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食×農の現場から
REPORT | 2022年10月13日

「体験型農園事業」を活用し都市の農地を守る 〜世田谷目黒農業協同組合

東京都世田谷区の住宅が建ち並ぶ市街地の一画に整備された緑が拡がる。マンションや家屋の間でフェンスに囲われた約2,000㎡(2反)の農地は1m幅で約10mの長さに区画され、各区画には色とりどりの野菜が育つ。

この世田谷区東南部と目黒区全域を管轄する世田谷目黒農業協同組合(以下、JA世田谷目黒。)では、その“パーパス(存在意義)”の最上位にある“ビジョン”に、「貴重な農地(緑地)を組合員と共に保全し環境維持に貢献します」と掲げる。
このビジョンのもと、JA世田谷目黒では高齢化や病気で農地の維持が困難となった組合員のニーズに応えるため、2018(平成30)年9月の「都市農地貸借円滑化法」の施行を受け、2020(令和2)年度に体験型農園事業の専任部署を立ち上げた。この事業は、組合員の高齢化等により急速に進む農地減少への対応のため、当JAが中心業務に位置づける「相談業務」(資産サポート事業)を補完する重要な役割を担う。

JA世田谷目黒のパーパス(存在意義)

今回は、2020(令和2)年度に世田谷区内に開設した体験型農園を運営する当JAを訪ね、園地を拝見させていただくとともに、本事業等を活用しながら都市農地(緑地)保全に精力的に取り組まれてきたJA世田谷目黒の飯田経営管理委員会会長、上保理事長、床爪相談役に、都市部のJAが果たす役割についてお伺いした。

左からJA世田谷目黒飯田経営管理委員会会長、上保理事長、床爪相談役

「ちゃんとできる」ことを支援する体験型農園事業

JA世田谷目黒では、2022(令和4)年9月現在、4つの農園を運営する。(2022年9月に上野毛体験農園を開設。)これらの農園は、利用者が指導を受けながら野菜を作る「区画エリア」(玉堤、中町、桜上水、上野毛)と、季節ごとに収穫体験を行う「収穫イベントエリア」(中町、桜上水)の2種類に分けられる。
貸農園は、今回のコロナ禍での外出を控える人たちにも密を避けることが出来る貴重な身近なレジャーとして、ニーズが高まっているという。同じ世田谷区内には別の事業体が遊休農地等を利用して運営する区民農園など体験型農園サービスもあり、都会で農業を楽しむ住民が着実に増えているようだ。

当JAの「区画エリア」にも多くの応募が集まり、現在、約160組の利用者(入園者)が参加するという。このエリアの大きな特長は、一言で言うと「作物が育つことを支援する」こと。初心者が悩みがちな、いつ・何を・どのくらい植えたらよいかの作付け計画に加え、苗や農機具なども用意してくれる。農園アドバイザーと呼ばれる「先生」役の農家組合員やJA職員が継続的に見守り、適切なアドバイスを行う。年10回(春夏作・秋冬作)開催される講習会は、資料を事前配布する本格的なものとなっている。

講習会の風景(写真提供:JA世田谷目黒様)

講習会の風景(写真提供:JA世田谷目黒様)

一般的な貸農園の多くは区画貸しが中心で、区画内で何をいつどのように植えるかは利用者の自主性に任されている。何を植えるか自由に考えるのが楽しいということは重要かもしれないが、実際には失敗も少なくなく、葉っぱが伸び放題となっている区画を見ることも多い。一方、当JAの体験型農園では、農業に自信がない人でも、予備知識なく農業のプロセスを体験し、結果としてプロが作るレベルに近い野菜を収穫することができる。
もちろん懇切丁寧な指導が受けられるといっても、ひとつひとつの作業や収穫時期はそれぞれがタイミングを見計らって計画的に行わなければならない。このため、畑に行きそびれて雑草を増やしてしまったり、収穫適期を逃してしまったりするといった農業でこその“体験”が避けられないことは言うまでもない。

