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食×農の現場から
REPORT | 2022年7月4日

日本食農連携機構でのチームワークが新たなブランドを創り出す~恵那山ファームプロジェクト

栗とトマトの複合経営での農業収益向上を目的として、(一社)日本食農連携機構(以下、当機構。)のメンバーである(株)恵那川上屋(以下、恵那川上屋。)が立ち上げた(株)恵那山ファーム(以下、恵那山ファーム。)による冬春トマトの出荷が2021(令和3)年11月にスタートした。今回は、当機構メンバー間の連携を活かして実現した「恵那山ファームプロジェクト」についてご紹介したい。

恵那山ファームの施設

事業概要と経過

このプロジェクトは、恵那川上屋が国の交付金と恵那市の補助金を活用のうえ、総事業費約5.4億円を投じ約1haのトマト生産施設の建設を延べ4年で進めるという計画で、最終的には年間約70tの生産を目指す。プロジェクト実施のポイントは、同じく当機構メンバーの千葉県の(株)和郷(以下、和郷。)が確立した糖度の高いフルーツトマト(「フルティカ」)の安定生産技術と運営管理まで含めた手厚いサポートの提供にあった。
恵那川上屋では、この技術を活かし生み出されたトマトを「おかしなトマト」と名付け、自社店舗をメインに従来のトマトとは異なるフィールドでの高付加価値販売を進める。

恵那市は施設栽培を中心とする夏秋トマトの産地ながら、本格的な耐候性ハウスを利用した冬春トマトの生産はなかったという。今回紹介する当プロジェクトの背景には、地域の名産である栗きんとんをはじめとする自社の栗菓子原料を地元で永続的に確保するため、地元の農業生産基盤の維持に向けた農業収益向上が不可欠という恵那川上屋・鎌田社長の強い問題意識があった。

全国各地に多くのファンを持つ同社の栗菓子は地元での良質な栗の供給が生命線ながら、その担い手生産者の高齢化に伴う生産量の減少が進んでいるという。もともと、良質な栗の確保に向けては鎌田社長のリードによって生産者の組織化等を進めてきたという歴史(詳細は、当機構ホームページ「トップランナー」記事参照)があるなか、このままの状況を放置すれば地元の栗生産が途絶えてしまうとの危機感が膨らんでいた。
鎌田社長は栗原料の確保に向け、なんとか栗農家の新規就農が進むような収益確保ができないかを考え続けてきたと振り返る。

恵那川上屋が買い取る「超特選恵那栗」の生産では、年間の労働時間は10aあたり90時間強とさほど多くない。かなり高収益な作物だが、秋の収穫期に多くの作業時間が集中してしまうため、1ha程度での生産が壁となる。企業経営に転換し大規模化するには労働時間の繁閑のコントロールが難しく、栗生産だけで食べていくのは難しいと言われる。従来は、秋以外は比較的手がかからないことからコメと栗の複合経営が中心だったそうだが、近時のコメ余りと生産者の高齢化による離農が、栗生産者の減少を加速させているようだ。
とはいえ、仮に安定買い取りが進んだとしても、先述のように栗の収入だけでは自立した農業経営は難しく、新規就農者を呼び込むにはハードルは高かった。このため、地域としても栗生産者の確保対策に手をこまねく状況にあったと恵那市農政課井手さんは話す。

栗の作業体系。高い収益は見込めるが限られた時期に作業が集中し規模拡大が難しい。

さらに、このプロジェクトのピースとして、2019(令和元)年度に当機構トレーニーに派遣されていた恵那市農政課の横光さんとの連携が加わった。
鎌田社長の問題意識を受け地域のプロジェクトとして対策の検討・立案を進めるなか、横光さんを通じ、地域特産の栗生産の維持・回復を進めたいという恵那市の問題意識が合致した。これに伴い、恵那市においても当プロジェクトへの全面的なバックアップの方向性を固め、栗生産者の農閑期を活用した冬春トマトによる複合栽培を推進する「恵那市農業活性化計画」がまとめられた。そして、この計画をベースに農水省の農山漁村振興交付金による財政支援を受けることが実現できたという。

