青果部門では日本一の取り扱い規模を誇る大田市場。その中で、高品質の青果物の流通を行いながら、従来の仲卸業務の枠を超えたイノベーションを起こす株式会社大治(だいはる)。
今回は、大田市場に同社を訪ね、代表取締役社長の本多諭氏にお話を伺った。
大治の創業は1949(昭和24)年、本多諭社長(以下、本多さん)の祖父が神田市場でじゃがいも・玉ねぎを専門とする仲卸業者として開業したのがスタートで、本多さんは三代目にあたる。
主な顧客は紀ノ国屋や成城石井などの食品スーパーや飲食店。大田市場の仲卸業者は小売店向けに特化した会社が中心だった中、2003(平成15)年の食品スーパーの不況を契機に、取引先を外食産業・飲食店に拡げた。その結果、飲食店向けの事業は成長し、売上比率は食品スーパーと飲食店で55:45くらいとなるに至った。
ところが、先の新型コロナの影響により2020(令和2)年の春にはこの飲食向け事業が大打撃を受ける。
そこで、直ちに、個人宅配事業(EC事業)の展開やSNSでの情報発信などコロナ禍で塞がれた販売先との接点回復に取り組むとともに、改めて将来に向けての事業戦略を考えたという。
新たな事業テーマとして設定したのは、出口づくり戦略としての「『有機農産物』と『東京野菜』の消費拡大」だ。本稿では、これまでの同社の取り組みを振り返るとともに、現在、取り組みを進める事業戦略についてご紹介したい。
まずは、新たな事業戦略のベースとなる当社の強みとこれまでの取り組みに触れたい。
同社では、高級スーパーや飲食店など、厳しいバイヤーやシェフのオーダーに応えうる高い品質とそれを実現する機動力を有する。
大治は、かねてよりパッケージングや小ロットでの配送を得意としてきた。また、早い時期から、市場内に有機小分けパックセンターを創り、2003(平成15)年には大田市場初の有機小分け業者に認定されている。
こうした対応は、もともと、祖父の時代に生まれたスーパーマーケットからのニーズに基づき小分けのパッキングにいち早く応えたのが始まりだったという。それまでの仲卸は小分け包装という機能を持たなかったが、現場ニーズをくみ上げ、箱から出し小分け包装しながら品質チェックを重ねてきた経験が、現在の大治の競争力の源だ。
加えて、さらに高いレベルでのパッケージングや小ロット配送に対応できるよう、2011(平成23)年には低温物流センターを開設。気温の上がる夏場でも鮮度を維持できる温度帯でのピッキングや、スーパー向けの小分け作業など、箱から出して出荷する過程での鮮度維持にも目を配る。
同社では、自社の配送網を活用して都内近郊を中心に自社でのルート配送を行う。30以上のコースで、神奈川、埼玉、千葉の約1,000店舗以上の飲食店に深夜便、早朝便、1便(午前)、2便(午後)の体制で商品を届ける。これだけの配送網を自社で持つ仲卸は珍しいと本多さんは話す。
さらに、ドライバーは単なる運搬でなく「御用聞き」としての立ち位置で、販売先のニーズを収集する。そして、これは自社の営業社員だけでなく業務委託先のドライバーにも一体感をもって取り組んでもらっていると、その情報収集力に自信を示す。
また、顧客ニーズに合わせ、一部では精肉店などとの共同物流に取り組み、ワンストップ型の機能提供を進める。2017(平29)年には、水産物でも同様の配送ができるよう大治水産を設立している。
生産者とのネットワークは同社の特色と言えるものながら、その中でも、地元となる東京の生産者とのつながりの強化に力を注ぐ。
1998(平成10)年、練馬区の農家との直接取引から始まった「東京野菜」プロジェクト。現在は23区内や清瀬市などの多摩地区から伊豆諸島、小笠原まで広がっている。先述した物流網を用い、東京の畑で収穫した新鮮な野菜をその日のうちに集荷し、当日集荷・即日配送を実現する。また、「東京野菜」の生産者は、ほとんどが「東京都エコ農産物認証制度」*の認証を受けており、単なる地元産という以上の価値を提供している。
