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食×農の現場から
REPORT | 2019年7月30日

「現場に響く」ICTが経営を革新する 〜有限会社新福青果

宮崎県都城市に、スマート農業の草創期を形作ってきた農業生産法人がある。今回、ご紹介する有限会社新福青果(以下、「新福青果」)は、自社農場約20haでごぼうや人参、里芋など根菜類を生産するほか、宮崎・鹿児島両県の優良生産者と契約で多品目の野菜を集荷、全国に出荷する「企業農業」の先駆者だ。
新福青果では、創業者である新福秀秋会長の先見性により、早くから栽培情報のデータ化等に取り組んできた。しかしながら、日々進歩するスマート農業の加速化の流れのなかで、新たなターニングポイントを迎え、次なる対応を進める。

今回は、今年5月に弊機構の「アグリビジネス研究会」での新福秀秋会長と栗原貴史社長室長のご講演内容(「農業経営の革新について」)をベースに、本年5月から始まった農林水産省の「スマート農業実証プロジェクト」(事業主体:国立研究開発法人 農業・食品産業技術総合研究機構)を牽引する栗原室長を訪問し、当社のさらなるデータ活用等の取り組みにかかるお話を伺った。

新福青果・栗原社長室長

 

■新福青果のこれまでの取り組み

新福青果は、新福秀秋会長が昭和51年に脱サラしてUターン就農したのが始まりだ。就農後、しばらくして近隣生産者との契約で集荷業にも着手、さらに近隣の高齢化の流れに合わせ借地による規模拡大も実施して、平成7年から正社員雇用も始めた。
規模が急激に大きくなり、スタッフも増え続けた頃に取り入れようと決意したのがITシステムだった。この時のことを、新福会長は「農業経営の安心・安全のために、経営者も含めて、もうちょっと農業の本質を簡単・単純化できないか」「(個人個人のデータを)いろいろ集めて蓄積して、『勘』というものをもうちょっと数値化したり、データ化していこうと考えた」と話す。また、この頃、新福会長は富士通ゼネラルの秋草会長と出会ったことから交流・研究を重ね、富士通が今日展開する食・農クラウドサービス「Akisai(秋彩)」に結実したという。

この頃の新福青果の取り組みは、2009年にテレビ東京系列で放送された『経済ドキュメンタリー ルビコンの決断』に「我ら農業サラリーマン〜日曜・祝日休みます〜」(注)として紹介されている。(注)https://www.tv-tokyo.co.jp/rubicon/backnumber/090903.html

 

■「現場に響く」データ分析に向けたシステム見直し

今回、話を伺った栗原室長が入社したのは平成30年4月のこと。「ITシステムの見直し」という特命事項はあったものの、営農部の新人スタッフとしてのスタートだったという。栗原室長は入社後直ちに、農作業の習熟とともにデータの見直し作業に取り掛かる。

栗原室長が初めに気づいたのは、タブレット入力作業の予想以上の手間だったという。多くの農作業記録システムは、ログインをした後、日付、作業内容、圃場名、作業者と作業時間…といった画面遷移をたどる。これは、作業者があちこちに分散し、それぞれ異なる種類の作業を行い、都度発生する作業予定の変更等にも対応するといった、複雑なオペレーションを柔軟に記述できることを前提とした設計になっていることに起因する。
ところが、新福青果では現場スタッフが2ないし3グループに分かれる程度で、突然のイレギュラーな事態の発生等がない限り、1日の作業の種類はそれほど多くならない。にもかかわらず栗原室長が確認していくと、作業記録のためのタブレットの操作時間は、一人あたり年間22時間もかかる計算結果となったという。
問題は、データ入力の手間だけではなかった。栗原室長が過去の入力元データを改めて読み込んでいくと、入力ができていない日があるだけでなく、日付や時間といった単純な入力ミスも散見された。また、これらは十分なチェックも行われておらず、後から入力ミスを発見できる仕組みとなっていないことに気が付く。これでは手元のデータを集計したところで、到底十分には分析できる状態にはならない。
このため、栗原室長は当初の与えられたミッションを拡げ、検討範囲をシステム全体の枠組みとして、約10ヶ月かけて仕組みの再構築を進めていった。ご本人の言によると、これまでの歴史を知らないという背景のもと、現場と経営陣に数々の「大胆な提案」を行いながらも、懐の深い経営陣の理解にも助けられ、現場での入力が行いやすいシステムへの変更を図っていったという。

