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食×農の現場から
REPORT | 2021年8月6日

地域農業の未来を見据え、効率と高付加価値の両方を追求する〜アグリーンハート

2020(令和2)年、当機構の声掛けで始まった「東北食農塾」にご参加いただいた若手・中堅の農業経営者間では幅の広い連携が生まれている。
今回は、この参加者のうち、青森県黒石市を拠点に稲作での経営革新を進める株式会社アグリーンハート(以下、アグリーンハートという。)の代表である「農音楽家Takuron(タクロン)」こと佐藤拓郎さんを訪ね、お話を伺った。

佐藤代表は、青森県中央に位置する黒石市で約60haの水田を中心にアスパラガスやニンニクを生産する農家にして、冷凍加工の会社など複数の企業運営に携わるほか、テレビやラジオでもレポーターやパーソナリティでの発信をされている。
音楽面ではシンガーソングライターとしての活動だけでなく、大手企業や団体にCMなどの楽曲提供もされているそう。加えて、県の観光大使や学校教育サポーター他数々の行政の委員等も歴任し、地域に根差した幅広い活動を行っている。

アグリーンハート代表取締役・佐藤拓郎氏

その事業展望のベースは、高齢化等による地域農業の担い手減少を見据え、地域の生産力維持に向け、将来的に200ha規模の運営が必要となるとの見立てだ。そのための布石として、スマート農業実証に取り組むとともに、グローバルG.A.P.、有機JAS、ノウフクJAS(障がい者を雇用した農業認証)の3認証を国内の農業経営体として初めて取得、地域の特色を活かした産品の価値向上に取り組む。

アグリーンハートの設立まで

佐藤代表は米農家の6代目。高校を卒業してすぐに親元就農したという。
「高校1年から音楽をはじめ、最低でも月1本はイベントを企画していました。家業を継げば、好きなときにライブができるかなと思って」と屈託なく笑う。
ところが、佐藤代表が就農する直前の高校卒業の2か月前、4代目の祖父の農業経営が破綻するという事態が発生し、急遽、父親に経営が移ったという。関係先に頭を下げ、農業を継続するため最低限の用意で父親が経営の再スタートを切ると同時の就農となったと振り返る。
当初は、親子で負債を返済していくことを最大の目標に、「23歳くらいまで、月5万円の小遣いだけもらっていました」と佐藤さんはこともなげに語る。そんな厳しい経営の中でも音楽を続け、音楽での収入も支えとしたというのだから驚きだ。
加えて、この音楽活動とそのプロモーションは、経営を学ぶ貴重な機会にもつながったという。「高校時代からライブやイベントを重ね、収支を見てきました。ここでライブをするとあそこの高校生がたくさん来る、こういう曲を演れば人気が出るという観察を繰り返してきました。」と、音楽活動の中で市場調査やPDCAの訓練を重ねたことが、農業にも活かせたと笑う。

約10年かけて負債を返済し、28歳になった佐藤代表はあることに気づく。「周りの同級生たちがそろそろセルシオなんかに乗り始めている…。」という事実。
当時、佐藤代表の小遣いは7〜8万円だったという。負債はなくなったはずなのに、どうしてなのか。佐藤代表は改めて父親の経営を観察し直したという。農業簿記をちょうど学び始めていた佐藤代表が気づいたのは、勘や経験に基づいたどんぶり勘定ではいつまでも暮らし向きが良くならないという現実だった。
「経営は『親父どんぶり、俺パソコン』」のすれ違いが続き、毎年決算で親子喧嘩していたのだそうだ。次第に高まっていったお互いのすれ違いを解消するため、2017年に、複合経営だった父親の経営体から水稲部門を佐藤代表が担当するかたちで独立、法人化したのがアグリーンハートだ。

グリンリーフ澤浦代表にならって勢いをつけたという、佐藤代表の筆によるメッセージ

積極的に地域社会に貢献し、地域の「ファーストコールカンパニー」(変化を経営する会社)を目指す

目的を叶えるために農業がある

アグリーンハートでは、設立当初から雇用を行い、雇用就農者を前提とした経営を展開している。これは、設立当初から、先に触れたような地域農業の未来を考えると大規模化が必須だとの見立てに基づくものだ。多少なりとも経営に余裕がある間に、農業に興味ある人材を受け入れ、雇用就農による次世代人材育成環境を整備するというイメージを明確に持っていたと話す。

経営規模の推移(アグリーンハート社ホームページより)