*東京都エコ農産物認証制度とは、土づくりの技術や化学合成農薬と化学肥料削減の技術を導入し、都の慣行使用基準から化学合成農薬と化学肥料を削減して作られる農産物を、都が認証農産物の安全性を確認しPRする制度。生産者は、認証農産物に認証マークをつけて販売することができる。
新型コロナ禍で大打撃を受けた大治だが、消費者が野菜を食べなくなったわけではないということを再確認する。そこで本多さんは、これからの事業戦略立案に向け、① 消費と直接つながる販売の仕組み(接点)を作る必要性と、② 仲卸で蓄積した経験を活用して、自社でしかできない新たなチャレンジをするべきと整理した。
そこで、アフターコロナでの同社の事業戦略のテーマとして、先述の「『有機農産物』と『東京野菜』の消費拡大」を掲げ、その実現に向け、『3本の矢』として、以下の3つの施策を打ち立てた。
それぞれ興味深いテーマながら、まず先に、3番目の「矢」となる「千菜一遇農en」について取り上げたい。
本多さんは、農業を取り巻く諸課題の解決に向けては、消費者に農業に関心を持ってもらうことが出発点と着想した。そのため、「どうやって生産と消費をダイレクトにつなげるか」という観点から、農業や食品と関係ない企業との連携構築を考えたという。
対象とする企業の従業員も消費者であるということをベースに、「千菜一遇農en」(以下、「農en」)は2022(令和4)年に生産者と企業が農業体験を通じて直接つながるプラットフォームとしてスタートした。そしてスタート後、様々な試行錯誤を重ね、「農en」は単なる企業向けの体験農園として従業員の福利厚生等を図ることだけにとどまらず、利用企業における環境対策や地域貢献などに向け同社がアレンジできるよう革新を続ける。
収穫した農産物は、そのまま持ち帰り消費することも可能だが、ロットがあれば加工品を作り、企業のノベルティ等として活用することもできる。そのほか、子ども食堂への寄付や福祉施設との連携といったメニューも同社がサポートする。このため、企業価値向上に向けた企画作りでも、企業の担当者の負担を増やさず取り組むことが可能だ。
これまでの事例では、収穫した野菜から作られたピクルスの参加企業の販促品としての配布や「農en」ユーザー企業の顧客を招いた収穫体験イベントなどに活用されているという。また、新宿のサッカーチームをハブとした新宿区役所等を巻き込んだ地域の活性化の事例も特筆すべきものとして挙げられよう。(詳細は、同社千菜一遇農enホームページを参照。)
企業ニーズと農家メリットを合体
本多さんは、「農業体験をすることで農業を身近に感じさせることができるが、単なる農業体験だけでは、企業がこの「農en」事業を実施するメリットとしてインパクトが薄い」と分析する。1年目はコロナ禍によるリモートワーク対策の福利厚生としてスタートしたが、2年目からは、企業がSDGsや地域貢献といった実践したいが具体的に何をすればいいかわからないといった相談にも対応しながら改良を続けている。
例えば、カーボンニュートラルで企業価値を向上させたい企業に対して、畑に二酸化炭素を大量に含む 「高機能バイオ炭(くん炭)」を撒くことで、カーボンニュートラルの取り組みとして価値を付加させることを提案。企業の福利厚生プラスSDGsの取り組みとして実を結んだ。
この取り組みは、生産者にとってのメリットも大きい。まずは、くん炭利用といったような、消費側の認知が低く価値の訴求が難しいものについて、現地で効果や意義とともに野菜が育つ過程を見せることで「農en」 利用者の理解や共感につながる。また、「農en」 のサービス利用者という形で企業が顧客につくことで、リピートオーダーも多く生産者の売上の安定につながっているという。そして何より、通常の収穫収入に加え、農地利用料という安定収入が付加されることで、生産者の収益アップにも直結する。
