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食×農の現場から
REPORT | 2020年1月16日

「年輪経営と地域農業を考える」~伊那食品工業・塚越最高顧問から若手農業経営者へのメッセージ

さる12月10日(火)「リストラなしの『年輪経営』」で日本企業の多くの経営者に影響を与えている伊那食品工業株式会社(以下、伊那食品。)の塚越寛最高顧問の参画を得て、当機構中部支部セミナーを開催した。
場所は長野県南部、ふたつのアルプスに囲まれた伊那谷に位置する伊那市にある伊那食品本社「かんてんぱぱガーデン」内の施設に、地元長野をはじめ中部支部エリアを中心に、東北から九州まで約70名が集まった。

塚越寛・伊那食品工業最高顧問

会場風景

当機構中部支部初開催となる今回のセミナーは、中部地区と熊本の若手農業経営者4名が、塚越最高顧問に直接、自身の農業経営や理念をぶつけるとともに意見やアドバイスをいただく貴重な体験の場となった。同様にそのほかの参加者にとっても、塚越最高顧問の話に耳を傾け、伊那食品の目配りの行き届いた施設と従業員の方々による“おもてなし”を受け、セミナー全体を総合して「年輪経営」を体感する絶好の機会となった。

「いい会社であり続けること」を追求する伊那食品工業

伊那食品は、地域の地場産業であった寒天製造を近代化し、天候に大きく左右される「相場商品」からの脱却に取り組んできた。
創業は1958年(昭33年)、21歳の塚越最高顧問は、当時、「社長代行」の肩書きをもって創業半年で赤字が膨らんだ同社の経営再建を託されたという。自身で化学書をひもときつつ、寒天の品質・価格・供給の安定化に取り組み、経営を確立した。その後も研究開発への努力を惜しまず、食用から化粧品、医薬品などさまざまな用途に拡張し、48年間増収増員増益を達成するなど、業績を着実に伸ばし、2007年(平成19年)にはグッドカンパニー大賞のグランプリを受賞している。

もともと、この地域では江戸時代より農家の冬の収入源として、寒天の製造が行われてきた。天然の寒さを利用して作られる寒天は、天候次第でその生産量が増減する。それ故に相場が発生、暖冬の年は良品が少なく価格が上昇し、天候に恵まれ生産が順調ならば下落するなど、安定利用が難しい産物だった。
塚越最高顧問は、食品の原料として寒天を多く使用してもらうためには品質・価格・供給の3つの安定が不可欠と考え、生産技術の確立を進め、プラントの大型化・自動化に踏みきり、大型倉庫を建築、品質管理方法の確立などに取り組んだ。
また、原料となる海藻の安定確保を目的として、1970年代後半からは海外からの原料調達にも着手。塚越最高顧問自ら世界各地を回り、信頼できる人たちとの出会いから、寒天の現地生産のための技術指導を行い、現在は4か国からの開発輸入を行う。
今日の伊那食品では、寒天を用いた食品を数多く手掛け寒天を生活の身近なものにするかたわら、寒天の用途開発を積極的に行う。塚越最高顧問は、繰り返し、経営資源の10%を常に研究開発に充てることを自らに課してきたと語る。この結果、伊那食品は食料品の中堅規模の企業としては、特筆すべき多くの特許出願を行うなど、研究開発に積極的に取り組んでいることでも知られている。

外部環境に左右されず、一時期の寒天ブームにも踊ることなく、木の年輪のように地道で着実な成長を続けてきた伊那食品には、トヨタ自動車やサイボウズをはじめ、多くの経営者が学びに訪れる。
伊那食品の経営の強さの源泉は、社是の「いい会社をつくりましょう〜たくましく そして やさしく〜」が表すように、何のために会社が存在するのかを自らに問い続け内省することにある。「いい会社」とは、「単に経営上の数字が良いというだけでなく、会社をとりまくすべての人々が、日常会話の中で 『いい会社だね』と言ってくださるような会社」のことという。

(参考:https://www.kantenpp.co.jp/corpinfo/rinen/

 

「年輪経営と地域農業を考える」セミナー当日のやりとり

今回のセミナーでは、さまざまな経営スタイルの若手農業経営者4人に登壇いただき、自らのプロフィールと事業理念を語ってもらった。その後、それぞれに対し、塚越最高顧問からコメントをいただく形で、恵那市役所から当機構に出向していた横光氏をコーディネーターとして進行した。以下に、登壇者とやりとりをいくつか紹介したい。

浅井雄一郎氏(株式会社浅井農園代表取締役・三重県津市)

サツキツツジの植木苗を栽培する農家に育ち、第二創業としてトマトの施設栽培を始めたのが11年前。生活者の口に入るところで農産物の価値が生まれるとの思いから、研究開発から販売までを幅広く手掛けている。
グループ企業は、自然災害等のリスクの軽減を目的に地元大手企業等と広く提携し、地域に合計で約500名の雇用を生み出す。
グループの中心である浅井農園は、研究開発型の農業カンパニーを目指し、世界中からスタッフや研修生が集まる。

