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食×農の現場から
REPORT | 2024年6月24日

「SDGs未来都市」・「発酵によるまちづくりを目指して! ~岐阜県恵那市~

現在、全国各地で人口減少対策が課題となり、各自治体ではさまざまな形で自らの魅力発信に取り組まれている。そのそれぞれでの取り組みが競われる中、地域に根差す「発酵食品」に狙いを定め、「発酵のまちづくり」を目指す自治体がある。
当機構会員であり、機構の地方自治体向けトレーニーにこれまで累計4名の職員を派遣を行うなど、積極的な人材育成にも取り組まれている岐阜県恵那市だ。

そもそものきっかけは、NPO法人発酵文化推進機構の代表を務める小泉武夫先生と小坂喬峰市長との出会いだったという。小泉先生は、東京農業大学名誉教授で発酵学の専門家として有名だが、発酵食品に関する民間資格「発酵食品ソムリエ」を養成する「発酵の学校」の校長を務め、広く発酵文化の普及・啓発に取り組まれている。
一方、2016年に就任した小坂市長は、「はたらく」「たべる」「くらす」「まなぶ」を政策の柱とする。このうち「たべる」については、2021年度に、食と農の連携をさらに推進するため「たべる推進計画」を策定。食と農の連携を強化し、地元の農業と飲食に関係する産業の振興を通じた地域活性化をリードする。

恵那市たべる推進計画

今回は、この2人の出会いを契機に、昨年11月に開催された「第13回全国発酵食品サミットinえな」の取り組みを紹介するとともに、同市が掲げる「恵那市発酵のまちづくり」が目指すものについて触れてみたい。

全国発酵食品サミットの開催に向けて

まず、冒頭にご紹介する「全国発酵食品サミットinえな」は、2023年11月25日、26日の2日間、恵那文化センターをメイン会場として開催された。好天にも恵まれ、2日間で、市内はもちろん全国各地からのべ約1万8千もの人が集まる盛大なイベントとなった。

「全国発酵食品サミット」は、小泉先生が会長を務める「全国発酵のまちづくりネットワーク協議会」が中心となって、発酵食文化のすばらしさを全国に発信するとともに、日本各地に残る「発酵」に光を当てることで、地域の活性化に寄与することを目指すイベントだ。2008年から、上記協議会に参画する全国各地の自治体で開催され、今回で13回目になるという。

コロナ禍による3年間の休止後、2022年に開催された秋田県横手市での開催を引き継ぎ、この大きなイベントを牽引した恵那市農林課の西尾賢二郎課長補佐と堀康仁係長にお話を伺った。

恵那市・堀康仁係長

身近すぎる「発酵」への関心を広める

岐阜県恵那市は、中山道46番目の宿場町である「大井宿」で栄えた歴史を持ち、今でも市内には、昔からの風景が保存された宿場町や城下町などの歴史文化が薫る。古くから味噌、醤油、酒、漬物などの発酵食品を使った伝統的な食文化が各地に残っており、発酵食品の源となる「麹」を作る麹業者も存在する。独自の発酵食品「するめの麹漬け」など、生活に密着した発酵文化が息づく地域だ。

中山道大井宿(出所:恵那市観光協会ホームページ)

岩村醸造。発酵サミットでは甘酒づくり体験会を実施(出所:恵那市観光協会ホームページ)

そんな恵那市では、2021年度から新たな市の魅力づくりへの取り組みとして、前述の「たべる事業」の1つに「発酵」を選んだという。ところが、この事業を企画・牽引する担当となった堀さんは、当初、「発酵が身近にありすぎて、発酵で人が呼べるのか、産業を活性化できるのかピンとこなかった」という。この状態に直面し、担当部門として、1年かけて発酵食品を理解する中で、「発酵は郷土料理を始めとした生活に根付いていて、誰でも参加でき、関われない人はいないことに気付いた」と振り返る。