地域の農業従事者が減っていく中、地域農業の未来を見据え、仮に雇用を前提とした農業経営を志向する場合でも、立ち上げ後すぐに人を雇うことはハードルが高い。まずは自身の経営が軌道に乗ってからというステップを前提とするケースが多いと見受ける。しかし、佐藤代表はまず雇用を取り入れることを選択し、その雇用を維持するための手立てを真剣に考えたという。
そのため、設立当初から、地域の土地を有効活用して生産力を維持するため、低コスト大量生産型の農業と高付加価値生産型の農業の両方を実践することを計画したと話す。さらに、今後の展開をにらみつつ、アグリーンハートに加え、必要な関連会社の立ち上げにも順次取り組む。

通常は、大規模化による低コスト化と付加価値追及による差別化のどちらかを選択する農業経営体が多い中、なぜ両方を追求するのか。ここで、佐藤代表からは、「農福連携」と「有機農業」というキーワードが出された。
身近に障がいを持つ人たちがいたことをきっかけに、佐藤代表は2012(平成24)年頃から、障がい者が生きがいを感じられる場所づくりを農業で行いたいと考え、農福連携への取り組みを進める。障がい者を雇用し、最低賃金以上を支払うためには、生産物への付加価値を付けることが不可欠と考えた。当時、推進されていた6次産業化で取り上げられていた急速冷凍加工技術の活用を思い当たり、事業計画をブラッシュアップさせていった。しかし、冷凍野菜はあくまでも生野菜の代替品にすぎないという消費者の認識に行き当たる。ならばもともとの農産物の価値を上げようと取り組みはじめたのが有機農業であったと振り返る。

2013(平成25)年から小さな圃場で有機農業をはじめたところ、周囲からは反対の声が大きかったが、あきらめなかったと話す。さらに、コメ作りでは、周辺の慣行栽培の圃場とは田んぼの中干し期間が合わず、水も自由に使えないということもわかったという。
そこで市に相談したところ、同市内ながら八甲田山の裾野に拡がる安入(あにゅう)地区にある「休耕地」に出会う。草だけを何十年も刈り取っている状況から、肥料・農薬が抜けて、自然の環境に戻っているのではと考え、同地で自然栽培(無肥料・無農薬・無堆肥)を展開することに踏み切り、成功したと話す。

安入地区の田んぼ。地元では「あんにゅう」とも呼ばれるそうだが、佐藤氏はこの土地とお米に「anew(あにゅう)=再生する」の意味を重ねている

この結果、現在では、平野部では離農者から集まるであろう農地拡大にすみやかに対応できる低コスト大量生産の作型を、山間部では自然栽培等、栽培方法やストーリーを伝える高付加価値生産の作型を地域の担い手として実践する、2つの柱によるビジネスモデルに行き着いたという。
「【農家】は、農業の中に目的がある。【実業家】は、目的のために農業をする」と佐藤さんは分析するが、前記の2つのビジネスモデルの実践は、まさに後者として、明確な目的を目指す強い意志を感じさせられる。一方、「なかなか理解されないけれど、楽曲づくりと米づくりは似てるんですよ」と佐藤さんは笑う。長く音楽活動のなかで取り組んできた自分の考えや目指したいところを表現し社会に問う手段として、農業も明確に位置付けられているようだ。

実業として有機農業をスマート化したい

アグリーンハートでは株式会社オプティムや農研機構東北農業研究センターなどと連携し、国内最先端のスマート技術を導入、実証に取り組んでいる。経営面積の7割以上を直播にし、ローコスト化を図るなど、スマート農業の取り組みを進めている。
しかし、佐藤代表は、大規模農業において、現在のスマート農業のやり方ではリスクが大きく、意外と小規模や有機農業との親和性が高いのではとの見方も示す。
たとえば、ドローンでの直播を見ると、同社では3月から播種する必要があるが、この時期の黒石市は風の強い日がままある。風が強いとドローンが飛べないし、無理をするとまき直しせざるを得ない時もあったという。こうなると全体のスケジュールが崩れてしまい、大規模では組み直しが極めて難しくなると分析する。また、大型のロボットコンバインも、圃場間を移動させる人のコスト等も考えると、現実の圃場整備状況等に照らし、そのコスト増加分見合いのメリットを得られる圃場がどれだけあるかと疑問は続く。
ただし、佐藤さんは実証を続けるなか、スマート農業の可能性には決して否定的でない。ドローンによる播種では設定した圃場の座標をいろいろな場面で活用することができるため、施肥や生育管理等、播種以外でも役立つし、有機の米づくりで大きな課題となる除草に関してロボットが発達すれば魅力的だと活用例を示しつつ、データの有機農業での活用の可能性にも注目する。
佐藤代表はスマート農業の活用を考えていくポイントとして、一律にスマート農業イコール大規模農業と結びつけるのではなく、それぞれのスマート技術に合った農業(大規模、兼業、有機等)を考えていくことが大切とクギをさす。