新方式におけるもっとも大きな変更点は、入力をタブレットから紙での記入に切り替えたことにある。作業者(「農業の人」)がデータベースに直接入力する方式から、作業者が記入した記録用紙により、事務スタッフ(「データの人」)がExcelシートへ入力する形に戻したという。(なお、新福青果ではデータベースを使わないのでなく、Excelに入力後、別システムにデータを読み込ませるかたちでデータベースに取り込むとのことである。)

現在、作業者は一日の作業終了後、事務所に戻ってから、それぞれ同一の現場を担当した正社員チームとパートチーム(パートスタッフ、技能実習生)の代表が紙の様式に「マル」をつけて記録をしていく。誰が、どこの畑で作業をしたか、機械故障などのイレギュラーな事態は発生しなかったか等、もともとの作業計画をベースに記入を簡素化しているので、記録は平均すると1作業あたりおよそ10秒程度で完了する。
その翌日に事務スタッフが記録用紙の内容をExcelに入力し、入力ミスや論理上の整合性を修正、データをクリーニングした後、必要な情報を付加していく。ここでは「暗黙知を最大活用していく」のがポイントだ。たとえば、4月に里芋の畑で仕事をするなら、同社の作業計画からすれば、ほぼ間違いなく芽出し作業としてよいとのこと。このため、特記事項として記載するのは芽出し<以外>の作業に集約でき、記入負荷とコストが大幅に下げられる。必要な機械は作業に紐付いており、作業時間は全体から面積で按分すればおおよそ割り出すことができる。栗原室長によると9割以上の項目は特段の記入がなくても判読できるという。

一般に圃場間の移動時間が問題となる農業現場が多いなか、現在の新福青果の圃場は全部で90枚程度。端から端まででも車で5分程度に収まるうえ、端から端に毎日移動するわけではない。肝心な情報は「1日でどれくらい作業が進むか」の定量値であるため、移動時間を別建てで厳密に管理しなくとも、データ分析上は大きな差異にはつながらないとのことだ。

新福青果で使用している作業報告フォーム

上の図は、入力フォームのひとつ。点線で囲んだ部分が1作業分で、作業者、作業名、圃場名に「マル」をつける。機械トラブルなどイレギュラーな作業が加われば、備考欄にその内容や時間等を書き込む。新福青果では、1日に同じ作業で複数の圃場を回ることが多いため、1日の行数はさほど多くならない。

この形式に変更するために、まずは栗原室長が畑作業のかたわら、正社員3人の動作を見聞きし、さまざまな作業データを蓄積していったという。畑の面積等がわかるデータと合わせれば、農薬や肥料の量も面積按分できる。こうして貯めたデータを集計しグラフで見える化を行い、データの記録方式の有用性や効率性等について社内の説得を地道に続けたという。詳細な作業分析はかなわないとしても、入力時間の負荷やデータの入力ミスや欠損を思えば、まずは、社として集計に値するデータを揃えることが先決という合理的な判断が勝ったといえよう。

「押しつけはしたくなくって、データを『おっ』という目で見てもらいたいんです。」と栗原室長は語る。日々確認が必要なものは別として、毎日レポートするのではなく、現場の役に立つようなタイムリーなデータ活用(分析)を狙う。現場や経営層が自然と問題発見をできるよう、どんなレポートがよいか、都度、検討を重ねているという。