しかし、補助は得られても大きな投資を要する当プロジェクト着手への難しい決断を振り返り、鎌田社長は当機構での活動等を通じた和郷・木内社長との信頼関係が後押ししてくれたと話す。
他方、当機構2代目トレーニーとしてこの検討を引き継いだ恵那市農政課井手さんからも、「フードバリューチェーンからの発想や実際の事業連携の実現は行政だけでは難しい。機構がいなければ成り立たなかったのでは。」と、それぞれの目線から、当機構のプラットフォームを通じた実務者の密接な連携が当プロジェクト実現の大きなポイントとなった様子が窺える。

当機構プラットフォームを活かした生産体制構築

鎌田社長はプロジェクトの検討を進めるなか、比較的早いタイミングで、「おかしなトマト」の生産に向け、木内社長を通じ和郷の技術導入のコンサルティングを受けることを決めた。
「はじめから売上を獲るためには投資が必要。和郷のシステム活用は時間のロスがないし、相談相手は保険になる」と鎌田社長は明解だ。和郷の栽培システムでは農業用ハウスの規格やサイズに基づいた経営モデルがパターン化されている。生産の担い手要員も1年間和郷グループで指導を受けることで栽培体系から販売のポイント、パートスタッフの管理まで学ぶことができたと話す。加えて、生産したトマトは和郷の販売チャネルに乗せることもできるため、生産2年目からは確実に事業の黒字化が見込めることは新規参入企業にとって大きな魅力だったと話す。

恵那山ファームの運営の中心となる2人の職員は、鎌田社長からの声掛けによって、このトマト生産事業のために入社を決めた。2人とも農業未経験者ではあったが、施設整備と並行して1年間、和郷グループの農場で実習を受けつつ、栗のシーズンには恵那に戻って実際の栗とトマトの複合経営に向けた生産サイクルも体験したという。

メンバーのひとり、田渕さんは恵那山ファームの生産部門の中核として毎日の経験の中で技術の蓄積と深化に取り組む。「やったことがないからワクワクしている。(未経験だが、)会社や和郷のバックアップがあるので思い切りチャレンジできる。地域活性化になるし、何よりおもしろそう」と目を輝かせる。

恵那山ファーム田渕さん(左)と鎌田社長(右)

全てが初めての取り組みとなる中、給水設備の整備遅延やいざ定植という時期での豪雨による浸水被害、加えて予定されていた栗生産部門との要員融通タイミング等の齟齬による人手不足の発生など、次々に発生する課題を前向きに受け止めつつ初年度の安定生産を実現した。
出荷等を担当するもう一人のメンバーの水野さんも、超多忙な初年度の実務をこなしつつ、出荷と管理全般への作業を把握のうえ2人の間の役割分担も確立した。今年度は残りの施設整備が完了する予定で、倍増する生産・出荷への対応にも自信を深める。

「おかしなトマト」という新たなコンテンツ

「おかしなトマト」は、恵那川上屋がお菓子の素材探しの中で縁のあった野菜や果物をもとに、「すべての人の心とからだに喜びを」をコンセプトとして立ち上げた農業ブランド「おかしな大地」の第1弾の商品と位置付けられているという。
山に囲まれ昼夜の寒暖差が大きい地域特性も活かしつつ、恵那山ファームでは与える水分量を極力少なくすることで実の糖度を高める栽培方式を取り入れ、素材そのものの甘さにこだわったトマトの生産に注力する。

「おかしなトマト」とは?(画像提供:恵那川上屋)

