我が国の農産物や水産物といった生鮮品の流通は、かねて大量物流を担う卸売市場を中心に発展してきたが、時代の変化のなかで、現在、輸出を含めた流通の多様化が進む。しかしながら、その商流や物流をつなぐ情報ネットワークは手書きが中心であったり、企業ごとでEDIの最適化が進められていたりと、データの連携が進んでいない。
社会からの要請が高まりつつある「食の安全性確保」や「持続的な社会づくり」への対応に加え、国内農林水産業の持続的発展に向けた根源的な課題である「生産者等の担い手の所得向上」と、その重要な要素となる「農林水産物の付加価値向上」や「輸出拡大」等を目指すうえで、食のサプライチェーン内でのデータ連携やデジタル化は必須の課題となっている。
この大きな社会的課題であり、かつ必要性は認識されながら進まない「生産」「加工・流通」「販売・消費」のチェーン内や「資源循環」「育種/品種改良」でのデータ連携(共有)を可能とする取り組みが、本稿テーマのベースとなる「スマートフードチェーンシステム」の構築だ。
そして、今回は、このデータ連携の基盤として、2023(令和5)年春からの社会実装に入る「ukabis」について、その取り組みを担うべく新たに2022(令和4)年8月に立ち上げられた「一般社団法人スマートフードチェーン推進機構」の代表理事であり、これまでの検討・実証等を担ってきた公益財団法人流通経済研究所 農業・環境・地域部門の部門長、主席研究員の折笠俊輔氏にお話を伺った。
「ukabis」は、内閣府が2014(平成26)年からスタートした「戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)」のテーマのひとつである「スマートバイオ産業・農業基盤技術(SIPバイオ農業)」での取り組み成果として位置づけられる。
「SIP」とは、内閣府の総合科学技術・イノベーション会議が司令塔となり、府省の枠を超え、基礎研究から実用化・事業化まで一気通貫で研究開発を推進し、イノベーションの実現を目指すプログラムだ。
「SIPバイオ農業」の第1期では、生産現場のスマート化を推進する農業データ連携基盤(通称WAGRI)が生まれ、2019(令和元)年に本格稼働している。このWAGRIをもとに、「スマートフードシステム」の実現を目指す研究開発に取り組み、実証を繰り返し、このシステムを支えるデータ連携基盤として社会実装を進めるものが、本稿でご紹介する「ukabis」である。
折笠氏は、「ukabis」によって、これまでの農産物流通でできなかった次のようなことができるようになると解説する。
具体的に、情報連携基盤となる「ukabis」の活用を通じ、どのようなことができることを目指すのか、もう少し具体的に場面を掘り下げてみよう。
但し、「ukabis」はデータ化自体を実現するものではなく、作られたデータの連携基盤として、以下のそれぞれの取り組みを促進する役割に止まる点には注意が必要だ。
■ ペーパーレス化、効率化
■ 需要と供給のマッチング
■ 生産物の輸送工程管理
■ 農産物の利用者や消費者への品質担保、アピール
さらに、2023(令和5)年からの運用を目指し準備が進められている「フードチェーン情報公表JAS」では、「ukabis」を使うことでより幅広い展開が期待されるという。
「フードチェーン情報公表JAS」規格とは、生鮮品を対象とし、産地から店頭までしかるべき方法で送り届ける、流通工程を保証する規格だ。農林水産大臣がひとつひとつの産品ごとに定める規格に基づき、登録認証機関が規格で定める基準を満たした事業者に認証を与える。
このJAS規格の対象となる事業者は、認証生産工程管理者(生産者)、認証流通工程管理者(卸売・仲卸、小売等)、認証小分け業者(小売等)に区分される。「フードチェーン情報公表JAS」の認証を受けると、認証事業者は店頭に並ぶ個々の産品にJASマークをつけることができ、産品の生産・流通プロセス、事業者の取り扱い方法を証明できるようになるという。
これらは、決して机上の話ではない。「SIP」事業により、これまでさまざまな実証実験を繰り返してきたなかで、「ukabis」に参加するプレイヤーが増え、活用データの蓄積が進み、連携可能なデータが増えるほど、こうしたことが行いやすくなることが実感できたと折笠氏は強調する。
