長野県の南部、伊那谷の中央に位置する飯島町。東京から車で3時間、名古屋からは2時間半の場所にある。東側には南アルプス、西側には中央アルプスが広がり、「ふたつのアルプスが見えるまち」として知られている。
町内には中央アルプスを源に流れ出す与田切川が深い渓谷を作る。四季がはっきりした内陸性気候ながら、夏は台風の被害が少なく、冬の積雪も少ないため、県内では比較的過ごしやすい地域という。この環境を活かし、水稲やアルストロメリアなどの花き栽培などの農業が盛んだ。
町では、こうした環境を活かし、2022年4月に「iiネイチャー春日平」をオープン。高台にある休耕田に5台のトレーラーハウスを設置し、家族はもちろん、企業や団体の合宿やワーケーションを受け入れる。
今回は、当機構会員で機構の地方自治体向けトレーニーに職員を派遣いただくなど、地域活性化に向け連携した取り組みを行っている飯島町で、「iiネイチャー春日平」の運営など、関係人口創出に向けた環境整備等を担当する地域創造課 環境循環ライフ構想推進室の矢原室長にお話を伺った。
当初、「iiネイチャー春日平」では、コロナ禍で都会を離れた地方でのワーケーションの受け入れを目論み、「飯島流ワーケーション」の構築をキーワードに、施設や受け入れ体制の整備を進めてきた。しかし、アフターコロナ下の状況変化を踏まえ、町全体の資源を活かしてより幅広い層の人々を受け入れられるよう戦略を変更。現在では観光交流の拡大などをにらみ、受け入れターゲットやサービスなどの見直しを進めているという。
人口8,800人ほどの飯島町には、3か所のキャンプ場とグランピング施設、コテージなどの、アウトドアを楽しめる宿泊施設があり、トレッキングやキャンプなど、自然を満喫できるさまざまなアクティビティが楽しめる。
しかし、アウトドア向け個人をターゲットとした提案だけでは集客が拡がらなかった当時の状況に照らし、ワーケーションに注目することになったという。
ワーケーションとは、説明するまでもないが、「Work(仕事)」と「Vacation(休暇)」を組み合わせた造語で、リゾートや地方など、普段の職場とは異なる場所で働きながら休暇取得などを行う仕組みだ。日本では2017年ごろから登場し、コロナ禍でのテレワークの浸透により注目を集めるようになった。
ワーケーションと言ってもさまざまな形態がある。観光庁では、ワーケーションと、出張先で滞在を延長し旅を楽しむ「ブレジャー」を、次のように類型化している。
飯島町では「仕事に疲れた都市部の企業人」に焦点を絞り、都市部の企業に町内の施設や自然資源を有効活用してもらう「飯島流ワーケーション」の検討を始めたという。その中で、キャンプ場より仕事がしやすく、ホテルや旅館より自然に近い環境でワーケーションを楽しめるよう整備した施設が、「iiネイチャー春日平」だ。
加えて、この施設整備に合わせ、農業体験の持つヒーリング効果にも着目し、専門家の指導を得て、ストレス解消に向けた農業体験メニューの整備を進めるとともに、希望に応じ、「ストレスチェック」を行う仕組みも用意したと振り返る。
「iiネイチャー春日平」のトレーラーハウスは、エリアに5棟が整備され、各棟にリビングや寝室、台所を備えている。トレーラーハウスの目の前には、利用者専用の畑が用意されている。
農業体験プログラムは、季節に合わせ20プログラムを用意。田植え作業や季節の収穫などは人気があり、町では人気のある農業体験に宿泊を組み合わせたプランを作成し、パッケージ化して提供できる仕組みの構築に取り組んできたと話す。
一方、企業向けの取り組みを盛り上げるため、2023年秋には、(一社)ALIVEの協力を得て、「ALIVEプロジェクト」を受け入れ。企業からの参加者20名につき2回に分け訪問を受け入れ、人材交流にも力を入れる。