1区画(約10㎡)で1作につき10種類くらいの野菜を作るが、ひと家族で食べ切るにはかなり量が収穫できる。利用者によると、順調に育てられれば、3家族分ぐらいは収穫が可能ということでお裾分けに回すことも多いという。
区画エリアの利用料は年間11万円程度となるが大変な人気で、現在は空きがない状態だという。

区画エリアの畑

共用農具置き場

他方、「収穫イベントエリア」は、区画エリアより気軽に楽しんでもらうことをメインに、農業への興味や関心を引き出すことを目標とする。前記の区画エリアに併設される2か所のエリアでは、不動産会社と提携し夏と冬の2回、「収穫体験イベント」を開催する。こちらのエリアでは、イベントに合わせた栽培や肥培管理はJAが行う。イベントの時期に合わせて多品種の収穫時期をぴったり合わせることに神経を使うという。
夏はとうもろこしなど、冬はキャベツ、白菜、大根などが収穫できるイベントは人気で、コロナ禍の制約のなかでも夏のイベントには450組、約1,800人が集まった。持ち帰れない量が収穫できるほどの本格的な収穫体験なため、会場には、野菜を宅配するための運送業者がスタンバイするほどと、ご案内いただいた体験農園室の袴田係長は話す。

イベント風景(写真提供:JA世田谷目黒様)

イベント風景(写真提供:JA世田谷目黒様)

体験型農園事業が地域住民に「農業」を伝える機会を創る

JA世田谷目黒の体験型農園は、一見利用者に過保護とも見えるようなサービスを提供しているように思われる。しかし、当JAでの体験型農園事業は、プロ集団として農地を活用した農業生産活動を行い、地域に「農業」への理解を拡げる活動の一環だと捉えれば理にかなう仕組みといえよう。
土地だけを貸す貸農園方式では、貸した土地できちんと農業をするかどうかは利用者に委ねられる。しかし、その結果、農地が荒れてしまっては、住宅や店舗が密集した都市部では、地域のトラブルの原因になるし、農業そのもののイメージダウンにつながりかねない。
当JAの体験型農園では、収穫イベントエリアはもちろんのこと、区画エリアも入園者の誰もがちゃんと畑仕事を続けられるよう設計されており、きわめて整然としている。農園はマンションや住宅に囲まれたところにあるが、農園を借りていない近隣住民の目から見ても、見通しがよく安全で、美しい。「農園」としてプロの視点で高い基準を維持することを通じ、農園の直接の顧客ではない地域住民に対しても、農業を感じていただき農業に関心を持っていただく一助となっている印象を強く受けた。

収穫体験イベントを待つとうもろこし(7月撮影)

当JAの農産物は「畑のちから」と銘打たれる。農産物を生み出す畑のさまざまな役割に目を向けているネーミングだ

このように、JA世田谷目黒が体験型農園でありながら農地としてのレベルを高く保ち続けようとするのは、これらの農地が「生産緑地地区」だからだという。
生産緑地地区とは、市街化区域内の農地のうち防災空間や緑地空間などのため、自治体が良好な生活環境の確保に効果があると指定した農林業の継続が可能な条件を備える500㎡以上の規模の区域を指す。(自治体の条例によっては面積等の引き下げを行うこともある。当JA管内では300㎡以上となっている)
当JAでは環境の国際基準であるISO14001を取得しており、組合員・職員の中に農地は残すべきという考えが浸透している。時代の変遷の中、たとえ農業が自身の主な“生業(なりわい)”にならなくなっても、地域の生活環境確保に資する農地を維持することを考えた結果、実際の耕作者が誰であってもきちんと農業が営まれ続ける体験型農園事業という仕組みが誕生したといえよう。園主だけに任せずに当JAが積極的に関与することで、園主に万が一のことがあっても後見人の了承が得られれば、農地を体験型農園として継続することも可能だ。