冒頭で紹介のとおり、「おかしなトマト」は2021(令和3)年11月から恵那川上屋の店頭で販売開始、生果のほか、トマトピクルスやコンポート、トマト大福などが並ぶ。生果は同社オンライショップや「ポケットマルシェ」、東海地域のスーパー等でも販売されている。菓子等の加工品は恵那川上屋のスタッフが何十、何百という試作を準備したといい、順次、店頭への展開も進めていく計画だ。

売り場を変えれば売れる!〜生果のマーケットクリエイション

「おかしなトマト」のスタートにあたって、鎌田社長は生果のバリューチェーンの変革も見据えていたようだ。

フルーツトマトとも呼ばれる高糖度トマトは、野菜売り場の店頭で「糖度」を前面に押し出して販売されることが多い。しかしながら、人の味覚は甘味以外にも酸味やうま味、においなどを総合的に評価するため、糖度だけを取り上げても消費者にはイメージしづらく、価値が伝わりにくいようだ。加えて、高糖度トマトの生産は各地で年々増加しており、ブランドとして差別化するためには飛び抜けたものが必要となっているという。
今回のプロジェクトが目指す農家収入の向上に向けては「おかしなトマト」の差別化・高付加価値化が不可欠であり、他の高糖度トマトとの違いをいかに打ち出していくかが、最大のポイントだったと鎌田社長の説明に力が入る。

そこで、鎌田社長は自社店頭、お菓子売り場に回答を導き出す。
砂糖を用いて甘味をコントロールする専門家である菓子屋に置かれたトマトなら、自然と「お菓子らしさ」を想起でき、高い糖度であることがすんなりと受け入れられやすいと見込んだ。従来のトマトらしい青臭さを持ったトマトが苦手な人も手を伸ばしやすいだろう。しかも、菓子屋だから、そのままの生果に加えて加工して売る選択肢を加えることも自由だ。結果、高付加価値を実現でき、その利益の生産者との分配も見通すことができたと話す。
とは言うものの、「当初、売り先がわからなかった」と当時を振り返る鎌田社長に、「(恵那川上屋の)店で売れると思うよ」と背中を押したのは木内社長だったという。

今回、鎌田社長は高付加価値を受け入れてもらえる売り先を模索する中、量販店の野菜売り場で他の高糖度トマトと並べ、比べられることの厳しさを実感したという。通常の野菜売り場の陳列では、厳しい競争のなかに新商品を投じ「競争」に勝ち残り続けなければならないという現実があった。これを回避するため、自社店頭で販売することも含め、野菜売り場とは別の売り場での販売検討を進め、量販店でも関連する自社菓子類とのセットで野菜売り場以外の陳列を考案したと楽しげに振り返る。

「おかしなトマト」は、一粒一粒、糖度センサーを通し糖度の高いものを厳選している。数ある高糖度トマトと比べても、うま味を残しながらもトマト独特の青臭さを抑え、甘く食べやすく作られているという。お客さまからは「お菓子のように甘い」「マスカットのよう」「サラダの付け合わせでなく、食後のフルーツ」といった声が日々寄せられ、このトマトを買いにくるリピーターも増えていると自信を見せる。

「おかしなトマト」販売の様子

売り場でのお客様の声の紹介

生果販売を補完する一次加工の拡充

「(収穫が始まる)11月はあまりトマトの味が乗らない。糖度が上がりきらないものは冷凍しておき、翌8月の閑散期に一気にジュース加工して、9〜10月の栗きんとん販売のピークにセットで売り切る」と、鎌田社長は今後の販売戦略を語る。
恵那川上屋では、トマトを用いた菓子の開発とともに、ジュースやピューレなどを一次加工する時の温度帯や栄養価の調整にも着目して取り組むという。「おかしなトマト」で作られたトマトペーストは加工により糖度13度を超えてきており、商品性の拡充が進む。一方、冷凍トマトのままでも、家庭で調理を楽しむ「ママシェフ」層に向け、ジャム等の調理素材としてアプローチしていく道筋を固める。
余談ながら、製菓専門学校を経て恵那川上屋に入社したスタッフの中でも一次加工の研究開発に関心を持つ若手も出ており、人材確保にもつながっていると笑う。

