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食×農の現場から
REPORT | 2023年1月27日

科学的なアプローチを加え、3代にわたり再生可能な農業の実現に取り組む ワーコム農業研究所

山形県内陸部の最北端に位置する真室川町。町の総面積の9割近くを森林が占めるこの町では、古くから林業が盛んだという。一方、夏の寒暖差は農産物の成長にプラスに作用し、美味しい野菜やお米が育つ。
この真室川町にある有限会社ワーコム農業研究所は、40年ほど前からの農業現場における持続可能な産業構造の構築という想いのもと、1996(平8)年に設立、環境に負荷をなるべくかけない有機物の資源循環をベースとする農業生産方法および資材の供給に取り組んできた。現在は、畜産肥育事業、資源開発・販売事業、コンサルティング事業の3つの柱で事業を展開する。

今回は、同社代表取締役であり、当機構が主催する「東北食農塾」に初回から参加し課題提起等をリードいただく栗田幸秀さんに、同社が独自に開発した堆肥発酵促進剤「ワーコム」等の資材活用や科学的データに基づく資源循環型農法への取り組み等についてお話を伺った。

ワーコム農業研究所代表取締役 栗田幸秀氏

3代にわたり農学と工学を連携、科学的に循環を可視化させ農家の課題解決を支援する

栗田社長は、生産者でありながらメーカーであり、研究者でもあるという3足のわらじをはく。代々、農業を営みながら地域の課題を解決してきた家系という。その篤農家が技術開発型企業として新たにスタートするきっかけになったのが、「ワーコム」の発見だ。
同社では、この「ワーコム」を軸に、農業での資源循環に科学的に取り組んでいる。

自然の循環をスピードアップし、発酵で“臭いを消す”土づくり資材「ワーコム」の誕生

「ワーコム」(堆肥発酵促進剤「うまみの素ワーコム®」の総称)は、地元に広がるブナの森から生み出された腐葉土の土着菌を中心に、わらびやあけび、山ぶどう、木苺などの酵母菌や様々な発酵酵素を主成分に、木炭やゼオライト等の自然の素材を混合して作られる。有効微生物を増殖し堆肥を完熟させて“堆肥の臭いを消す”、土づくりの発酵促進剤だ。

「ワーコム」の誕生は、シベリア抑留から戻った栗田社長の祖父が、15人家族を養うために飼い始めた、たった1頭の乳用牛から始まった。肥料を買うこともできなかった当時、糞を肥料として活用し米を生産したのが、栗田家の水稲・畜産複合経営の始まりという。
以後、栗田家では40年以上にわたって資源循環型農業を実践してきたが、高度成長期の規模拡大に伴い、牛舎の排泄物や敷きわらが分解される途中の“臭い”が課題となってくる。それまでの自給自足をベースとした小規模の複合経営を徐々に拡大していくのでは十分な稼ぎも生み出せない現状がある一方、急激な拡大は地域の循環そのものを破壊しかねない。そのジレンマを解決するため、農林水産省で発酵の研究を続けていた父の幸太郎会長が自宅に戻り就農。それまで実践してきた農業のさらなる広がりを目指し、高校時代から注目していた自然の山の循環を司る菌の培養に着手するため、1996(平8)年に会社を興した。

「ワーコム」は、山の中で起こる自然界の働きに独自の発酵酵素を組み合わせることを通じ、微生物の働きを最大化することで分解をスピードアップさせる。「ワーコム」のアプローチが目指す「自然の山の循環」は、山の中でも葉が腐っていたり、牛舎と同じように動物の糞や死骸があったりするはずなのに、臭いが気にならないという現象だ。通常の自然界であれば葉が腐葉土になるまでには2年ほどかかるが、発酵が完了するまでの臭いを速く消すためには速く分解させてしまえばいいというのが、「ワーコム」を発明した幸太郎会長のアプローチだ。

ワーコムの成り立ち(出所:ワーコム農業研究所ウェブサイト)

加えて、「ワーコム」は臭いを消すだけにとどまらない。同剤を投入して作った堆肥にはそれが持つ有用な酵素や微生物がそのまま含まれ、土壌環境全体の改善が進むよう働きかけを行う。そのため、田畑に地力がつき作物の根の張りが進み、作物が強く育つようになり、結果として、食味が良いうえに農薬や化学肥料の使用量を抑えた栽培が可能になるという。
当時、化学肥料・農薬全盛期の時代に環境保全型農業を提唱する「ワーコム」が省コストで高品質の農作物を生むことが知られるようになった。初めは地元真室川町から、ついで評判を聞いた各地の生産者にも広がり、食味のよい米や野菜が「ワーコム米」「ワーコム野菜」としてブランドとなり全国へ広がった。現在はコロナ禍で休止となっているが、各地に拡がった愛用者の持ち回りによる、「ワーコム全国大会」が隔年で開催されてきたという。