「ALIVEプロジェクト」とは、社会課題に対し、複数の企業から集まったビジネスリーダーたちが、セッションを通じて課題解決を提案していくもので、オンラインと現地滞在を通じ、多様性のあるチーム体験でリーダーシップを養う。他方、受け入れる自治体側では、外からの人材による地域の魅力の再発見や、普段接することのない企業人材との交流を、自らの学びの機会にすることができる点で効果が期待できるということで、受け入れにも取り組んだと話す。
飯島町では、町が提示した課題に対し、町職員も協働し、参加した企業の方たちとともに解決案を検討、プレゼンテーションまで実施したという。
飯島町では、ワーケーション推進に向け、住民が参加する「飯島流ワーケーション推進協議会」を2021年から開始し、現在では、参画は18団体を数える。
協議会には、地元の農家や飲食店、宿泊施設などが参加し、飯島町での滞在を楽しんでもらうためのメニュー開発などを行ってきている。2023年度は、農業体験プログラムの構築や「飯島流晩酌セット」をはじめとした飯島町らしい「食」の提供、企業向けのモニターツアーの企画実施などに取り組んだという。
企業向けモニターツアーでは、朝からたき火をおこし、地元のパン屋が提供する焼きたてパンを焼く「たき火モーニング」など、気軽に自然を楽しめるプログラムを提供。ここでも、仕事や都会の生活に疲れた人々が、訪れるだけで田舎暮らしの第一歩を体験できるというような企画を考えた。
また、「iiネイチャー春日平」のトレーラーハウス周辺は、芝生を張ったフリースペースとなっている。滞在者はバーベキューをしたり、バドミントンを楽しんだりできるという。ハウス前の畑は、ふだんは近所の方々が世話をし、時期が合えば、宿泊者は自由に収穫することも可能だ。
トレーラーハウスの導入当初、協議会では、都会のサラリーマンが町に長期滞在しながら、農業体験などを通じて地元と交流することで、都会暮らしでの疲れを少しずつ癒やしていくという過ごし方を想定していた。しかしながら、多忙なサラリーマンには、長期滞在は難しい。今後は、農業体験を含めた体験型メニューの提供を通じ、短い滞在期間でも気軽に楽しむことができるような形へのシフトを進めていくという。
また、「ALIVEプロジェクト」の受け入れで、単なる企業研修の滞在場所としてだけでなく、地域住民や職員を巻き込むワークショップ型の研修を受け入れた経験は、「iiネイチャー春日平」のポテンシャルをより拡大させたといえる。今後は、体験メニューの数だけでなく、よりニーズの高いメニューの質を高めて、パッケージ化していきたいと意気込む。
町では今後、「iiネイチャー春日平」を、滞在型観光の拠点施設として、休日や観光シーズンは観光や家族連れをターゲットに、平日は企業研修や学校や福祉施設などの小規模な滞在を受け入れられるよう、民間企業を巻き込んだ事業化を進めていきたいと構想する。
そして、さまざまな「交流」を通じ、地域住民が滞在者と接点を持つことで、少しずつ町を知ってもらい、地域への思いを強めていくことに期待する。「飯島流ワーケーション推進協議会」では、「iiネイチャー春日平」を町の交流人口を関係人口へと変えていく力となっていけるよう協議を続けているという。
現在、町では、「iiネイチャー春日平」のさらなるサービス向上を目指し、長野県が行う「チャレンジナガノ2.0」という制度を活用し、民間企業の参画を募り運営を委ねることで、関係人口創出の一段の加速を目指すという。矢原室長は、この「iiネイチャー春日平」を、飯島町を知ってもらう第一歩となる「滞在型にぎわい創出施設」へと移行させ、この施設の利用をきっかけに千人塚公園などのキャンプ場やグランピングなど、町内に点在する施設の利用を拡げ、滞在者の拡大を進めていきたいと話す。
アフターコロナへの移行の中で、機を捉えた「iiネイチャー春日平」の事業転換と、様々な取り組みを通じた飯島町の関係人口増加の動向に注目したい。
(中部支部事務局長 内田文子)