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2019年5月27日

農業法人のM&A①

弁護士・カリフォルニア州弁護士 大城章顕

 昨今、農業法人のM&Aが注目されています。その背景には、農業経営体の規模拡大による生産性アップや他産業からの農業への新規参入のために、M&Aが利用されるということがあるようです。また、同時に、高齢化に伴う事業承継の一方法として、M&Aが利用できるという点に注目が集まっていることが理由として挙げられます。

農業法人のM&Aの理由

 農業法人のM&Aが徐々に増えており、さらに今後増加が見込まれている理由としては、次のようなものが考えられます。

 ①農業法人の規模拡大
 ②農業への新規参入
 ③事業承継

 一つ目の「①農業法人の規模拡大」は、すでに農業を経営している農業法人が他の農業法人を買収するというものです。
農業就業者の高齢化、後継者の不在により耕作放棄地が増えていますが、耕作地を集約することで耕作放棄地対策になり、さらに生産性向上にもつながります。そのため、国や地方自治体は農地を集約し、農業を経営する農家(プロ農家)を増やしていく施策を進めています。
これまでの多くの事例では、様々な理由から農業を続けることが困難になった個人経営の農家から個別に農地を借りたり、譲り受けたりして耕作面積を増やしていくという方法が一般的でしたが、法人化している農業法人の場合には、その農業法人ごと買い取って規模を拡大していくという方法がとられることがあります。
このように、すでに農業を経営している農業法人が規模を拡大するために、農業法人そのものを買収するというM&Aが活用される事例が出てきており、今後も増加することが予想されます。
 二つ目の「②農業への新規参入」は、農業とは別の業種を本業としている企業が農業に新規参入する際に用いられるM&Aです。農地法が改正され、企業が農業に参入しやすくなってから、様々な企業が農業に新規参入しています。その一つの方法としては、企業が農業子会社を作って農地を借りるというものがありますが、その他にも地元の農業法人・農家と共に農業法人を設立して農業を始めるというものがあります。そして、いわばこの発展型として、新規参入の際に一から農業を始めるのではなく、すでにある農業法人を買収することで農業に参入するという場合があります。
 このような形の農業法人のM&Aは、一から農業を始めるよりもハードルが低い面もありますので、今後増えてくるかもしれません。
 最後の「③事業承継」は、①、②と異なり、買収する側ではなく、売却する側からの視点です。そのため、買収する側が①や②の理由によって他の農業法人をM&Aしようとした場合、売却する側が「③事業承継」のために農業法人を売却することを考えていると、M&Aが成立しやすいと言えます。
農業に限らず多くの企業において後継者不在による事業承継が問題となっていますが、その解決法の一つとしてM&Aが活用されています。農業でも同様に、法人化して農業法人となっていても経営者が高齢になり、後継者がいないという例があります。この場合に、これまで積み上げてきたものを次代につなぐべく、農業法人自体をM&Aによって売却するということがあります。
 M&Aの売却理由としては、この事業承継が理由となることが今後も増えてくることが予想されます。

農業法人のM&Aの形態

 このように、農業法人でも徐々にM&Aが行われるようになってきており、多くの人がこれからは農業法人のM&Aが増加すると予想しています。
M&Aというと、二つの会社を一つにする合併や会社の株式を渡して子会社化・グループ会社化するような株式譲渡などが典型的であり、ほかにも会社分割や株式交換、株式移転など法律にはいくつかのM&Aの方法が用意されています。
しかし、農業法人のM&Aに限っていえば、事業を譲り渡す事業譲渡や、個別の資産(主に農地)を譲渡する単なる資産譲渡の形で行われる例が少なくありません。これは農地法の規制によるところが大きいものの、同時に(少なくともこれまでの農業経営では)事業譲渡や個別の資産譲渡で十分対応できたことが理由として考えられます。
 農地を所有するためには農地法に規定されている農地所有適格法人の要件を満たさなければなりませんが、これはM&Aの場合でも同様です。M&A後に農地を所有することとなった法人が農地所有適格法人の要件を満たしていない場合、要件を満たすようにするか、農地を手放すかの選択を迫られることになります。
 この時に最大の問題となる農地所有適格法人の要件は、議決権要件です。議決権要件とは、(例外もありますが)ごく簡単に言えば農地を所有するためには、その法人の議決権の過半数を農業関係者が保有する必要があるというものです。そのため、ある株式会社が他の株式会社の株式のすべてを取得して子会社化するという一般的には典型的なM&Aの方法を、農業法人の場合には取ることができません。
 また、取引先や仕入先が膨大で、多くの契約を抱えているような場合や従業員数が非常に多いような場合、合併といった方法であれば個別の契約引継ぎのための手続きは不要となる一方、事業譲渡や個々の資産譲渡では一つ一つの契約を引継ぐ手続きが必要なため、その手間だけで大きな負担となります。
 しかし、現状ではある程度規模がある農業法人であっても、従業員数が数百人、数千人という例はまずありませんし、取引先・仕入先が膨大であるといったことも多くありません。そのため、事業譲渡や個々の資産譲渡という方法でも、個々の契約を移転するための負担が大きくないことがほとんどです。
 そして、事業譲渡や個々の資産譲渡は合併に比べると手続きが簡単であり、スピーディーに進められるという利点があります。
 このような理由から、事業譲渡や個々の資産譲渡が利用されていると考えられます。

 次回からは、複数回に分けて農業法人のM&Aのポイントを解説していきたいと思います。

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