ワーコム全国大会で登壇する栗田社長(写真:ワーコム農業研究所提供)

“見える化”によって課題解決と次世代継承を進める「農業病院」

ワーコム農業研究所では、長年にわたり、毎年10百万円程度の研究費を計上し研究開発に取り組んできたという。その成果の現れとして、「ワーコム」の他にも、土壌カルシウム補給資材や有機肥料ながら化学肥料並みの即効性を実現した肥料「ぶっとび有機」など、さまざまな資源循環型資材を開発している。いずれも、農薬や化学肥料の代替として地域の農家をサポートするものだ。
さらに栗田社長は、研究を通じて蓄積した知見を活かしデータに基づく管理手法を提供する「農業病院」というサービスを2021(令3)年から開始した。
これまでの農業は、基本的に農業生産を営む環境に合わせ、生産者の勘と経験に基づいた知恵を積み重ねることがベースとなってきた。しかしながら、近年の環境変化の増大に、実践経験から育まれる感覚だけでは対応が遅れてしまいがちになることに加え、農業経営者の高齢化が進む中、それまで生産者個人に蓄積されてきた属人的な知恵や知識を円滑に継承させていくことが難しいことが課題として顕在化している。これらの課題の対応に向け栗田社長は、作物が必要とする養分の吸い上げ状況を科学的に見える化することで、食味や色づきといった品質を工学的に再現させる取り組みが欠かせないと話す。

その栗田社長が提供する「農業病院」では、土壌の成分分析と作物の生育状況の定点観測を重ね、「健康診断」としての可視化と、現状をデータで把握した上で、より健康に生育し、質の高い作物を育てるための対策などの「処方箋」を提供する。大きな環境変化に後手にまわることなく、篤農家が培ってきた経験をサポートしながら狙った品質を作り込む、課題解決支援サービスなのである。

農業病院の構成要素(栗田氏の資料より加工)

最終的に「おいしい」農産物として出荷するために、どんな成長プロセスをたどればよいか。たとえばぶどうなら求める糖度を実に蓄えるため、栽培期間中のどのタイミングでどの成分をどのくらい吸収すればいいか、そのためにはそれらがいつ、土壌にどのくらい存在すればいいか、などの因果関係の測定を継続的に行う。こういった「農業病院」のアプローチは、栗田社長が和牛生産に取り組みながら工学的に研究を進める中で、どのようにしたら自分の理想にかなう肉を作れるかという研究から着想を得たという。
祖父の時代から営まれてきた地域と共生し資源を循環させる農業の経験と勘を可視化することは、大掛かりな投資をすることなく、手元にお金を残しながら再生産を行うことにつながる。再現性の高い有機農業こそが、地域の農業を次世代へ引き継ぐことに資するものであり、「農業病院」を展開することを通じて、資源高騰や気候変動、人手不足などに直面する生産者の課題解決を支援していくことが、現在の当社の大きな役割と栗田社長の話にも力が入る。

肥料、飼料の外国依存からの脱却に向けて 今こそ「地域に根ざした耕畜連携」が解となる

栗田社長が続いてのテーマに掲げているのが、肥料、飼料ともに輸入に依存している現状からの脱却だ。地域で発生する未利用資源を循環させることで生産原価を圧縮することを目指し、「耕畜連携」の取り組みを進める。
具体的には、家畜の餌となる麦や大豆、コーンなどの残渣を発酵処理した有機肥料の生産と国産米を活用した輸入とうもろこし等の代替となりうる国産飼料の生産だ。同社では、使用上に一定の制約のある生米状態の飼料米を自社開発の技術でアルファ化することで、家畜が消化しやすい状態にし、制約にとらわれない利用を可能にした。栗田社長は、「えさ化する技術が重要。今まで(飼料米を)使いこなせる人がいなかった」と話し、この飼料の利用拡大にも自信を見せる。

