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マルサスの予言に重み

2022年12月26日

人類は食料を確保できるか
マルサスの予言に重み

ニュースソクラ 農業ジャーナリスト、山田優

 人類はこれからも十分な食料を得ることができるのだろうか。英国の経済学者マルサスが人口論で警告した「食料生産の伸びが人口増加に追いつかず、食料資源が不足する」という主張は、これまで右肩上がりの農業生産で回避された。しかし、食料増産をもたらした農産物の単位収量向上には物理的な限界がある。優良な農地や水など限りある資源に依存する限り、どこかでブレーキが掛かる。英国の経済学者マルサスによる18世紀末の予言は、地球温暖化や食料を巡る混乱が収まらない今、改めて重みを持つように見える。

▽トウモロコシの単収は7倍

 米農務省が1866年から記録するトウモロコシの単位面積当たり収穫量の推移をみてみたい。最初の70年間、ほとんど単位収量は伸びていない。それが1930年代末から上昇に転じ、1955年になるとさらにその上昇スピードが加速する。
 150年ほど前には1エーカー当たり25ブッシェル(1ヘクタール当たり約1・5トン)のトウモロコシを収穫していたが、現在は同じ面積から7倍のトウモロコシを収穫していることになる計算だ。
 昔から農家は限られた農地からできるだけ多くの作物を収穫しようと努力してきた。しかし、農家の努力だけでは収量は上がらない。1930年代後半に始まった、トウモロコシのハイブリッド種子の普及が第1段階の上昇をもたらした。その後品種改良や化学肥料や農薬の大量施用、機械化による土壌の耕作などが1955年頃から始まる第2段階の上昇につながったと考えられている。
 米国の研究者、農業関係者などと過去に話をした時、何回かこのグラフを見せられたことがある。

トウモロコシの収量

 「世界最先端の科学によって成し遂げられた米国農業の成果だ」
 彼らが胸を張るように、近代農法の採用が、農業生産を押し上げてきたのは間違いない。1960年の世界の穀物生産量と収穫面積を100とした場合、これまでの60年間に生産量は3・3倍に伸び、一方の収穫面積は1・1倍とほぼ横ばいだ。米国のトウモロコシを含め、世界の農業生産は右肩上がりの単位収量に支えられ拡大を続けてきた。

▽11月に80億人の人口

 世界で人口の伸びは鈍化しているものの、国連は2022年11月、「世界人口は80億人に達したとみられる」と発表した。2050年には97億人に増える見通しだ。
 この先の人口増加を支えるだけのペースで農業生産は成長し続けるのだろうか。
 もう一度最初のグラフを見てほしい。楽観的な人たちは近代農法を推し進めていけば、これからも単位収量が右肩上がりに増えて、食料問題は解決できると言うだろう。しかし、立ちはだかる課題は多い。
 作物は降り注ぐ太陽エネルギーを受け、土壌中の水と栄養分を吸い上げ成長し実を成らす。工業製品のように無限に製造の回転数を上げたり、昼夜無く際限なく効率性を高めたりすることは難しい。

米モンタナ州の大規模かんがい設備。水を与えることで穀物の単位収量は飛躍的に向上したが、全米で水不足が進行している(米農務省提供)

 米国のトウモロコシは150年かけて7倍の単位収量を実現したが、専門家の間では今後同じようなペースが続くとは期待されていない。気候変動による温暖化や干ばつなど気象災害の増加、病害虫被害の拡大などが現実の問題になっていることも考慮する必要があるだろう。
 経済協力開発機構(OECD)の最新長期農業予測(2021~30年)は、先進国で農産物の単位収量の伸びが抑えられると見込んでいる。持続可能な農業と収量至上主義の近代農業技術とは相性が悪い。先進国の農業政策の軸足は、増産から環境配慮へと移り始めている。
 「先進国の単位収量の成長率は(世界の中で)低い方になると予想される。これらの国々の収量はすでに高い水準にあり、生産高の伸びは環境政策と食品安全政策によって左右される。気候変動もまた、今後数十年にわたって予測される収量増加に影響を与えるだろう」

▽肥料価格高騰は逆風

 OECD予測ではアフリカやインドなどでは、先進国に比べて相対的に高い単位収量の伸びが見込まれている。ただし、これらは国際社会や各国政府が農業分野への十分な投資を続け、近代的な種子や肥料、農薬などの生産資材を投入することが前提だ。肥料やエネルギー価格の高騰は逆風となる。
 マルサスは人口の増加が幾何級数的であるのに対し、食料の増加が算術級数的であることから食料の不足や貧困が避けられないと唱えた。その後、ドイツで空気中の窒素固定技術が生まれて農業生産が飛躍的に拡大、さらに経済成長とともに各国で出生率が低下したことによって彼の予言は外れた。
 しかし、世界農業の成長に陰りが見られる今、長期的な食料需給のひっ迫を警戒する必要があるかもしれない。人口が増加しそれに見合う増産ができなければ、需給ひっ迫はさらに長引くだろう。
 ところでマルサスの警告には世界中の「悪徳のまん延」があった。食料不足などを避けるために、貧困や疫病、戦争などの予防措置に触れている。こちらの予言に関しては、ぴったりと現代の問題点を言い当てているようにも思えるから不思議だ。

(ニュースソクラ www.socra.net)

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