なお、「農en」 は、わずか2アール(20m×10m)から始められ、トライアルや地元の中小企業など、少人数でも借りやすいサイズになっている。土地を提供する農家は「東京野菜」の生産者でもあるが、小規模農家が多いため、「農en」が小さいサイズであることは、提供側にも好都合のようだ。
より持続的な関係性 〜広告付野菜販売モデルからの発想
本多さんは、「農en」の企業側のターゲットを食品に直接関係しない企業だと明言する。実際、「農en」の利用企業は、金属、自動車販売、サッカーチームなど多岐にわたる。ここまでターゲットを明確にし、かつ小さい規模から始められるようにしたのは、「農en」事業着手の前、2019(令和1)年8月に取り組んだ企業広告付野菜販売モデルがヒントになったという。
文字通り野菜に企業広告をつけて販売したこのモデルは、当時マスコミ等でも多く取り上げられたが、企業が一時的に賛同するイベント的なものに止まってしまったとの反省がある。持続的なビジネスモデルとするため、利用企業にも農家にもメリットが出る仕組みと、各々の負担を軽減することをポイントに考えた。
もう一点、広告付き野菜に取り組んで気づいたことがあるという。それは、体験を通じて親しみや理解を深めていくには「東京」という広いエリアでなく、食品と直接関係しない「企業」と特定の「地域」といった顔の見える範囲の関係性構築に価値があるということだ。このことから、農家と特定の企業について、その立地する市町村等の自治体とも結び、農業で企業と自治体が連携してカーボンニュートラルや地域貢献等に取り組む。その取り組みを関係する市外の人々がふるさと納税のような形で応援する、といったアイデアも拡がっているという。この「農en」事業の進化には、引き続き注目したい。
本多さんが大手高級スーパーを経て大治に入社したのは1996(平成8)年。早くから本業の経営に関わるとともに、数々の社内ベンチャー事業に取り組んできたという。
2003(平成15)年以降、青果販売と惣菜販売がセットになったハイブリッド店舗や、東京野菜専門のビストロ、野菜中心の弁当の製造販売にもチャレンジしたが、いずれも大苦戦したと苦笑いする。しかし、ここで野菜の利用者側の経験をしたことで、本多さんは、「自分が客になった時、それを使う人のことが見えていなかった」と顧客視点の重要性を実感できたと話す。
また、仲卸としての「サービス」と「課金」(費用請求)の線引きがあいまいだったことにも、あらためて気づかされたという。
仲卸は、卸売業と小売、飲食店、外食、消費者など、さまざまな関係者のまさに仲立ちをする「調整役」の立場だ。営々と続けてきたパッキングやタイムリーな配送対応など、大治も時代の要請に合わせて何度も自らを変化させてきた。
しかし、そうした機能提供にかかる労働時間の増加などのコストは当事者間以外には意識されにくくにくく、空気や水のごとく扱われてきた。本多さんは、このような現状についても、「便利さが日本を貧乏にする」と警告し、新たな提供機能を適正価格に変えていかないと、農業生産も自身のビジネスも成り立っていかないと表情を引き締める。
これからの見通しとして、本多さんは、単に安く買いたたこうとするプレイヤーはいずれ買い負けていくだろうと予想する。しかし、そもそも現在の慣行農法の農産物の価格でさえ、最近の基本法改正の議論でも取り上げられているように適正とは言えないと指摘する。
その中で同社では、健康のためだけでなく環境にもよい有機栽培に力を入れつつ、新たな価格形成の取り組みにアイデアを絞る。これが、先述の「3本の矢」の前2つだ。
慣行農法の農産物より価格が高い有機農産物だが、有機が高いのでなく、慣行を含めた農産物価格の両方を適正化していくべきだと本多さんは指摘する。その上で、同社では、有機農産物に対し、以下の取り組みを進めている。
物流:「ラストワンマイル」の役割分担の見直し
一般に、有機農産物は農家から消費者への直送、つまり宅配便が多い。これが送料を割高にし、有機農産物を割高にする大きな要因となっているとし、この見直しに向けて、有機農産物物流も、市場側に任せればコストが下げられると本多さんは提案する。