いままで好評だったレポートのひとつをご紹介しよう。

新福青果で利用しているレポート(例)

この表はごぼうの圃場ごとの収量と廃棄、歩留まりの関係を示したものだが、ごぼうは畑から収穫し葉や土がついた状態で一旦計量した後、出荷場に回り、不要な部分を取り除き洗浄を行い規格外品を除いて出荷となる。ごぼうは葉の部分や土が多いため、収穫時の重量でなく出荷時の重量を引いた歩留まりを評価して初めて圃場の実力が見えてくる。作業者たちの感覚に数値を加えることで圃場の評価内容が深まり、土壌分析を行う対象地の選定などにも役に立ったという。

その他、農薬や肥料の配合に関しては、作付情報がわかった段階で予め事務スタッフが計算しておくことで、計算ミスなども起こる心配が減り、現場スタッフの心理的ストレスも軽減されたケースもあるとの話だ。

新福青果のゴボウ圃場

 

■農林水産省「スマート農業実証プロジェクト」への取り組み

新福青果は、この春から始まった農林水産省「スマート農業実証プロジェクト」(以下、「実証プロジェクト」)に参加するため、「新福青果スマート農業実証コンソーシアム」を設立した。この実証プロジェクトでは、ロボットやAI、IoT(Internet of Things)などの先端技術を活用した「スマート農業」の社会実装を加速することを目的とし、先進的な農業法人等からなる複数のコンソーシアム(全国で69件)が採択されている。
新福青果スマート農業実証コンソーシアムでは、ロボットトラクター1台、自動操舵補助機能付トラクター2台を導入、熟練技術者でなくとも正確な畝立てや耕うん等の作業をできるようになることや、自動トラクターによる正確な植え付けでドローンを活用した生育状態の自動確認や運搬ロボットのスムーズな利用等につなげていく。
また、圃場データをGISに落とし込むことで、土地情報の一元化を進め、データ分析の高度化や栗原室長が目指すデータ分析結果の見やすさ、分かりやすさに結びつけていきたいと話す。

新福青果スマート農業実証コンソーシアムの参加者

加えて、今回の実証プロジェクトで新福青果が目指しているのは、データを活用することで農業法人の作業モデルそのものを変えることにあるという。

新福青果が考える農業チームの姿

これまでは、さまざまな作業や技術に精通した熟練技術者が圃場の作業の中心であった。しかし、農作業ではかならずしも高度なスキルを要しない習熟が比較的容易な作業も多い。農業経営の観点から見ると、あらゆる農作業に熟練技術者が投入されていたことで、作業のムダや人件費コストの悪化等につながってきた。このため、規模拡大を進める農業現場では、このような作業に向け、熟練技術者のほかに女性や高齢者のパートを雇用するケースが多い。
しかしながら、人手を集中的に必要とする作業は一年じゅうあるわけではない。そして、収穫に比べ短時間ではあるが必要となる機械操作や農薬散布等の作業は、作業場の危険も伴うためパート人材になかなか任せることができない。多くの場合、通年雇用者は熟練技術者としての活躍を期待する層に限られてきた結果、前図の【これまで】で示すように、多くの熟練技術者を要するが、彼らが収穫作業なども行いコストが高まる状況が続いてきたという。他方、農業現場は、天候が悪い日には畑以外の仕事は限られる。栗原室長の言葉を借りると、「熟練技術者ばかりの体制になると、難しい仕事をする人が草取りもしなければならないし、雨の日には多くの熟練技術者に合った仕事はなく作業待ちが生ずる」のだ。

このため、今回の実証プロジェクトでは、難しい仕事を担う「農業のプロ」1~2名、簡単な作業を分担する「一般技術者」、単純な作業を行う「パートスタッフ」により、全体で10名程度の「農業チーム」を作るという仕組みを考え、実践する。さらに、プロジェクトでの取り組む自動化やデータ化等を通じ、それぞれの作業内容の分類、見える化等を進めることによって、各グループが担いうる作業の範囲の拡大を図り、さらなる効率化を目指していく。

