2023年9月29日
(公財)流通経済研究所
農業・環境・地域部門 部門長/主席研究員 折笠 俊輔
農業経営の中で、「差別化」という言葉を聞くことは非常に多い。様々な研修会で、あるいはコンサルタントなどから「差別化を考えましょう」、「差別化すれば価格が高くても売れます」と言われたことがある人は少なくないだろう。確かにそれは真実である。しかし、簡単に「差別化」というものの、トマトはトマトであり、茄子は茄子であり、なかなか狙い通りの差別化をすることは難しい。ここでは、あらためて「差別化」を考えてみたい。
経済学や経営学では、競争環境を考えるうえで、マーケットの状況を「完全競争」なのか、「完全独占」なのか、といった視点でとらえることが重視される。一般的に、競合がひしめきあう「完全競争」は全く儲からない。一方、マーケットを独占してしまえば儲かる、と言われる。
分かりやすい例が、俗に言われるGAFAである。Google、Amazon、Facebook、Appleといった大きなテクノロジー企業の頭文字をとったものであるが、こうした大きく成長した企業のビジネスは、マーケットを「独占」することで高収益をあげている。
つまり、儲けるビジネスをしたければ、できるだけ「独占」できる状態を作ることが重要なのである。
なお、完全競争のマーケットの特徴は以下の5つと言われている。
市場に無数の小さな企業が居て、どの企業も市場価格に影響を与えられない。 その市場に他企業が新しく参入する際の障壁がない。その市場から撤退する障壁もない。 企業の提供する製品やサービスが同業他社と同質である。すなわち、差別化されていない。 人・モノ・カネといった経営資源が容易に移動できる。 ある企業の製品・サービスの完全な情報を競合と顧客が持っている。
ここで、一般的な「農業生産」というビジネスを考えてみよう。市場に無数の農家がいて、どの農家も自分単独で市場価格に影響を与えず、生産する農産物が市場の等階級で同一に評価され、農機や労働者などの経営資源が容易に移転できる状況は、かなり完全競争に近いのではないだろうか。なんということだろう。競争と独占の理論から考えても、農業は儲からないということが証明されてしまった。
ここで冒頭の問いかけに戻ろう。「差別化」の本質とはなんだろうか。差別化できても利益があがらなければ経営として意味がない。差別化の本質は「独占状態に近づけることで収益をあげる」ことにある。とはいえ、大きなマーケットを「独占」することは難しい。
そこで考えるべきは、「独占できる小さなマーケットを創出する」という発想である。例えばレッドブルという飲料がある。炭酸飲料という大きなマーケットを独占することは既にコカ・コーラなどの大手企業が存在するなかで非常に難しい。単に炭酸飲料としてレッドブルという飲料を販売していたら市場を独占することは難しく、コカ・コーラやファンタと価格でも競争しなければならなくなり、収益性は低くなってしまう。そこで、レッドブルはカフェインを多く入れることで商品自体の差別化を行いつつ、「エナジードリンク」という新しい小さなマーケットを創出し、そこで独占に近い状況を作り出した。だからこそ、通常の炭酸飲料と競合することなく、高い価格で販売することができている。
差別化の本質は、商品そのものに差別化の機能を持たせるだけではなく、それと合わせて小さなマーケットを創出し、独占状態を作り出せるか、ということなのである。例えば、白菜という大きなマーケットを一つの農業法人が独占することは難しい。しかし、何か差別化できるような特徴的な機能を持たせ(例として、見た目が美しく小さい白菜)、小さなマーケット(例として、ギフト用白菜)を創出すれば、そこで独占状態をつくることができる可能性がある(ギフト用白菜マーケット)のである。
「差別化」を考えるなかで、「自分が勝てるマーケットの創出」も考えると、より良い差別化のアイデアが浮かぶだろう。