浅井雄一郎氏

〜グローバルな人材育成について〜

企業との提携やグローバルな人材活用策を進める浅井氏の取り組みに対し、塚越最高顧問は以下のようなエピソードを紹介しつつ、その取り組みを応援した。

日本の漁業権のもとの入札制度での寒天原料の安定確保が難しいことから、海外での原料調達に至った経緯を説明。現在調達先はチリ、モロッコ、韓国、インドネシアと多岐にわたるが、出資関係がなくとも35年以上友好的な関係が続くと話す。背景には、相手を信頼して、相手のためになるように関係性づくりを進めてきたことが欠かせないとして、引き続き信頼関係の上に成り立った提携の大切さを強調する。また、塚越最高顧問がかつてスウェーデンにある医薬品メーカーに商談に訪れた際、商談が長引いてしまい急遽泊まっていくことを勧められたと続ける。その時宿泊した会社の、本社と一体となった施設のロケーションの素晴らしさに感心したことから、お金だけでない豊かさとは、自分たちはどうあるべきかを考えるきっかけになったとの話から、グローバルな視点を持つこと、多様な価値観に触れ、互いを尊重することの必要性を説く。
さらに、「(自身で)訪問したことのない国は数えるばかり」というほど世界各地を歩いてきた経験から、日本は、かつてはもっと違う価値観を持っていたにもかかわらず、近年、お金に流されがちになってきたことを指摘し、「企業に終わりはないので、急ぐことはない」と、広く勉強していくことが必要で、民間の感覚で現場を見て、大いに海外を勉強してほしいとあたたかく語った。

 

大橋鋭誌氏(大橋園芸代表・愛知県豊田市)

大橋氏は野菜・水稲苗を扱うほか、トマトの栽培、近隣の水田の生産受託も行う。その他、自ら地産地消のレストランを経営、友人たちとともに地元の小学校や保育園での農作業体験にも取り組む。トヨタ自動車のお膝元という一大工業都市にありながら農業地帯の顔を持つ地元において、農業が身近にあることを住民に伝える活動を拡げている。
大橋氏自身は「(法人化していない)家族的な農業経営に理念など必要ない」と考えていたと笑うが、自身がもっとも大切にするものは「地域」であり、「半径3kmの人を幸せにすることが使命」と語った。

大橋鋭誌氏

〜「地域密着」でやっていくこと〜

大橋氏の考えについて、塚越最高顧問は、「地域密着によりファンを作ることはいいこと。ビジネスはファンづくりがポイントで、どれだけのファンがいるかで業績が決まる」と明快だ。
一方、大橋氏からの「新しいことをうまく成就する秘訣は?」という質問に対し、塚越最高顧問は、「社員への思いやり」を第一に挙げる。社員を大切にし、福利厚生を良くしながら会社を成り立たせていく。ここに研究開発とファンづくりを加えることで、これまでうまく行ってきたと話す。
漢数字の「八」のように末広がりのもつ意味合いの話を加えながら、末広がりでの成長と意識しつつ、右肩上がりの業績が続けば、夢や希望を存在させることができる、とアドバイスした。

 

木山勇志氏(サプライジングファーマーズ株式会社代表取締役・熊本県熊本市)

木山氏は、農家の五代目でいったん親元就農した後、独立して農業生産と地域の農産物を取りまとめて販売する法人を立ち上げた。地元の生産者グループの代表を務めるだけでなく、熊本県全域に広がる若手農業者ネットワーク「くまもとFTC」の中心メンバーとして、熊本の農業の活性化を目指し、多岐にわたる活動を行う。
かねてより塚越最高顧問の理念に心酔し、今回は地区外の熊本県からパネリストとして参加。自社を大きくするのでなく、リソースの限られた個々の農家の活動をグループが制約することなく、それぞれの特色を活かせるネットワークづくりを志向する。

木山勇志氏

〜ネットワークで「いい“村”をつくろう」という視点〜

塚越最高顧問を私淑していると話す木山氏が志向するのは、さまざまな農家の集まるネットワークでの「いい会社」であるという。それに対し、塚越最高顧問は、「農業は難しい」と前置き、各農家の取り組みの大変さに理解を示したうえで、人間社会は分担、協力し合って生きていくものであり、互いが連携しながらやっていくことが大切と説く。
どのようにお互いをつなぐか、ということに対しては、作業環境における「形容詞」を見直すということをヒントに挙げた。お互いが共通の目的をもってつながるためには、メンバーが改善活動を自主的に行うことが重要で、そのための題材としては、会社のための効率化ではなく、自らのための作業環境の改善提案を求めることがポイントと強調する。
作業環境の「暑い、寒い、きつい」などのマイナス面の形容詞を挙げてもらい、それらが快適になるようにする提案制度により、自発的な一体感を作り上げていくことが重要とアドバイスした。

 

古田康尋氏(有限会社カネシゲ農園代表取締役・長野県下條村)

