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食×農の現場から
REPORT | 2019年9月14日

「そこにしかない」 地域の魅力を発掘し農村の産業化を進める 〜 有限会社伊豆沼農産

宮城県仙台市から北へ70キロ、東北新幹線「くりこま高原駅」から車で15分、ラムサール条約で有名な伊豆沼のそばに有限会社伊豆沼農産(以下、伊豆沼農産。)はある。

昭和63年(1988年)創業の伊豆沼農産は30年を越す継続的な取り組みにより、現在は養豚、水稲、ブルーベリー栽培のほか、食肉加工場、地域の農業生産者や事業者と連携した直売所、レストラン、食農体験教室といった多彩な自社施設の運営に加え、地域施設の管理業務も引き受けるなど、地域になくてはならない農業法人のパイオニアだ。

同社の経営の特徴は、徹底的に地域資源を活かし、農業を核としながらも業態にとらわれ過ぎず地域全体で産業を作っていこうという取り組みにある。
今回は、地域資源を活かし「農村の産業化」を実現するための新たなビジネスモデルの構築とその普及を通じ、全国100カ所での1億円の農村産業化に向けた起業支援を目指す伊豆沼農産創業者の伊藤秀雄代表取締役にお話を伺った。

伊豆沼農産・伊藤代表

 

「農業を「食業」に変える」

伊藤代表が就農したのは昭和50年(1975年)のこと。養豚と稲作の複合経営からスタートした伊藤代表は、その後、「農業を「食業」に変える」を基本コンセプトに、自社の農産物の付加価値を高めるハム・ソーセージ類の加工とレストラン経営に着手する。

伊藤代表が、当時流行っていた大規模化でなく、付加価値を追求する方向へ向かったのは、自分が育てた豚がどこでどう加工されて誰が食べるのかわからない大規模化後の加工・流通の先の姿に疑問を抱いたからだという。この強い疑問が農業を農産物という原料の製造業でなく、人の口に入る食べ物を作る「食業」である、と捉え直すことにつながった。

次に取り組んだ加工では、自社ブランドを立ち上げ、効果的に「消費者を啓蒙すべく」、当初から大消費地である東京での展開を目指したという。まず、東京への足がかりとして、平成2年(1990年)、地元の有名店ではなく「三越」の仙台店に伊豆沼ハムショップを立ち上げた。創業から始めたレストラン経営は、当時の農業法人では珍しく、マスコミの大きな注目を集めた。

このレストラン経営がこの先の伊豆沼農産の経営戦略に大きな影響を与えたという。

 

「早くから、自社ブランドをお客様に提示し評価を得るというような時代を先取りした動きができたのは、レストラン経営で得た経験のおかげ。あの時代に田舎まで来るのは、ほんとうに想いのあるお客様。声がかかればお客様の席まで足を運び、いろんな話が聞くことができた」と伊藤代表は話す。

さまざまなお客様とのやり取りのなかで、マーケット・インの発想を自然に学び、マーケット・インの着想を事業全般に浸透させることで、「小さいなりの小回りの利く製造」(伊藤代表談)体制を整えた。こうした体験が、プライベートブランドである「伊達の純粋赤豚」製品の製造だけでなく、ジェラートや、地元で発見された酵母を生かしたどぶろくやパン、乳酸菌を活用した甘酒など、地域の資源を生かしたさまざまな自社商品を幅広く開発、販売する体制にもつながったということができる。

くんぺる直売マーケット。夕方近くでもお客さまの足が途切れない

地域の高校生と開発した甘酒(写真提供:伊豆沼農産)

 

「見る角度を変える」 捉え直しで進化する経営戦略

伊豆沼農産では、6次化への取り組みにつき、地元の農商工業者や産官学との連携を深め、「地域一貫体制」の構築の形を取った。

伊藤代表は、「地域一貫体制」構築の背景として、6次化の進め方として大切なことは「1×3×2(次化)」の順番だと断言する。自社で加工・販売まで行うことが6次産業化だが、同社では地域での農商工連携にこだわる。「売ったことのない農家は、加工の前に、まず地域の加工業者との連携で作った商品を売ってみるといい。商売が成功したら、そこから加工業者との連携をもう一段進め、自社での加工をすればよい。「1×2×3(次化)」の順ではなく、あくまでも販売が先にある「1×3×2(次化)」の順番が大事」と話す。