生産緑地地区の課題は当事者である農家やJAにしか見えない問題かもしれないが、その波及効果として、体験型農園事業によって、農家と実際の地域住民との関わりが変化したと飯田会長は語る。
それまでは自分の土地を自分で耕作して生産物を販売することに専念、ともすると住民に声をかけられることを避けていた農園主が、体験型農園事業の運営に合わせて、入園者や収穫体験の都市住民とのコミュニケーションを拡げていったという。これに伴って、自主的に畑の横に直売スペースを作ったり、地域住民や地元商店・飲食店が欲しがる野菜を選び、「七色畑」と呼ぶのが相応しいような少量多品種での生産も行ったりするようになったと笑う。

一般的な生産地ではJAが産地作りを主導、組合員の生産物を集荷しまとめて市場等に出荷・販売するのが中心だが、当JAでは組合員が庭先での販売や地元店に直接販売するケースが多いという。このため、当JAは生産者と需要者である飲食店などとのマッチングにも取り組む。もとより、管内の農地だけではこの大消費地の食を支えることは不可能だが、目に見えやすい部分での地産地消を当JAと組合員である農家が推進することで、地域住民の農業への理解の深まりと手応えを感じていると自信を見せる。

資産サポート事業を通じて、JAが地域の農地と環境の保全に貢献する

JA世田谷目黒がこのような体験型農園事業を編み出したのは、当JAが長年、都市農地の保全のために先頭を切って資産サポート事業の展開を進めてきた農業協同組合だからといえよう。
当JAのある世田谷区は、1973(昭和48)年、市街化区域内の農地の宅地転用を促すことを目的に、全国で最初に農地の固定資産税および相続税の課税を宅地並みに引き上げられた地域だ。当時の標準農業所得が30万〜40万円程度だったなか、10aあたり30万円の固定資産税が突然かかるようになってしまい、困った農家がJAに「安心して農業ができる仕組みを教えてほしい」と相談に来たのが、この資産サポート事業の立ち上げのきっかけだったという。以降、JA世田谷目黒では、組合員と床爪相談役(当時、資産管理課長兼指導課長)を中心に国に積極的に働きかけ、宅地並み課税の軽減、生産緑地制度の導入、相続税の納税猶予などの制度づくりに関わってきたと話す。

さらに、「生産緑地の問題は、都市部の農協だけではない」と床爪相談役は語る。農地を細かく分けて切り売りしてしまっては、農業としての事業継続が難しくなることはもちろん、本来生産緑地が担っていた環境保全だけでなく、地盤保持や保水といった災害防止機能も維持できない。このため、JA世田谷目黒では、自JAの資産サポート事業のノウハウを、同様の課題を抱える地方のJAにも拡げたいとしてさまざまな取り組みを進めていると話す。
地方のJAの研修生を受け入れ、自JAの資産サポート事業のノウハウを伝達する。研修を受けたJAの一部とは友好協定を結び、災害時の相互支援の約束を行う等、都市部と地方のJA間でのさまざまな事業交流を通じた農業への関心を深める取り組みを広げる。現在はコロナで開催が難しいが、従来は各JAの農産物を取り寄せ、本店前で地域の住民向けに、各地での農業の役割の広報を目的としたフェア等も定期的に開催してきたということだ。

JA世田谷目黒は、体験型農園や販売フェアなどで地域住民に新鮮で安全な農産物を供給することはもちろん、農業を営む姿を都市住民に示し続けることで、切り離されがちな生産と消費をつなぐ役割を担う。これと同時に、相続に伴う農業の事業継続をできるだけ円滑に行うといった活動のすべてが、都市の機能に潤いを与え、環境の保全にも役立つ農地を次代につなぐことであり、自身のパーパスである貴重な農地(緑地)を保全し環境維持に貢献することにつながっていく。
都市部で減少が止まらない農地と農家組合員を支え、農地の環境保全機能の維持に取り組むJA世田谷目黒の地域での活動の拡がりに目が離せない。

(中部支部事務局長 内田文子)

<会社概要>
世田谷目黒農業協同組合(https://www.ja-setame.or.jp)
創 業:1952年7月 (世田谷・玉川全円・深沢新町・松沢・目黒の5地区農協が合併)
代 表:代表理事理事長 上保 貴彦
出資金:328,422,000円(令和4年3月31日現在)
所在地:東京都世田谷区桜新町2丁目8番1号