300〜800mの標高差を活かし、りんごや桃、柿の栽培を行うほか、果物を活かしたシードルや裏作の麦を活用したクラフトビールの製造を行う古田氏は、農家の長男で親元就農するが、父親との衝突でいちどは農園を離れたという。その後、父親の病気のため農園に戻り、24歳の若さで経営移譲を受けた。
病と闘いながら地域農業のために力を尽くしたという父親の姿を周りから聞き、自身も地域に根ざした農業を強く志し、生産、加工だけでなく観光も意識した農業経営を展開している。

古田康尋氏

〜中山間地に人を集める農業経営〜

古田氏の地元(長野県下條村)は伊那食品にほど近く、加えて、伊那食品が地元でクラフトビールの生産を行う南信州ビールに出資していることもあり、それらも踏まえた具体的なアドバイスが行われた。
塚越最高顧問は、まずは、古田氏の、標高差を活かし作業の平準化等を実現する農業のユニークさについて関心を示す。また、これからのこの地域の観光面でのポイントとして、三遠南信自動車道(浜松〜飯田)の整備をあげる。この道路が通じることで、同じエリアでりんごとみかんが同じ時期に提供できることのメリットの大きさを強調した。
南信州ビールは長野の地ビール第1号だが、長野オリンピック開催に合わせ北欧の来場者を見込み、地域への来訪者に喜んでもらえることを第一に出資に応じたという。こうした冒険ができるのも、本業に力をいれ、安定した経営を行ってきたからとして、安定経営の大切さを語る。加えて、常に本業の10%を研究開発に充ててきたとして、これからの農業も研究開発に努め、特徴のあるものに取り組んでいくことの大切さに言及。古田氏のように地域で特徴のあるものを出していくことが評価されると話した。

〜質疑〜

塚越最高顧問は、「年輪経営」を説くにあたり、急成長を戒めているが、パネリストのひとりである浅井農園など、企業規模の急成長を見せている法人も少なくない。このことをどう考えるか…という質問が出された。
これに対し、塚越最高顧問は、「マーケットが広がっている限りにおいては問題ない」と回答する。さらに若い企業であることにも付言、「全く心配はいらない、このまま進んでもらえばいい」として、急成長を戒める真の意味合いについて補足があった。

セミナーを行った西ホール

各地の若手農業経営者も参加し、熱心に聴き入っていた

 

最後に

塚越最高顧問は「無から有を生み出すことができるのが農業」と定義する。世界人口が増え、途上国が豊かになっていく中、食料品は必ず足りなくなることが見込まれるとして、「皆が飢えないためにも食料品の確保に務めることが重要」と位置付ける。自社グループでも地域の要請に応える形で農業生産法人を営んでおり、農業への関心もきわめて高い。
集まった参加者に向けて、「プライドをもって農業に取り組んでほしい」とエールを送り、締めくくった。

左からコーディネーター横光氏、古田氏、浅井氏、塚越最高顧問、木山氏、大橋氏、鎌田真悟中部支部支部長

会場の「かんてんぱぱガーデン」は、「会社も街づくりの一環、社員や地域の人など、訪れるみんなが憩える空間に」というコンセプトのもと、約3万坪の敷地のなかに伊那食品工業の本社社屋、工場のほか、レストラン、喫茶、美術館、健康パビリオンなどさまざまな建物があり、一年を通じ多くの人々が訪れる。
伊那谷の豊かな自然を活かしたガーデンは、毎朝社員の皆さんが自主的に掃除を行うことでも有名だ。掃除を見学させていただいたが、始業前の限られた時間にもかかわらず、高所作業車を用いた樹木管理や側溝掃除など本格的な清掃をてきぱきと行っていらっしゃったのが印象的だ。

木々の足元には苔が生えている

倉庫。さまざまな掃除用具が整然と並んでいた

朝の掃除の後は本社前で朝礼とラジオ体操を行う。日々社員が交替で行うスピーチは「話す練習」につながると社員からの発案

売店の中にも社是を掲示し、お客様に会社の目指す姿を示す

伊那食品工業の強さは、経営トップをはじめ、すべての従業員に「長期的視点に立ち、人に幸せを与え、みんなの幸せを最優先する」という理念が浸透しているところにあるように感じる。それは、今回のセミナー準備を含めた一連のごく限られた経験ながら、塚越最高顧問が、さまざまな知見をふまえ、わかりやすいことばで繰り返し社内外に語り続け、実践されている結果ではないか。
農業経営は、地域とどう向き合うかという長期の視点と、どう生産するかという短期の視点の両方を持つ。今回のパネリストの4名をはじめ、会場に集まった全国各地の農業経営者の方々が、今回のセミナーを通じて体感された「年輪経営」の理念を、それぞれの経営にどのように活かしていくかを見守りたい。

(中部支部事務局長 内田文子)

 

伊那食品工業株式会社・会社概要
設立年:1958年
代 表:最高顧問 塚越 寛
代表取締役会長 井上 修
代表取締役社長 塚越 英弘
資本金:9,680万円
所在地:長野県伊那市西春近
従業員数:470(男242、女228)名(2019年1月現在)

 

※ 参考資料
末広がりのいい会社をつくる ~人も社会も幸せになる年輪経営 塚越 寛 著
2019年 発行=文屋、発売=サンクチュアリ出版 ISBN978-4-86113-862-1