人と物語を売る「届ける農業」

コメ余りと言われる現状だが、佐藤さんは、その対策として、自身の「販売力がどこまであるか」が肝要と捉えている。
どのように販売力を培うのか。佐藤さんは「人に物語を届けること」が鍵だと語る。

2020(令和2)年春、アグリーンハートは東京都世田谷区で直営店「DAITADESICAフロム青森」(http://daitadesica.com)を始めた。東京で流通する機会の少ない自然栽培米や特別栽培米に加え、青森から届く旬の食材、加工品、調理器具、食器等の「食」にまつわる道具も揃えている。店がある小田急線世田谷代田駅は各駅停車しか止まらない小さな駅だが、出店はこの地区の住宅密集率がきわめて高い立地であるとの分析結果という。
他の産直ショップが往来人数(にぎやかさ)に着目し店頭集客を目指すなか、この出店では、まずは販売のための配送拠点をイメージし、店周半径1kmの人口60千人を商圏とする地域密着での展開を目指したと話す。しかし、いざ出店してみると、コロナ禍での巣籠もり需要に注目が集まるなか、この拠点を通じたコメや野菜BOXの宅配は伸び悩んだという。一方、周辺人口の多さにより、近隣住民が遠出を控えるなか、宅配ばかりに頼るのでなく実際の商品を見て・選んで楽しみたいというエンターテイメント的要素が意外と評価されるという発見もあったと話す。これらの効果により、コロナ禍の不安定な時期の営業開始にも関わらず、じわじわと売上を伸ばしていると自信を示す。

お米の説明がわかりやすく、スタッフのかたからも選び方のポイントが伺える

白米、玄米のほか分づき米も複数用意されている

産地直送の山菜や野菜をはじめ、青森のものが充実。並ぶものを楽しみに訪れる方も増えてきているそうだ

アグリーンハートの農業体験。
だいたんぼプロジェクトでも消費者が青森へ来る機会を目指しているとのこと
(写真提供:アグリーンハート)

オープンして1年を経た店舗では、子供の食育に重点をおいた展開を始めていると話す。代田と青森をつなぐオーナー制度「だいたんぼプロジェクト」を展開し、稲が育つ様子を、都度ネットで公開すること等や、地元の子どもたちと屋上で稲や野菜を栽培したり、青森のりんごのおがくずの中で育ったカブトムシの幼虫を店頭で育てて配布したりするイベントを次々と仕掛け、青森に行けなくても青森を身近に感じることができるさまざまな取り組みを続けている。
これらの取り組みにより、子供目線を軸に、地域住民と「いただきます」を一緒に考える場所になることを目指していると佐藤さんは力が入る。また、コロナ禍の収束後に向けて、黒石市での各種農作業イベント等を企画し、「だいたんぼプロジェクト」の参加メンバー(「クルー」と呼ぶそう。)への来青も働きかけていきたいと構想は広がる。

他方、地域の担い手人材の育成も目指すアグリーンハートのホームページを見ると、若手が生き生きと働く様子が想像できる。実際に、お邪魔した際にも、皆さん明るく働かれている印象を強く受けた。そこで、最後に、佐藤さんに人材採用や育成にどのように取り組んでいるのか伺った。
同社では、基本的に「農業をやりたい人しか雇わない」と佐藤さんは明言する。さらに、オールラウンダーな社員を養成するのでなく、それぞれのやりたいことを入社時に話してもらい、やりたい事業を担当してもらっているという。
それで組織は成り立つのかという質問に対し、佐藤さんは、やりたいことが明確に言うことができることは大きいとしたうえで、「ひとつテストをしています」といたずらっぽく笑う。聞くと、面談後に、面接者の運転を後ろから観察し、コーナーを曲がる際ブレーキの前にウインカーを先に出しているかどうかをチェックすると打ち明ける。佐藤さんによれば、ウインカーは相手を思いやった上での行動や意思の表現であり、これができている人を採用して今まで間違いなかったと自信を示す。

組織がひとつの目的を目指し成長するためのポイントが、アグリーンハートにとっては、自分のやりたいことを表現でき、相手を思いやるというシンプルな採用条件となって、有効に機能しているようだ。

地域農業の担い手として、地域農業の未来像の実現に向け効率化と高付加価値化を通じて歩むアグリーンハートの一層の躍進に期待したい。

(中部支部事務局長 内田文子)

会社名: 株式会社 アグリーンハート(https://www.agreenheart.jp
代 表: 代表取締役 佐藤 拓郎 (Takuron)
所在地: 〒036-0504 青森県黒石市馬場尻東61-15
資本金: 600万円
設 立: 2017年1月
業 務: 農業経営、生産・販売、水田作業受託、精米業、音楽制作 等