2018年5月31日
地球温暖化の影響は、世界のパンかごと呼ばれる米国の小麦地帯に及んでいる。温度上昇による生育阻害だけではなく、以前なら問題とならなかったような害虫や病気が作物を襲う。シリア内戦を生き延びた小麦の祖先とも言える植物の遺伝資源が、解決策になるかもしれない。
1990年に2800万ヘクタールあった米国の小麦栽培は、2018年には1580万ヘクタールにまで減った。農業補助金政策の変更で単価の高いトウモロコシや大豆などに転換されたのが主な理由だ。
同時に、冷涼な気候に強いとされる小麦栽培が、温暖化の中で悪影響を受けたことも減少の一因とされる。
米国各地の小麦栽培地域で、最近被害が広がっているのがヘシアンバエと呼ばれる害虫だ。成虫は2〜3ミリの大きさ。
小麦が幼虫に寄生されると、葉が鮮やかな緑色となり、生育が良さそうに見える。しかし、冬小麦の収穫時期である初夏になっても特有の黄金色にならず、収量が大きく低下する。
この害虫は元々欧州に存在していた。18世紀後半の独立戦争時に、英国側についたドイツ・ヘッセン州出身の傭兵がベッド用に持ち込んだ麦わらに忍び込み、米国に渡った。米国で2世紀の歴史を持つが、被害は主に南部に限られていた。主力産地の中西部から北部は、ハエの成虫が気温が下がって飛ばなくなる秋の時期を見計らって小麦の種まきをすることで対抗できたからだ。
ところが、温暖化で気温が下がらず、ハエの成虫が秋遅くまで飛び回り、さらに幼虫を殺す冬の寒波も期待できなくなった。植物体の中で食害するため殺虫剤が効きにくく、全米の小麦産地にとって大きな脅威となりつつある。
「シリアの種が小麦の未来を拓く」と題した報告書を5月に出したのは米エール大学森林環境学部だ。シリア・アレッポ近郊にある世銀関連研究機関が保存する野生種の遺伝資源から、ヘシアンバエに強い抵抗性を示す植物が特定できたという。中東は小麦の生まれ故郷。同研究機関は、シリア内戦の混乱時に、保存していた多くの遺伝資源を周辺国に避難させていたことが役立った。
米国内の主要小麦地帯にある大学などが協力し、抵抗性の遺伝資源を特定し、小麦品種の育種に役立てる試みが続いている。ただし、こうした小麦の抵抗性は、時間とともに害虫側も進化することで帳消しにされることが少なくない。
エール大学の報告書は「野生種を利用することで近代的農業を加速することができる。しかし、近代的農業自身が野生種を絶滅に追い込んでいる」という研究者の言葉を紹介している。見渡す限りの広大な畑で、同じ作物の同じ品種を栽培するモノカルチャーが、気候変動の中で弱みになっているように見える。
(ニュースソクラ www.socra.net 農業ジャーナリスト・山田優)