2021年4月27日
ニュースソクラ 農業ジャーナリスト、山田優
イチゴ好きの人なら「とちおとめ」や「あまおう」の名前を聞いたことがあるだろう。東西の横綱産地である栃木県と福岡県がそれぞれのイチゴを20年以上支えてきた。ところが、最近になって全国の産地が目新しい品種を武器に、市場シェア拡大に乗り出してきた。イチゴの世界で下克上は進むのだろうか。
「たしかに私たちも覚えられないぐらいブランドが増えましたよね」
関西圏の卸売市場でイチゴを販売する担当者は苦笑いする。
東京都中央卸売市場のイチゴ取扱量の変化を見ても多様化の流れが出始めている。2013年11月から翌年3月までが、全体で1万6800トン。「とちおとめ」「あまおう」の二つで68%を占めていた。それが今シーズンの20年11月から21年3月の数字は、それぞれ1万7500トンと64%。両品種の地盤沈下がわずかながら進んだことが読み取れる。さらに5位以下の品種を寄せ集めた「その他のイチゴ」の割合が、12%から26%に急上昇したのが象徴的だ。
農産物は年によって価格変動がつきものだ。ところがイチゴの値動きはほとんどない。大半がハウス栽培で作柄のぶれが小さく、安定した消費が下支えしているからだ。日持ちしないため海外からの輸入も脅威ではない。農家にとっては栽培や出荷に手間はかかるものの、確実な収入が期待できる数少ない作目で、都道府県の多くがイチゴ振興を掲げる。
栃木の「とちおとめ」・福岡の「あまおう」という巨人の争いを避けて新興産地が選ぶのが、独自の品種、ブランドだ。
都道府県や民間企業が相次いで新しい魅力的な品種を開発し、市場に投入している。農水省で品種登録されたイチゴは2015年以降だけで58ある。「紅い雫」(愛媛県)、「きらぴ香」(静岡県)、「紀の香」(和歌山県)、「東京おひさまベリー」など個性的な名前がずらりと並ぶ。香りの強さや甘さ、粒の大きさ、果実色などに特色を持たせているのが特徴だ。品種名ではなくて県独自のブランド名で売り込むところもある。
「とちおとめ」「あまおう」の優位は続いているが、イチゴの品種には栄枯盛衰がつきものだ。1980~90年代は栃木の「女峰」と福岡の「とよのか」が全盛を誇った。21世紀を前に栃木県が「とちおとめ」に一気に切り替え、数年後に福岡県が「あまおう」で追いかけ現在に至っている。
現在の主力品種への悪影響を懸念して、両県とも後継品種選びを慎重に進める。仮に大っぴらに「切り替え」を表明した瞬間にブランド価値に傷がつきかねないからだ。
栃木県は「とちあいか」と呼ばれる品種に期待をかけている。収穫時期が早く、価格の高い時期に多く売れる他、病気に強くて糖度も高い。産地で試作が進み、消費者の反応を見極めている段階だ。うまくいけば、数年以内に「とちおとめ」からの切り替えが始まる可能性がある。
一方で福岡県は看板商品の「あまおう」を当面変更する考えはなさそうだ。「今でも市場からは足りない、もっとほしいという声が寄せられる。他産地に比べ販売単価も高く品種の切り替えは検討していない」(福岡県)と説明する。ただ、水面下では将来の後継品種に結びつくイチゴ探しを着々と続ける。市場関係者などを内々に集め有望と思える候補を試食してもらうなど準備は怠らない。
海外ではジャムや菓子などに加工して食べる割合が大きく、生鮮イチゴの1人当たり消費量は日本が世界でいちばん多いと言われている。新たな品種の戦国時代を迎え、イチゴ好きの日本人のハートをつかむ競争が激しさを増しそうだ。
(ニュースソクラ www.socra.net)