2018年9月26日
自民党総裁選挙に勝利した安倍晋三首相は農業の成長産業化を旗印に、農林水産物の輸出拡大を加速させる。これまで約束してきた「19年に1兆円達成」の目標に沿って、農水省や経産省、外務省の尻を叩く。しかし、輸出拡大で農家所得を増やすという首相の説明は、明らかに”盛りすぎ”だ。輸出目標を達成しても、実際には農家所得にほとんど恩恵が及ばないからだ。
17年の農産物輸出額は約5000億円。これがすべて農家が販売する「農産物」なら日本の農業産出額(16年)9兆2000億円の5%を占め、立派な販路と言える。首相が胸を張るように、輸出が農家の懐に直結することは間違いない。だが、小さな字で書かれた発表資料に目を凝らすと、5000億円の中身は相当水増しされていることが分かる。
まずは数字を整理してみよう。昨年の農林水産物輸出額は8000億円。その中の5000億円が「農産物」だ。発表では米や牛肉、豚肉、果実などの輸出額が書かれているが、全体の半分を占め、近年輸出額を押し上げているのが加工食品だ。
ソースやたれ、マヨネーズ、ドレッシング、カレールーなどの調味料は300億円。ほとんど国産原料を使っていない。「世界中の和食ブームで増えている」と農水省が説明するしょう油(71億円)とみそ(33億円)も、大半の製品が輸入大豆や小麦が主原料。清涼飲料水は香港、アラブ首長国連邦向けの健康ドリンクや水が主力だ。
1000億円近くを輸出した「その他」の農産物にも相当怪しい品目が入っている。
メントールは38億円が輸出された。農水省の説明書きでは「ハッカから抽出される成分」とある。しかし、日本国内のハッカ畑をかき集めても10ヘクタールに満たない。実は輸出メントールのほぼ100%が化学合成品で、国内大手の香料メーカーが輸出を独占している。取材したメーカーの担当者すら、政府統計でメントールが農産物に含まれていることを知らなかった。
北海道で細々とハッカ栽培している農家に聞くと「天然ハッカは全量地元で販売する。メントール輸出が増えても経営とは関係ない」と話す。
国産農産物由来のように見えても、実はほとんど輸入原料に依存するものも多い。粉乳(84億円)はベトナムなどに輸出されるが、「原料の大半は輸入原料」(農水省牛乳乳製品課)。ごま油も(59億円)原料のほぼ全てがアフリカなどからの輸入ゴマ。過去6年間輸出が増えているが、国内農家への貢献はゼロだ。野菜の種(110億円)も、国内産の比率は1割未満。輸入した種を国内で選別やコーティング加工などをして輸出する仕組みだ。
農産物輸出の中には農家経営の役に立っているものもある。例えばリンゴ(101億円)。年間に3万トンが台湾などに渡り、その分、国内相場の下支え効果が期待できる。牛肉(192億円)や米(32億円)、長芋(25億円)、緑茶(144億円)なども同様だ。
農水省は、2019年度に80億円の予算を輸出促進のために注ぎ込む計画だ。予算全体の締め付けが厳しい中、大盤振る舞いと言って良い。
問題は農産物輸出5000億円の中で、どの程度が国内農家の販売や所得と結びついているかだ。不思議なことに農水省は「そうした計算はしていない」(輸出促進課)と言う。安倍政権のアベノミクスで農産物輸出と農業所得向上は2枚看板のはずだが、効果も分からず鉄砲だけを撃ちまくるように見える。
複数の研究者に、農産物輸出額5000億円の中で、どの程度が国内農家の販売に直結しているのかを尋ねてみた。その返事は「多く見積もっても2割の1000億円」。9兆円余りの農業総産出額と比較すれば、輸出が農家の販売に貢献するのはわずか1%だ。仮に2倍に増えても2%。誤差の範囲とまでは言わないが、一国の首相が農政改革の柱に掲げるのは筋違いだろう。
最近、指定職級ポストで退官した農水省OBの一人は「省内でも、余りに誇張された輸出拡大の成果に違和感を抱いている人は多い」と打ち明ける。何が何でも1兆円達成という指令が官邸から降ってくるため「表だって声をあげられない状態」だという。
輸出拡大=強い農業という安倍首相のスローガンは、あまりに的外れだ。それを承知で政府全体が取り組んでいるとしたら、罪深いことだ。
(ニュースソクラ www.socra.net 農業ジャーナリスト・山田優)