2023年4月27日
ニュースソクラ 農業ジャーナリスト、山田優
この春に新設されたばかりの福島大学大学院食農科学研究科に、定員の2・5倍となる入学生が押し寄せた。有機農業や営農型太陽光発電の分野で活躍する社会人らを引きつけたのは、日本の大学院で初めてとなる農業生態学(アグロエコロジー)のプログラムだ。
たんに化学農薬や肥料を使わないだけではなく、土壌とそこに住む多様な生きものに注目して耕起を控えて持続可能な農業をめざす。世界中でアグロエコロジーへの関心が高まっている。
同研究科の定員は20人、そこに社会人13人を含む45人が入学した。少子化時代に「学生は集まるのだろうか」という心配を吹き飛ばした。4月4日の入学式を訪ねてみたら、地域循環型の野菜生産、農地での太陽光発電、福島県南相馬市の農地再生、札幌市の有機ビールなどに取り組む人たちが、ずらりと顔をそろえていた。同大学構内でアグロエコロジーに準じたほ場を整備し、今後長期間にわたって試験研究を続ける。
大学院でアグロエコロジーを担当する金子信博教授(土壌生態学)は言う。
「欧米は脱炭素や持続可能性の見地から新しい農業に向けて舵を切った。その背後には膨大な知性の蓄積がある。日本でもアグロエコロジー研究者や興味を持つ人がもっと増えてほしい」
金子さんが指摘する新しい農業のスタイルがアグロエコロジーだ。国や組織、研究者によって解釈は異なるが、大まかに言えば、できるだけ地域資源を利用し、不耕起、被覆作物(カバークロップ)、輪作を組み合わせた農法。
国連食糧農業機関(FAO)は、10年ほど前から現行の資源多投入型農業の限界を指摘し、土質を改善して環境を保全する持続可能な食料システムとしてアグロエコロジーを推進することを呼び掛けている。世界の農民団体なども呼応して各地で運動を進めている。
4月23日まで宮崎市で開かれた主要7カ国(G7)農相会合の声明でも、「新たな技術の開発のみならず、自然を基盤とする解決策、アグロエコロジーやその他の革新的なアプローチ」を活用することが盛り込まれた。
金子さんは、現在主流の農法が変わらなければ、人類にとって深刻な問題になると警告する。
「世界中で土壌の劣化が進んでいる。トラクターの普及で耕作が大規模に進み、土壌中の有機物が分解されて少しずつ減っている。分解によって作物が栄養素を利用することで生育が促進され、一時的に生産性は向上する。たい肥や化成肥料を投入すれば改善するが、むき出しの畑で雨や風による浸食が進行して有機物を含む土壌の表面が流出。長い目で見ると土壌の品質が低下してしまう」
有機物の分解に伴って、土壌から大気に放出される二酸化炭素が地球温暖化を促進していると指摘する研究者もいる。
このため、欧米では急速に不耕起栽培とカバークロップの組み合わせによる農法が普及。土壌中の炭素貯留を増やすことで温暖化対策につなげようと、各国政府も後押ししている。米国などでは遺伝子組み換え種子と除草剤の組み合わせによる不耕起栽培が主流で、多様性や低投入を重んじるアグロエコロジーとは必ずしも一致しない。だが、これまで常識とされてきた「農業とは耕すこと」が、世界中で見直されようとしていることは間違いない。
アグロエコロジーと有機農業の違いは何か。有機農業は元々、持続可能で安全な農産物を供給するという点でアグロエコロジーと親和性が高い。ところが、国際的な有機農産物の表示基準が「3年以上化学農薬・肥料を使わない」になっているため、農薬などを使わないものの、産業的な大規模単作が増え、逆に地域の生物多様性や土壌に悪影響を与える有機農業の事例も出ている。
FAOのウェブサイトにはアグロエコロジーの10要素が紹介されている。
本来のアグロエコロジーは、環境に配慮した農法と同時に、社会や文化の多様性や農家の自主性など、社会科学の分野にまで踏み込んだ取り組みでもある。
専門分野を横断するアグロエコロジーを正式科目にした福島大学大学院の野心的試みが、多彩な人材を呼び込んだ。
(ニュースソクラ www.socra.net)