伊豆沼農産が地域一貫体制をさらに進化させるため、平成16年(2004年)に新たに策定したのが、「プロジェクト-I(アイ)」だった。

「プロジェクト-I」とは、「地域住民が地域の宝物を再発見し、それを誇りに思い、お客様を誘客する」という考えで、農業の産業化による加工品等の地域外への発信(販売)から、お客様の伊豆沼地域への誘致(体験や購買に足を運んでもらう)に切り替えるものである。このタイミングで、伊豆沼農産は設立当初からの目標としていた農産加工品の企画製造販売を中心とした「農業の産業化」から、観光や誘客まで含めた「農村の産業化」を目指す方向に移行したという。

 

ここで活用されたのが、従来から伊藤代表が温めてきた「見る角度を変える」、「あるもの探し」という発想だという。

「役に立つなら、必然的に資源が集まってくる。(“イノベーション”の概念を最初に提示した)シュンペーターがいう『新結合』だ」と伊藤代表は、発想の背景を明快に語る。

具体的な取り組みの一例としては、農場と各種の体験施設を建て、東京圏や仙台など、都市部の子どもたちを呼び寄せ、伊豆沼地域をまるごと体験してもらうパッケージツアーの定着に力を入れる。

これだけならよくある観光型体験ツアーとあまり変わらないが、伊豆沼農産の特色は地元の高齢者を中心に地域の方々を巻き込み協力を得て、地域に根ざす歴史や文化、生活、技術を語り、指導してもらう場を作ることにある。誘客に向けて、いろいろな角度から有形無形さまざまな地域資源を「捉え直す」活動を行っていることがポイントだ。

伊藤代表自身が地域をじっくりと探求した成果をツアーの内容に取り入れ、顧客への情報発信に加えていくことで、伊豆沼にしかない価値を都市住民に示す。加えて、地域住民にも本人たちが気づかない地域の価値を伝えることで、何気なく見過ごしてきた地元の物事に価値を再確認し、地域を誇りに思い、伊豆沼農産のプロジェクトに前向きに参加・協力を得る好循環を生み出している。

地元小学生による「ふゆみずたんぼ」の活動。無農薬無肥料の田んぼで、冬は生き物調査も行うという(写真提供:伊豆沼農産)

地元小学生による「ふゆみずたんぼ」の活動。植える株と自分が食べるご飯の量を比べることで農業の大変さもわかる(写真提供:伊豆沼農産)

 

「あの人に会いたい」 誘客は「人」に行き着く 〜 オンリーワンの資源が農村を産業化する

「プロジェクト-I」から15年を迎え、農業と地域をさまざまな角度から捉え直し続けた伊藤代表が、この先見据えているものについて伺った。

「この地域の高齢化率は50%近い。これは登米市内でも上位3位に入る高い比率だ。登米市の平均の35%程度に比べ、当地域の高齢化率が高いなかで、「農村の産業化」をどう進めるか?」とタブレット端末に入ったさまざまな統計資料や地域情報を示しながら、伊藤代表は淡々と説明する。「人が住んでいないなら連れてくるというが、定住するにも誘客するにも魅力がないといけない。若者に定住してもらうには産業が必要だ。環境や人材を含めた、この地域にしかないオンリーワンの資源を活かし、この地域にふさわしい産業を起こしていく必要がある。その主役は地域の高齢者だ」と力が入る。

 

伊豆沼農産と地域では、地域の埋もれた高齢者の技(資源)を、農村産業化のための誘客に向けた「ジャストインタイム」のインストラクターとして活用し、都会や海外から来たお客様をお迎えする。また、民泊を進めることで、活用されていない住居の活用も進む。「老人」や「空き家」といった地域で有効に活用されていない資源を活かし、伊豆沼地域ではヒトや地域との関わりを誘客の主要な要素とし、東北人ならではのおもてなしを前面に打ち出していく。

