農業に未来はない。ならばゲームのルールを変え、生産革命が必要、と判断した、という。
ポイントは、ITの先端技術を駆使した農業だ。イチゴ生産に必要な温度、湿度、日照時間、肥料の溶液濃度や水分度合いなどの生産情報をITセンサーでリアルタイムに集め、データベース化していく。それらのデータをもとに最適生産状況は何か、そのための数値コントロールをどうするかなどを調べ、次第に品質を標準化していった、という。
岩佐さんの経験年数の少なさを補ったのが、イチゴ生産のプロ技を持つ年配の橋元忠嗣さんだ。復興現場で知り合いGRA経営パートナーに委ねた橋元洋平さんの親戚だが、岩佐さんは、職人的な匠の技とIT先端技術の融合をGRAの「強み」にしようと考えたという。
「職人技の暗黙知を形式知化し、IT技術で品質に磨きをかけること、それと計画・実行・評価・改善のPDCAサイクル精度を上げることで、イチゴの品質の標準化が可能になり、安定的に生産する体制もとれるのです。味のよさで付加価値に高め、ブランディングなどマーケッティング手法を加えれば、消費者評価は上がります。こういった形で日本農業全体のゲームチェンジを行えば、農業の成長産業化は十分に可能です」と岩佐さんは語る。
イチゴの品種にもよるが、スーパーなどでワンパック400円~600円が平均的な販売価格だ。ところがGRAのイチゴのうち、特上のものはMIGAKI-ICHIGOのブランドネームで、何と1粒1000円という価格で伊勢丹デパート東京新宿店の食品売り場で売りに出され、消費者の評価もいい、というから驚きだ。
岩佐さんによると、その高価なイチゴはGRAの戦略的商品ながら、売上高の1%でしかない。でも、バイヤーの伊勢丹担当者が、味や品質のよさから「売れるぞ」とアドバイスしてくれ、その価格になったそうだ。半信半疑の岩佐さんが当初、売り場見学に行った際、100円に見えて「安すぎる」と不満そうにしたものの、もう一度見たら、ゼロが1つ多くついていて、逆に、今度は「こんな価格で買ってくれるだろうかと思った」ともいう。
ITが農業のゲームチェンジ役になる、という点で、ご紹介したいのが、佐賀大学発ITベンチャー、オプティムの取り組みだ。オプティムは、今や東証1部上場企業として市場評価も得ているが、AI(人工知能)やビッグデータ、ドローンを活用してスマート農業の担い手をアピールすると同時に、稼げる農業の先進モデル事例をめざしている。
岩佐さんのITセンサー活用事例と同様、オプティムの場合も同じで、センサーによってさまざまな農業現場の情報、データを集めデジタル化するだけでなく、AI分析のアプローチを繰り返す。これによって農作業負担の軽減、農薬や肥料のコスト削減、ほ場や農作物のリアル画像データをもとにした異常検知個所の表示などによって生産性を一気に引き上げる。ドローンによるピンポイントの農薬散布で減農薬米栽培も行っている。
岩佐さんの話に戻ろう。GRAは着実に成果を上げ、山元町で新たな地域雇用も生み出し3.11による地域全体の苦境克服への貢献度は大だ。しかし私が評価するのは、岩佐さんがこの成功モデルを独り占めせず、新規就農して技術を学んで独立したい若者に道をひらき、GRAとフランチャイズ経営する農業仲間を育てるプロジェクトも展開、さらにはインドでも生産手法が評価を得て、イチゴ農場を展開する活躍ぶりだ。
日本農業の現場は、生産者の高齢化、後継者や担い手の減少に加えて、儲からない、機械の更新投資など設備負担が続くといった不満の声などが根強い。
しかし岩佐さんは言う。「うまくいかない裏には、そうなる仕組みや構造があるのです。それを洗い出して変革に取り組むしかないです。それでも勝てず、儲からずだったら、ゲームチェンジに大胆にチャレンジすることです。要は、それぞれの現場で小さくてもいいから成功モデルをつくることです」と。岩佐さんは42歳の若さで、いまもタフに動き回っている。日本はまだまだ捨てたものでない、と実感する。
(ニュースソクラ www.socra.net)