「おかしなトマト」を通じ目指すもの

鎌田社長は「おかしなトマト」の順調なすべり出しをもとに、将来の地域の栗生産の担い手確保に向け、栗と冬春トマトの複合経営のモデル化を進めたいとする。
20a程度のハウスでの「おかしなトマト」と1haの畑での栗生産に、恵那川上屋での全量買い取りを加えた年20百万円の収益確保をモデルとして、地元への新規就農者の呼び込みを目指す。また、ハウスの整備には大きなコストがかかることから、恵那川上屋でのハウスのリースも視野に検討していくと前向きだ。

恵那山ファームでは大容量でトマトを販売し、恵那川上屋店頭での販売と違った魅力を創出している

一方、恵那市でも地域の産業基盤としての農業を強化するため、企業等の立地と再投資を促進する目的で設けられた「恵那市企業等立地促進条例」を2020(令和2)年に一部改正し、従来は認められていなかった農業参入案件に対しても施設・機械設備の導入経費などの支援を行うこととしたと聞く。
「おかしなトマト」で始まった栗とトマトの複合経営モデルに、恵那市としても雇用と地域農業双方の活性化を期待する。「将来、子どもたちに恵那が寒い冬にもトマトを作るようになった背景を伝えることができれば」と、井手さんは農業の新しいかたちに広がる地域農業の未来を展望する。

今後の展開~「おかしな大地」ブランド

恵那川上屋では、前記のとおり「おかしなトマト」に続き、同社の製糖工場のある種子島の安納芋をはじめ、各地でのお菓子の素材探しの中で発見した野菜やその加工品などを、「おかしな大地」ブランドのもとに野菜のおいしさの新たな展開計画を進める。「おかしな大地」ブランドでは、農とのつながりを強みに、生鮮品のロスを抑えつつ健康に配慮した商品展開を図っていく方向という。
加えて、興味深い取り組みとして、栗の鬼皮をはじめ、野菜等の粉を使った機能性を付加した各地の「ご当地サブレ」を製造、新たな家庭のおやつや各地での手土産品を開発していくことも、「おかしなトマト」の生産・販売の延長上の戦略として掲げる。
鎌田社長は、このプロジェクト全体を振り返って、チームでの取り組みでは「責任」でなく「仕事」が重要であると置き、「チームワークはそれぞれの仕事を全うすることだ」と語る。今回ご紹介した「おかしなトマト」プロジェクトでは、次の世代に続く食と農のバリューチェーンの構築に向け、当機構のメンバーである恵那川上屋と恵那市、サポートを担う和郷のそれぞれのプロフェッショナルが「仕事」を全うしたことがスムーズな事業構築につながったものであることが窺える。
「おかしなトマト」のような地域農業の新たなビジネスモデルが、当機構に限らず、さまざまなプラットフォームを通じ「仕事」を全うする中で、多様な作目で横展開されることを期待してやまない。

(中部支部事務局長 内田文子)

<概要>
株式会社恵那川上屋(https://www.enakawakamiya.co.jp/com/company.html
代表者 : 代表取締役 鎌田真悟
従業員数: 290人(2022年6月現在)
本  社: 岐阜県恵那市大井町2632-105
設  立: 1964年(昭和39年)6月
資本金 : 8,000万円
関連会社:
和栗JAPANホールディングス株式会社
株式会社和栗Japan熊本栗加工所
有限会社恵那栗
株式会社恵那山ファーム
一般財団法人横井照子ひなげし美術館
株式会社信州里の菓工房

恵那市(https://www.city.ena.lg.jp/shiseijoho/enashinoshokai/3394.html
人 口:48,014人(2022年5月1日時点)
世帯数:19,858世帯
面 積:504.24平方キロメートル