今回のイベント開催に向けた検討を進める中、「発酵」は食と農のつながりを作りやすく、経済活動にも強く結びついているという側面をあらためて確認し、発酵を切り口に新たなまちづくりを進めていく方向性を固めていった。
しかし、一方で、市内では発酵が生活に密着しているがゆえに、自分たちの持つ発酵文化の魅力に気づいておらず、伝統食を受け継ぐ発酵関連の事業に携わる方々とそうでない一般の方々との間での発酵文化に対する認識のギャップに直面したという。このギャップを行政主導だけで埋めていくのは難しいと考えた恵那市は、発酵を市民活動へと広げていく旗振り役となる市民の養成に着手することにした。

具体的には、発酵食文化の啓発と推進を担うことができる「リーダー」として、NPO法人発酵文化推進機構が認定する民間資格である「発酵食品ソムリエ」の養成に取り組むこととしたという。小泉先生にもアドバイスを仰ぎながら、2022年と23年の2年間、地方都市では初となる「発酵の学校」のサテライト教室を市内に開設し、助成金も出して市民の参加を促した。その結果、この2年間で、市外在住者も含め92人の「発酵食品ソムリエ」が誕生したと力が入る。

市の狙いは奏功し、ここで認定された「発酵食品ソムリエ」の方々が主体となって、当日のワークショップやパネルディスカッションなど会場のあちこちで発酵食文化の魅力を来場者に発信。これからの市内イベントの牽引役としての役割発揮にも大いに期待していると話す。

「全国発酵食品サミットinえな」

これらの環境整備も進めつつ取り組んだ今回のサミットでは、「発酵で旨い!健康!キレイ!楽しむ!体験しよう 欲張りサミット」をテーマに、盛りだくさんのイベントが開催された。
2日間のステージイベントでは、開会式と小泉先生の基調講演を皮切りに、パネルディスカッションや俳優の財前直見氏と小泉武夫氏によるトークショーなどが開催され、多くの市民がさまざまな発酵の魅力を体感した。いくつかのイベントを紹介する。

開会式・基調講演

開会式では、小坂市長と「発酵食品ソムリエ」代表の皆さん達からサミット宣言が読み上げられ、次回開催の千葉県香取市が紹介された後、小泉先生から基調講演となった。
基調講演では、「世界の発酵食品」をテーマに、発酵の仕組み等がわかりやすく解説されるとともに、先生の豊富なご経験に基づく世界の発酵食品が興味深く紹介された。

恵那市・小坂市長と小泉武夫先生

参加者が発酵サミット宣言を読み上げた

パネルディスカッション

パネルディスカッションでは、「発酵による未来の私たち〜SDGsのまち・えな〜」をテーマに、市内の「発酵食品ソムリエ」や岐阜県立恵那農業高校の生徒らがパネリストとして参加し自らの取り組みを発表した。

パネリストの安江さんは、自身の家庭食の歴史を紹介。自身が嫁いだ頃は、どこの家庭でも年の暮れになると保存食として、新巻鮭や塩鰹、するめの麹漬けを家庭で作っていたと紹介。現代は塩分を控えめにする風潮が強くなっているが、塩を加えないとあの味にならないと懐かしむ。
また、お住まいの恵那市中野方町独自のレシピとして、油揚げを麹、甘酒や醤油で漬けたあと焼くという食べ方も紹介。この食べ方は、市内でも限られた地域独自のものらしく、南北に広い恵那市の発酵文化の多様性をうかがわせる。

同様に、パネリストの藤井さんからは、発酵について学ぶ中で、自宅でも麹を使った調味料を作るようになったと発酵への関心の広がりを語る。また、発酵を通じ、生ごみの堆肥化にもチャレンジするようになったと、バッグ型コンポストを紹介した。

恵那農業高校では、1年かけてじっくり熟成させた「農高真心味噌」を毎年製作。ふるさと納税の返礼品や、学校給食のレシピを考案する時にも、発酵の技術を活用していると発表した。

「するめの麹漬け」はマルシェ会場でも販売されていた

恵那農業高校の発表。SDGsのテーマに合わせた研究を発表

発酵“わくわく”トークショー

2日目、俳優の財前直見氏と小泉武夫氏によるトークショーにも多くの参加者が詰めかけた。

子どもが生まれたのをきっかけに故郷の大分県に移住した財前さんは、大分暮らしも17年目になるとのこと。幼い頃から発酵食が身近だったという財前さんは、自宅に畑を持ち「四季とともに収穫するから、保存をしなければ」と、自らも発酵食品づくりに熱心だ。