ここには、伊藤代表が見込む農業生産の大規模化が進むなかで、高齢者がこれまでのようには農業に関わりにくくなることへの対策も考えられているという。農業の大規模化への大きな流れは、高齢者が地域の主要産業である農業への役割発揮や関与がしにくくなる環境を生み出す。伊藤代表は、この環境変化のなかで、高齢者が居場所や生きがいをなくしてしまいかねないことにも目を配る。高齢者にしかできない、彼らならではの活躍をしてもらおうという戦略だ。

農家民泊やイベントの様子。地元の高齢者が農作業体験、歴史紹介、食事などさまざまな場面で、それぞれの経験や知識を伝えともに体験することが、「ここだけの体験」を創る。(写真:伊豆沼農産提供)

地域の未利用資源の活用とはよく言われるが、実際にその内容を把握・整理して、地域外にきちんと発信できている地域はあまり多くないように見受けられる。伊豆沼では、伊豆沼の渡り鳥を観に多くの観光客が訪れる秋冬だけでなく、年間を通して「東北風土マラソン」「風土(food)フットパス」など、地域の未利用資源を整理し、そこに周遊・滞在と食をかけ合わせたさまざまなイベントを行っており、農家民泊も受け入れる体制を整えている。伊豆沼農産は、こうしたイベント企画運営を行うだけでなく、メールマガジンや冊子、写真やビデオといったさまざまな媒体をきめ細やかに使い分け、地域とそこに暮らす人々の営みを鮮やかに伝え、地域での誘客への取り組みをリードする。

風土フットパスの風景。歩くことでところどころに神社や石碑があることに気づける(写真提供:伊豆沼農産)

風土フットパスの風景。地域の人との交流も魅力(写真提供:伊豆沼農産)

最近では、最寄りの仙台空港がLCC中心の運航であることを捉え、インバウンドの集客にも可能性を求める。もともと国内からの誘客を進めるなかでの課題となっていたウイークデーの集客に向け、LCCの顧客層である海外(アジア)のミドルアッパー層の外国人をターゲットに見据える。オリンピック後のインバウンドの動向を睨みつつ、値ごろ感のある体験宿泊をデザインしたいという。

まだ明確なきざしは見えないとしつつも、伊藤代表のコメントからは、原日本風景や地域体験等を求め東北を巡るインバウンドの観光需要拡大への流れは確信に近い。

「『場』と『もの』と『こころ』のすべてを組み合わせれば、日本のいずれの地域でも同じものはない。内外を問わず、日本の農村の原風景への憧れは根強く、絶えることはない」という。「地域に根ざした農業法人が核となり、地元にあるものを活かすことをモデル化し、各地域で1億円企業を100個作りたい(作る手助けをしたい)」と強く語る。

「農業法人は、地域の信頼があるからそれができる」と伊藤代表は微笑む。伊豆沼地域において収益確保可能で持続できるビジネスモデルを作り、それを各地に伝え、展開したいという志は固い。

少子高齢化と都市への人口集中の流れのなか、農村地域はどう生き延びて行くか。農業だけを見るのでなく、風景からそこに暮らす人の知恵や文化、歴史にまで広く深く目を配り、見る角度を変えることで、ビジネスチャンスを捉え続けてきた伊豆沼農産の取り組みは、他の地域でもおおいに参考となるに違いない。

 

(中部支部事務局長 内田文子)

 

<会社概要>
会社名  :有限会社 伊豆沼農産(http://www.izunuma.co.jp
代表者  :代表取締役 伊藤 秀雄
所在地  :宮城県登米市迫町新田字前沼149-7
(本社・工場・レストラン・直売所・都市農村交流施設)
設 立  :平成元年(1989年)(創業は昭和63年(1988年))
従業員数 :40名(パート含む)