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地方の製粉会社が架け橋

2020年8月26日

国産小麦のベーカリー広がる
地方の製粉会社が架け橋

ニュースソクラ 農業ジャーナリスト、山田優

 チェーン店とは異なる個性的なベーカリーを街角のあちこちで見かけるようになった。

 ルヴァン、フォカッチャ、クッペ。白くて柔らかい米国スタイルの食パンとは一線を画したさまざまな製品が店頭に並ぶ。多くは特徴のある国産小麦粉を原料にする。疎遠だった小麦農家とベーカリーの間を取り持つのは、中小の特色ある製粉会社だ。
 酷暑の8月上旬、神奈川県平塚市にある製粉会社ミルパワー・ジャパン社の作業場を訪ねると、まるで冷蔵庫の中にいるような寒さ。収穫を終えて納入されたばかりの小麦が積み上がっていた。20キロ圏内の契約農家から出荷されたもので、同社は年間に40トンの小麦を挽(ひ)いて販売する。

▽石臼をゆっくり回転

 直径1メートルほどの石臼6台が整然と並んでいた。1分間に10回程度のゆっくりしたペースで回り、粉をはき出す。石臼は熱を帯びにくく、さらに部屋を低温低湿度に保つことで、小麦本来が持つ香りや味覚を丁寧に引き出すことができる。
 自ら創麦師を名乗る本杉正和さん(37)が麦の品種や状態を確かめながら、臼ごとの製粉工程を微調整する。
 本杉さんは自ら近隣の人気ベーカリーでシェフを務める。このベーカリーの前の経営者が2007年に建てた製粉所を引き継ぎ、自分一人で黙々と粉にする。せっかく足元に農業があるのだから、そこで収穫した小麦でパンを作りたいという熱意だ。一部は自分の店で使い、残りは各地のベーカリーに売る。
 注文先の要望に応じ、挽き立てをすぐに出荷したり、1週間ほど放置して熟成させたりする。1回の出荷量は相手が1カ月で使い切れる分だけに制限するのは「鮮度を落としたくない」というこだわりからだ。

 農水省の資料によると、大手製粉会社の場合、1工場当たり15万トンを製粉する能力がある。従業員1人当たり3000トンを上回る効率だという。大型機械を高速回転させ、大量の小麦を短時間で製粉することが可能だ。

 本杉さんの製粉所は効率とはまったく無縁の超ミニサイズ。小麦農家には普通の販売ルートに比べ、3倍近い単価を支払いながら、製粉部門の経営は黒字だというから驚きだ。大手製品に比べ、はるかに高い本杉さんの小麦粉を求める声が全国から寄せられる。
 「2倍の80トンぐらいの小麦粉の注文がある。しかし、麦の特性に合わせて粉にするのはパン作りよりもむずかしい。技を持った後継者を育てないと増産はできない」というのが本杉さんの悩みだ。

ミルパワージャパンの本杉さん(撮影・山田優)

▽農家の側にも変化生まれる

 地方の製粉会社が相次いで国産小麦に力を入れ始めた。背景には、特徴ある小麦粉を求めるベーカリーが増えてきたことがある。長い伝統を持つ欧州では、地元産小麦を原料にするのが当たり前。日本国内でも大量製造を前提に規格化された小麦粉に満足しない若い人たちが、ベーカリー市場に参入し、気に入った小麦粉を探し出そうとしている。

 農家の側にも変化が生まれている。北海道十勝地方で大規模に小麦栽培をする前田茂雄さん(45)は言う。
 「大半の小麦農家は自分の小麦を食べたことがない。自家用に製粉し、それをパンにするのは現実的ではないからだ。生産したらJAに出荷しておしまい。コメや野菜の農家は自分で食べて品質にこだわりを持つのとは対照的だった」
 しかし、国内小麦生産量が100万トンに拡大し、販路を開拓するため製パン適性が高いとされる新品種が登場。「私作るだけの人」という農家の意識も少しずつ変わった。神奈川県内のあるJAは、受け入れを渋る本杉さんを拝み倒して製粉を引き受けてもらい、地元のベーカリーに小麦粉のサンプルを配って取引を始めた。たんなるスローガンではない地産地消が生まれている。

▽新麦楽しむイベント始まる

 個性的なベーカリーと生産者の架け橋となったのが、志ある中小の製粉会社だった。
 2015年から収穫したばかりの小麦を挽いて味を楽しむイベントの麦フェスが始まった。ワインの新酒ボージョレ・ヌーボーに触発され、日本の麦作地帯を収穫期で4つに分けて解禁日を設定。今年も8月10日から全国1000のベーカリーなどで「新麦」を使ったパンを一斉に販売した。今後、前線は北上する。ここで中心になるのは、地方の製粉会社だ。本杉さんよりももっと規模が小さく、レトロな作り方をするところも参加した。
 仕掛け人である新麦コレクション代表の池田浩明さん(50)は、ルポライターとしてパン業界を取材。多様な品種と味が特徴の国産小麦に大きな可能性を感じたが、当事者に一体感が薄く、盛り上がりに欠けていると感じていた。そこで、ベーカリーや製粉会社に声を掛けて始めたのが麦フェスだった。

 第2次大戦後、米国による大量の小麦援助を契機にして、日本のパン文化は始まった。
 原料小麦、製造機械、ノウハウのすべてが詰まった米国スタイルのパンは、日本の食卓に定着した。
 米国スタイルで効率を追求するには原料小麦の均一性が何よりも重要。たんぱく質含量など品質が産地や品種で異なる国産小麦は、米国スタイルの物差しからはみ出し、やっかい者扱いされてきた。
 ところが風向きが変わった。欠点とされてきた国産小麦の多様性が、逆に注目されるようになったからだ。農家はもちろん、製粉業界にも影響が及ぶ。輸入小麦を扱う限り、内陸工場型の中小製粉会社は、港に工場を持つ大手製粉会社にコストで太刀打ちできない。個性的な新しい日本のパン文化が根付くかどうかは、中小製粉会社にとっても生き残りのかぎを握っている。

(ニュースソクラ www.socra.net)

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