 

■「ICT改革チーム」の結成 ~横断的なデータ管理と活用に向けて

今回、新福青果では「ICT改革チーム」を結成し、営農、加工・販売、経理・庶務のデータに加え、農機の稼働記録や圃場のドローン空撮・センシングデータなどを加えた横断的データ管理システムを構築するという。同チームが中心となって、前記の各種データを効率的に収集・管理のうえ、各ユーザーが必要に応じ簡単にデータが閲覧でき、複雑なものは同チームの手で、観る人に応じて個別にアウトプットする仕組みの構築を目指す。

新福青果のICT改革チームとデータの活用イメージ

データ入力や自動化機械の操作といった危険性の小さい作業については、熟練技術者でなく、女性スタッフであっても一定の作業ができるようにする。こうすることで、いままで限られた作業しか担当できなかったスタッフの活動領域が広がり、労働生産性が上がる。
加えて、多方面にわたるデータの意味を現場とICT改革チームが読み解くことで、技術者の習熟速度がスピードアップすることも期待できるという。こうした農業法人の「新しいキャリアステップ」を描くことで、生産・営業・管理の各部門にバランスの取れたプロフェッショナルを育成し、作業の自動化等を通じた収穫等の繁忙期対策を進めていくという。

データ整備に関して新福青果は、この春、「事業統括部」を新設した。「ITシステムで行うデータ管理・分析は、Excel活用用の市販のテキストを1冊読み込んだスタッフ一人いれば十分満たされる」と、栗原氏は断言する。利用ニーズさえ的確に捉えることができれば、データ管理・分析の作業は難しくないということのようだ。

 

■データ農業による農業界での多様な人材活躍への期待

今回の農業法人の「新しいキャリアステップ」の構築により、多様な中途人材の活躍が見込めるとの説明を受け、最後に、ご自身も農業外(公務員) から転身された栗原室長に、中途人材に対する考えを伺った。

「外部の人を入れると変わります」と栗原室長はさらりと話す。中途人材は熟練技術者を目指すのでなく一般技術者を目指すことでも、プラスアルファの技術を持っていれば十分活躍が可能という。プラスアルファの技術といっても、決して特別な技術でない。たとえばパソコン操作や外部との調整作業など、一般企業である程度働いた経験があれば、多くの方が身についているもので足りるという。そして、その効果はそれだけに止まらない。農業業界とは組織形態や働き方が全く異なる異業種の考え方を経営の中に取り入れていけば、その経営体の固定観念をも打ち破る可能性に期待が広がる。
農業には、畑仕事以外の仕事や必要な役割がたくさんある。今回のお話のように「新しいキャリアステップ」が明確になれば、そこでの活躍を目指す人材が増えてくることにもつながるのではないか。

今後、農業分野での人手不足が一段と深刻化する一方、AI代替により企業の事務人材には外部での活躍を求めるニーズが拡大することが見込まれるという。所得水準の課題は残るものの、いろいろな能力を持った人材が農業の分野に参入していくことで農業界が変わっていくことにも期待は広がる。
今回の新福青果のプロジェクトは、ICT活用を通じ、今までの農業外での経験を活かす場を用意することで多様な人材を受け入れ、「少数精鋭のプロ農業者と多数のマルチプレーヤー」が活躍する場を作るというものであり、農業分野での雇用場面の拡大の「可能性」を感じることができた。

多様な人材を受け入れる土壌を用意することで、多様な人材が活躍できる「企業農業」がますます進化していくことを期待したい。

(中部支部事務局長 内田文子)

 

 

<会社概要>
会社名  :有限会社 新福青果
https://www.shinpukuseika.co.jp/
代表者  :代表取締役社長 新福 朗
所在地  :宮崎県都城市梅北町2072番地
設 立  :昭和62年7月
従業員数 :27名(パート含む)