「ukabis」が基盤として存在することで、社会の変化に柔軟に対応できる多様な連携が生み出され、連携しやすくなることで事業者同士の新たな取り組みが生まれる。
「ukabis」はこれらの情報ネットワークに君臨するのでなく、基盤としてさまざまな事業者が繋がるのを支えることでそれぞれの相乗効果を生み、新しい価値を生み出すことを狙う。スマートフードチェーンの参入障壁を下げ、各事業者を活動しやすくするのが「ukabis」の目指すところだ。
「ukabis」では、生産から消費、リサイクルまで含めたフードサプライチェーンの各プレイヤーのデータ連携に資する社会的なインフラとして、データ連携基盤を提供する。流通履歴と生産履歴、販売履歴等を結び付け、それらのデータをつなげることで、バリューチェーンの付加価値向上を目指す。
「ukabis」は、次のような機能を提供する。
加工品では、すでに「GS1コード(JANコード)」が世界共通のコードとして存在する。「GS1コード」は、牛肉トレーサビリティ法や、食肉流通標準化システム協議会によるほかの食肉の標準コードでも統一的に用いられている。世界単位でユニーク(一意)なコードとなるため、輸出にもそのまま使えるのが強みだ。折笠氏は、「ukabis」でもこの「GS1コード」を用いてデータ連携を進めていきたいとの方向感を示す。
ロケーション情報にもGS1のGLNコードというコードを用いることで、汎用的な物流に耐えられ、しかも商品が特定のビルの何階にあるのか、という細かいレベルまで把握することができるようになると補足する。
これからの取り組みのなかでコードの統一が進められた場合、データ連携を行うためには、共通の情報基盤が必要となるという点が「ukabis」立ち上げのポイントだ。
たとえば、生産法人Aと個人農家B、どちらも生産、加工、小売に関する履歴情報は何らかの形で構築・蓄積をしていたとする。しかし、それぞれが別々の形やシステムで管理しているため、個別の情報を連携・交換しようとしても、その都度インターフェースを作っていかなければならない。そこで、データのやり取りの間に共通基盤として「ukabis」があれば、それが仲介役となってそれぞれのデータのやり取りを可能にしていくことができるようになると折笠氏は強調する。
デジタル化が進まない生産の現場やそれぞれに区々のデータ体系を有する小売・流通等の現場での問題解決は必要だが、そのデータを繋ぎ、連携するための「プラットフォーム」があってこそ、データの活用への機運が盛り上がるはずと、この「ukabis」の役割を展望する。
「ukabis」では、将来的にフードチェーン全体の環境負荷を測定し、農業流通におけるカーボンニュートラルの効果検証に繋げていくことまでも視野に入れる。これもデータ連携が進み、流通履歴が取れるようになれば、不可能な話ではない。
折笠氏は、こうした未来に向けて、現在見えている障壁を2つ挙げる。
「ukabis」では、集まったデータをさまざまな用途で活用することを目指すが、B2BとB2C、用途などで必要となる情報レベルは異なる。その中には、必要としない情報のみならず、見せるべきでない情報も存在する。その場合、蓄積されたデータにつき、相手先に応じ、アクセスを制限し、見せてはいけない情報の制御も必要になってくることを見通す。そのため、今後、見る事業者や目的に合わせ、情報の粒度のコントロールレベルを変えていく仕組みを作る必要があると折笠氏は語る。
もうひとつは、根本的な課題として、「ukabis」の利用者が増えれば「ukabis」がより使いやすく便利になることはわかっているものの、データが集まらない間は導入がなかなか進まないことだ。
現状では、残念ながら、データ整備を進め「ukabis」に参加しても、それだけの手間やコスト等に見合うメリットが見えないという声が少なからずある。そして、こうした消極意見は、流通・小売事業者、農業生産者それぞれ同じように見られるという。
