2020年6月29日
ニュースソクラ 農業ジャーナリスト、山田優
「農業は曲がり角にある」。こうしたフレーズはこれまで何回も叫ばれてきた。あまりに曲がりすぎて農政が方向感を失ったという笑い話があるぐらいだ。今後、離農が加速し、田舎の風景が大きく変わるのは確実。効率的な農業に生まれ変わるチャンスか、それとも農村社会の崩壊を招くのか。日本農業は最後の曲がり角にさしかかっているようにも見える。
農産物を販売する農家の数は2005年に196万戸あった。それが19年には113万戸で4割減った。農水省の外郭研究機関である農研機構の予測によると、2025年には91万戸にまで減少する見込みだ。単純にこの傾向を延長すると、あと20年もしたら、田舎から農家が消え去ることになりかねない。そうなれば、農業が曲がることさえできなくなる。
農家戸数の減少は、政府が掲げてきた強い農業の実現という視点からすれば望ましい姿だ。農水省は1990年代に構造改革政策への転換を鮮明に打ち出した。効率的・安定的な農業経営をめざし、政策支援を一部の担い手に絞った。零細で効率の悪い農家に退場してもらい、その農地を効率的な農家や法人に集めることで強い日本農業を実現しようとしてきた。
民主党政権による全農家対象の戸別所得補償制度による揺り戻しがあったものの、第2次安倍政権で、農業は成長戦略の旗の下で再び構造改革路線を強めた。
スマート農業を駆使した効率的な農業経営が引き継げば、農業生産は減らず、コストは下がり、国際競争力も向上するという見立てだ。政府が企業の農業参入に熱心なのは、こうした構造改革のスピードアップに役立つと考えるからだ。
日本各地で大型の農業経営が生まれている。日本有数の規模を持つ東海地方の稲作経営者は「葬式を回り、その場で農地を借りる相談を遺族に持ちかける」と筆者に明かしたことがある。効率的な農業経営が、行き場のない農地の受け皿になっているのはたしかだ。
筋肉隆々の農家や企業に任せることが農業のあるべき姿--。ところが、政府が描くこんなバラ色の未来に「ノー」を突きつけたのが地方自治体だ。全国町村会は昨年11月、農業・農村政策のあり方についての提言を発表した。
政府の構造改革路線に対し、「農業の生産性を追求し過ぎると地域の働く場やコミュニティー形成の喪失、地域の人口減少や集落の維持発展を阻害する可能性がある」と懸念を表明。国の農政が産業としての農業振興に片寄るのではなく、農村振興や田舎の持つ多面的機能の発揮にも力を入れることを強く求めた。
農家数の急減は農村社会の問題解決ではなく、崩壊に結びつきかねないという危機感がある。首相の成長戦略の具体化を急ぐ霞が関に、実際の現場を抱える自治体から異論を唱えたかたちだ。
一握りの効率的な農業経営に頼るのではなく、零細農家を含めた集落や、農業に関心を持つ若者、都市住民を含めた幅広い関係づくりを通じて農村の価値を高めることが必要だと提言は強調。現行の上意下達式行政スタイルの見直しも迫った。最後の曲がり角が現実味を帯びる中、農政の方向に関心が集まっている。
(ニュースソクラ www.socra.net)