足下で、肥料、飼料ともに大幅な値上がりが進む中、調達コストが低減されるとともに、調達の安定化が図られるメリットは計り知れない。しかし、栗田社長は、大規模農場には従来の給餌に合わせたシステムが入っているため、こうした飼料の活用は難しいと分析し、設備投資を先行させることで効率化を進めようとする大規模農場への対応とは一線を画す。
もともと、同社の畜産事業は、肉牛肥育の過程で牛の胃液を測定、肉質の予測を行いながら、肥育牛、乳牛、子牛、母牛のそれぞれに合ったえさを作り分けるというこだわりを持つ。前記の国産米活用による飼料の場合、「手動なら対応が可能」と話す。給餌を設備に頼らない、地域に根差した小規模農家のこだわりの生産への貢献にも目配りを忘れない。

あらゆる資源の循環を通じ、持続可能な社会へ

ここまで紹介した同社の取り組みは、経済効率優先ではなく資源循環に力点が置かれていることがポイントとなっている。そして、その姿勢は、それら以外にも多角的に営まれる同社事業の随所に見受けられる。

ひとつは、「ワーコム」を活用した地域の生ごみの堆肥化事業である。
現在同社では、新庄市の一部地域、530世帯の生ごみを受け入れ、堆肥化している。もともとは別の団体の新設設備がうまく働かなかった案件をカバーしたものだったと栗田社長は振り返る。
仕組みは極めてシンプルで軽装備のもの。地域の協力により分別された生ごみに木くずを混ぜ合わせ水分を調整、「ワーコム」を加えて混ぜると分解が進む。そこから木くずを分離すれば土壌改良材が出来上がる。分離した木くずは再利用・再投入される。
施設は地元JAの遊休施設を譲り受けたものとのことで、一般的なリサイクル施設に見られるような大掛かりな機械もなく、ぱっと見たところは普通の倉庫そのものだ。内部を拝見すると生ごみの臭いもほとんどなく、日々ワーコムで分解されている様子がうかがえる。完成した土壌改良材は市民に少額で提供しているとのことだが、設備投資も小さく、分別した生ごみが持ち込まれさえすれば、人手もかからず資金的に循環できているとの話だ。
栗田社長は、地域内で手に入るものをリスト化し、肥料、エサに分類して製造を行っていけば、これまでゴミとして扱われてきたものが活用され、域内循環を可能することができると語る。

投入された生ごみ。家庭から集められた後、ワーコムと木くずが入った山の上に置かれる。

生ごみは自然に分解され、このように見えなくなってしまう

堆肥発酵促進剤「うまみの素ワーコム」は2種類。分解するものの水分量に合わせ使い分ける

生ごみ堆肥をふるい分ける機械。JAから譲り受けた遊休施設の中に格納されている

もうひとつは、環境保全型農業の担い手育成だ。
同社は、2010(平22)年、環境保全型農業の担い手育成のための「拓土塾」を立ち上げ、約8年間、最上郡の若手農業者を中心に人材の育成に取り組んできたという。その後も、国内外の研修生につき行政人材も含め受入れ、有機農業の基礎とデータの読み方、ハウスを実際に運営してもらうこと等を通じ農業経営を学ぶ場を提供、環境保全型農業の担い手育成にも心を砕いてきたと話す。

資源循環が生み出す、今日的課題対応への期待

「ワーコム」は、“好気性”と“嫌気性”両方の菌が混ざり、さらに不要な細菌の拡大を抑制する抗生物質も作り、さまざまな未利用資源を分解できる整腸剤のような役割を担う。その「ワーコム」とともに活躍する栗田社長からもまた、あらゆるところに“循環”を見いだし、調和を通じた持続可能な社会の構築を追求しようという姿勢をうかがうことができる。
大規模化や大型投資と距離を置き、「欲はコンパクトでいい。人がよくなるため、求められるなら応じたい」と、自社の商品やサービスの拡大にも恬淡とする。今回、お話を伺い、同社の提供する資材やサービスは、現在のSDGsという言葉の浸透とともに、今日的な食料安保の問題や有機農業の拡大等といった時代の要請に適合するものとの印象を強く受けた。
同社の提供可能な資材やサービスが、時代の要請に応えより多くの資源循環の創出につながり、再生可能な農業の拡がりに向け、さらに浸透していくことを期待したい。

<会社概要>
会社名  :有限会社ワーコム農業研究所(https://wahcom.jp
代表者  :代表取締役 栗田 幸秀
所在地  :山形県最上郡真室川町川ノ内427-35