折笠氏は、「誰かが実践することで初めて進んでいく」と話し、先進的事例を作っていくしかないと割り切る。「SIP」事業のなかで、これまでさまざまな実証実験を繰り返したのも、事業者が「これなら見える化できるデータを集め、「ukabis」を通じて提供しよう」と思えるような事例や指標を提供するためだと力を込める。
もちろんデータ活用の必要性の萌芽は徐々にではあるが、見られつつある。例えば、農業生産者は、川下である流通・小売事業者からトレーサビリティを求められれば、それに応じた情報を用意し対応せざるを得ないとの環境の変化がそのひとつと言えるだろう。
しかしながら、その際、別の2つの問題が残っているという。
ひとつは、自ら全ての商品に適切な商品コードを作成し、管理する作業が増えることだ。
GS1コードを申請し取得する事業者が一定規模以上の企業が中心となることからも推察できるように、「ukabis」でも個人や小規模な生産者が個々に事業者コードを取得し、商品コードを管理するのは難しいだろうと考える。
これについて、折笠氏はある程度の共同選果場単位でロットを管理し商品コードを作成し、個々の生産者はそのコードを使ってバーコードなどのラベルを印字するという使い方を想定していると話す。
また、もうひとつは、そもそも農業生産現場でデータが存在しないという問題だ。これも、データを記録する習慣がないことと、さらに記録したデータをデジタル化する習慣がないことの2つに分けられる。
これらは、今まで全くデジタル化と無縁だった農業生産者には厳しい障壁と予想できる。そもそも多くの農業生産者は、これまでそういったことに必要な人手や時間といった管理コストを見込んでいないし、出荷時という人手がもっとも多く割かれる時期にラベル印字など対応しきれないといった反発が根強いことも現実だ。加えて、生産者自身のデジタルに対するリテラシー等の問題も残ろう。
実は、日本で「GS1コード(JANコード)」が使われるようになった過程でも、似たようなことがあったそうだ。
日本では、1972(昭和47)年に初めてバーコードによる自動チェッキングシステムがダイエーと三越百貨店でテストされた。初めは、電機メーカー各社が独自に作成したコード体系やシステムが乱立していたが、1978(昭和53)年4月に、共通商品コード用バーコードシンボルであるJANがJIS化したことで、ようやく個別の商品を示すコードが共通化されたという。
しかし、このJANコードが広まるまでには、その後6年ほどの時間を要したという。JANコードが広まったのは、1984(昭和54)年に、大手コンビニエンスストアのセブンイレブンが本格的なPOSシステムを導入し、商品納入業者のすべてにソースマーキングすることを求めたことがきっかけといわれている。同年に国内第1号店をオープンしたセブンイレブンは、POSシステムを導入した時、すでに全国に約2000店舗を持っていたので、その影響力は非常に大きく、食品雑貨のソースマーキング比率が急速に増加したという。
これからの「ukabis」の展開でも、同様のハードルが当然想定されよう。
参加者が増えることでさまざまな社会的課題の解決が進み、個々の事業者にもさまざまなメリットが得られるデータのデジタル化。「ukabis」が期待される機能を現実化していくことで実現できる様々なメリットと、そこから派生する「食のサステナビリティ」という「理念」共有を浸透させるとともに、個々の事業者の導入時の負担を少しでも小さくし、様々なハードルを乗り越えられるかが普及の鍵となりそうだ。
データのデジタル化とそのデータの活用により拡がるビジネス力の強化やサービスの質の向上等のメリットが農林水産業の現場に浸透・定着していくことにより、これからの「スマートフードチェーンシステム」の拡大・充実を期待したい。
参考:一般社団法人スマートフードチェーン推進機構(https://www.ukabis.com/)
(中部支部事務局長 内田文子)
2024.12.18
常に考え、情報収集し、挑戦し続ける ~ 株式会社松永牧場(島根)2024.10.11
地域のりんごの生産を守り、次の世代に繋ぐ! ~ (株)RED APPLE(赤石農園/青森)2024.09.09
コロナ禍を糧に、関係人口創出事業の変革に取り組む 〜長野県・飯島町「iiネイチャー春日平」