たとえば、市場便を活用し有機農産物を共同配送に加える形で、10tトラックで大田市場まで届けられるよう仕組み化ができれば、コストは大きく下げられるだろうと予想する。
そして、その際にネックとなる消費者への接点となる「ラストワンマイル」については、有機農産物受け取りポイントとして、スーパーやコンビニエンスストア等の小売店を活用できないかと構想を詰める。大治などの仲卸が、市場で受け取った有機農産物を小売店まで運ぶ仕組みを持っていることがポイントだ。
小売店等には、農産物専用の受け取りボックスを設置するような形ではなく、商品として手数料を発生させる形で連携を促す。小売店の機能である「物販」に「受け取り」の機能を付加し、地方から東京の市場までは市場物流が担い、消費者は店舗で受け取ってもらう形をイメージする。これにより店舗に人が集まるような流れになれば、より消費者にプラスになるし、店舗にとっても荷物の受け取りに付随して消費者の集客につながるというメリットも加わる。
流通:スーパーマーケットでの有機農産物扱いの拡大
また、有機農産物は、生産者から消費者へ直送される相対取引が多く、スーパーマーケットの売り場はまだまだ小さい。物販スペースの関係で見落とされがちとなっており、これが売れ残り等の発生というコスト増、ひいてはスーパーマーケットの取扱量増加のブレーキにもつながる。
そこで本多さんは、有機農産物がスーパーマーケットに置かれる量を増やすこと、それから有機農産物が目立つよう色やデザインを共通化して、有機JAS農産物の可視化をしてはどうかという検討も行っている。
消費者マインド:考え方をどう変えるか
一方、物流でコストを圧縮しても、有機農産物は、依然として慣行の農産物より価格が高い点は動かしがたい現実だ。消費者の意識をどう変えていくかが、最終的に課題となる。
「有機が高い」ではなく、有機にしても慣行にしても、いずれもが適正な価格にならなければいけないと本多さんは説く。先に触れた「農en」事業が、消費者の方々にそもそも今の価格は妥当なのか、価格を見つめ直し、意識を変えるきっかけにつながっていくことを期待する。
需給バランスの調整:農産物の海外輸出を通じた価格の適正化
本多さんは、慣行農産物を含め、国産農産物を海外に打ち出したいと提案する。まだアイデアベースと前置きをしたうえで、出荷2週間前の情報により海外取引との優劣を判定できるレベルの出荷予測ができれば、この予測に基づく国内における農産物の供給過剰の調整弁として輸出することで、農産物の需給調整に極めて有効になると力が入る。
すでに同社では、シンガポール、マレーシア、香港などに青果物や海産物を輸出しているが、将来的にベトナムの現地法人を通じた同国との取引にも取り組むことも検討している。「WAGYU JAPAN」のように、品質とデザインを際立たせたオーガニック農産物をプレミアムなものとして輸出していくことができれば、販売価格の適正化につながっていくものと本多さんは将来構想を語る。
大治は、創立以来70年、自らの立ち位置を変えることで生き延びてきたと本多さんは自己分析する。高品質な青果物を小ロットで届けるという創業以来の強みを活かしながら、大きな変化に直面しても次々とアイデアを生み出し機能強化を続けてきた。
戦後の青果物の生産、流通、消費の変化の間を取り持つ仲卸という大きな役割のもと、あるものをうまく活用し、様々な機能発揮を続けてきた柔軟な姿勢が、これからも生産者と消費者を結ぶことをより深めていく力となる。
持続可能な農業への大きな貢献を果たしている大治のさらなる役割発揮を期待したい。
(中部支部事務局長 内田文子)
企業概要
会社名 :株式会社大治 (https://daiharu.co.jp)
代表者 :代表取締役 本多 諭
所在地 :東京都大田区東海三丁目2番6号