毎日食べる甘酒は、餅米や雑穀など18種類が含まれたもの。こうじ納豆を大量に作って冷凍保存し、黒にんにくは醤油麹漬けにしていると話す。梅を砂糖と醤油で漬けた「梅の醤油漬け」は、小泉先生も「初めて食べた」と目を丸くする。
日本独自の麹菌から発酵文化に惹かれたと熱心に発酵の良さを語る財前さんに、小泉先生は「“発酵仮面”として認定します」と笑いを誘った。
このコーナーではそのほかにも、小泉先生がさんまのなれ寿司や碁石茶など、各地の発酵食品を試食。効果や食感を軽妙なトークで紹介し、参加者を楽しませた。

ワークショップ・体験、観光ツアーなど

メイン会場では、米・麦・豆の味噌汁のお好み投票や、恵那農業高校の生徒によるパン作り講座など、多くの企画が運営されていた。出展のあった大手乳酸菌飲料メーカーからは地元の農産物を使ったドリンクなども振舞われ、それぞれの知識や得意を生かしたコーナーが光っていた。

メイン会場となった恵那文化センター敷地内に多数用意された販売ブースでは、全国各地の発酵食品が販売され、その魅力や食べ方の紹介等により交流が拡がるとともに、地元発酵食品の販売では多くの方々が舌鼓を打っていた。また、この文化センター以外でも、地元で愛される日本酒「女城主」の岩村醸造の酒蔵を訪れて作る甘酒講座や、発酵の専門家と一緒に恵那の景色を眺めながら発酵食品に舌鼓を打つ「発酵列車」ツアー等のイベントが企画・開催され、各地から訪れていた人々が発酵と観光を楽しんだ。

高校生による体験コーナー。発酵の原理で風船がふくらむ様子に驚く子どもたち

食べ物の独特な発酵臭を体験するコーナーには多くの人が立ち寄った

サミット前の取材時には、「発酵に関する市民活動は、これまでの開催市に比べて決して大きくなかった」と少し心配そうな様子だった西尾さんだが、「発酵」が恵那市民の生活に深く根ざしているからこそ、広がりのある企画が実現したのだろう。

「発酵のまちづくり」のこれから

恵那市では、このイベントを起爆剤として、2024年3月には、「発酵のまちづくりビジョン」を策定した。このビジョンでは、次の3項目を掲げる。

  1. 日常に発酵食品を取り入れることを推進し、市民の健康維持・増進を図る。
  2. 郷土の発酵食品・発酵文化を若い世代に伝え、恵那の特色ある発酵を次世代への伝承を図る。
  3. 市内産農産物を使用した発酵食品の開発と発酵で観光客を誘致し、地域経済の活性化を図る。

1.の「発酵を通じた健幸づくりと伝承」では、引き続き、発酵食品ソムリエ育成事業として「発酵の学校」の開催を継続するとともに、小学生を対象とした味噌づくり教室を開催、裾野の拡がりを進める。2.の「発酵商品の活用と開発」として、市内事業者による発酵食品新商品開発の助成や発酵食品ソムリエによる発酵食品開発のサポートに取り組む。3.の「発酵グルメによる観光誘客と地域産業の発展」として、諸イベントでの発酵にかかる出展や発酵の拠点整備検討等とイベント後の施策も盛り沢山だ。

恵那市は、2022年に総務省のSDGs未来都市に選定されており、地消地産とSDGsの推進に取り組む飲食、宿泊、食品製造等の市内事業者の認証制度等もスタートさせている。SDGsとも関係の深い発酵文化浸透への取り組みを通じ、特色あるまちづくり推進の効果に期待が膨らむ。

また、その一方で、各地での「全国発酵食品サミット」開催を通じ、全国規模での持続可能な社会の実現に向けた「発酵文化」の拡がりにも注目していきたい。