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2022年6月28日

「二刀流」による新しい農業経営の可能性

株式会社食農夢創 代表取締役 仲野 真人

 5月某日、筆者は岐阜県恵那市にある株式会社恵那川上屋を訪問した。同社は菓子屋でありながら農業法人を立ち上げ、栗の生産にも参入していたが、今回新たにトマト栽培にも取り組み始めた。その理由を聞くと、「地域の農業を維持するための新たな経営モデルへの挑戦」だった。今回は菓子屋が取り組む新しい農業経営の可能性について触れたい。

◆ 栗の地産地消に取り組むことで栗の産地を復活

 岐阜県の恵那・中津川地区は和菓子「栗きんとん」が特産品として有名であったが、和菓子屋は調達面の問題から鮮度の低い他の産地の栗を使用していた。その結果、地元の栗が使用されなくなり、栗の産地として衰退の危機に瀕していた。
 そこで、恵那川上屋は地元のJAひがしみのを通じて栗農家と連携し、栗の栽培技術としては日本一と言われる故塚本實氏の「低樹高・超低樹高栽培」を導入・普及することで、高品質な栗「超特選栗」の安定生産が可能になった。地域素材としてのストーリー性を前面に出し、さらに高品質の栗を地元の名産品「栗きんとん」に加工することでさらに付加価値を高め、恵那川上屋は恵那・中津川の栗を「地域のブランド」として復活させた。

図表1 超特選栗(左)と栗きんとん(右)

◆ 生産に参入したことで直面した栗栽培の課題

 一方で、生産者の高齢化と後継者不足はすぐに解決できる問題ではなく、現実問題として高齢化によって栗栽培を継続できない農家が増えていた。そこで栗の産地を守るために恵那川上屋は自社で農業生産法人恵那栗を設立し、継続できなくなった栗の圃場を引き受けるようになったのである。
 栗の生産に参入して直面したのが、果樹栽培の経営リスクである。栗を含む果樹は年に1度しか収穫ができない。しかも、5~6月の花が咲く時期に天候が悪いと、受粉が進まずに実の量は減ってしまったり、9~10月の収穫の時期に台風が直撃して実が落ちてしまう。そうなると恵那川上屋としては原料となる栗が仕入れられなくなるのは当然だが、生産者の視点で考えると、販売できる栗の量が減るので収入が減ってしまう(安定しない)のである。

◆ 栗とトマトの生産の「二刀流」による収入源の確保

 栗(果樹)栽培の経営リスクをどうヘッジするか。そこで恵那川上屋の鎌田真悟社長が考え付いたのが、ハウスによるトマト栽培への参入である。ハウスのトマトであれば長期間の収穫が可能となる。栗の収穫時期は9~10月であるが、トマトを9月以降に育て始めることで収穫期間を11~7月とし、収穫期間をずらすことが可能となる。また、栗とトマトの双方から収入を得ることができるようになり、まさに果樹と野菜の「二刀流」によるリスクヘッジである。

図表2 施設栽培によるトマト生産

◆ 菓子屋ならではのブランド化によるトマト販売

 恵那川上屋が目指すのは「二刀流」による新たな経営モデルである。そのため、ただ栗とトマトを生産するだけでなく、トマトにも付加価値をつけるブランド化にも取り組んでいる。自社で栽培したトマトを「おかしなトマト」とネーミングして、菓子屋である同社の店舗で販売している。この売り方には2つのメリットがある。一つは「菓子屋が作るトマトなので甘い」や「お菓子のように甘いトマト」というイメージを持ってもらえることである。もう一つは「菓子屋」という場所で販売することによって、他のトマトとの競合にならないのである。スーパーや直売所で売る場合、トマトは何種類も並んでいるのが一般的である。すなわち他のトマトと競合することになり、価格競争にも陥りやすい。しかし「菓子屋」の中で販売することで、競合がいなくなるのである。

図表3 菓子屋が作る「おかしなトマト」

◆ これからは全く新しい発想が求められる

 このモデルは「恵那川上屋だからできるのでは」と思う人もいるかもしれない。しかし、同社が先んじてトマトのブランドを確立することによって、栗の生産者が実際にトマト生産を始めた時に栗のビジネスモデルと同じように同社が買い取ることも可能になるのである。つまり、ビジネスモデルが確立されていれば、生産者はトマトの生産に専念をすることができる。これまでは6次産業化や農商工連携のように、加工・販売の段階で異業種と連携していたが、これからの時代は「生産」の段階から他の生産者や異業種と連携するなど、全く新しい発想の農業経営が求められる時代に突入しているのである。

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