2019年6月25日
アイルランドと聞いて何を思い浮かべるだろうか。欧州共同体(EU)加盟国であることは知られているが、余りなじみのある国ではない。そのアイルランドが最近、日本に向け農産物の輸出拡大に本腰を入れ始めた。
英国のEU離脱(ブレクジット)を控え、輸出先の多様化が大きな課題になっているからだ。米国やカナダ、オーストラリアなど大型の競合産地がひしめく中で、アイルランドの輸出戦略のかぎを握るのが独特のオリジン・グリーン(OG)だ。
アイルランドは6月中旬、マイケル・クリード農相をトップにしたミッションを東京に派遣した。大使公邸と高級ホテルに関係者を集め、同国産の料理を振る舞いながら輸入拡大を訴えた。
また、駐日大使館内に、食糧庁東京事務所を設置して専任担当者を配置し、今後腰を据えてアイルランド産農産物をPRする体制を整えた。
EUと日本は今年2月、経済連携協定が発効し、双方の農産物関税が大きく下がった。欧州各国は日本市場でワインやチーズ、食肉などの販促活動を強化しているが、アイルランドは別格の力の入れようだ。
その背景には、ブレクジットへの強い危機感がある。伝統的に隣国である英国との経済的な結び付きが強く、アイルランド農業にとって英国は最大のお得意様。牛肉輸出の半分、豚肉の6割近く、チーズも半分が英国に向かう。
合意なき離脱となれば、両国間で新たに関税が発生するほか、さまざまな規制が農産物輸出の先に立ちはだかる。アイルランド政府の依頼で民間会社が実施した試算によると、英国向けで最悪の場合、牛肉が53%、乳製品で76%落ち込む見通しだ。
人口わずか450万人で農業生産の9割を海外に販売する農産物輸出国にとっては悪夢だ。
そこで英国の代替市場として狙いを付けたのがアジア市場だ。日本向けに豚肉やチーズなどを出していたものの、従来はあまりアジアを重視しなかったとされる。
地理的な結び付きが強いオーストラリア、ニュージーランド、米国が、日本を含めたアジア市場の多くを抑え、欧州からは手を出しにくい地域とみられていた。
アイルランドが牛肉など新たな市場開拓の武器にするのが、2012年に始まったOGプログラムだ。地球環境に配慮した「持続可能性」というキーワードに賛同した農家、企業、流通業者などが自主参加する。
温室効果ガスやエネルギーや水の利用量など数字で計測可能な分野を対象に、それぞれが目標値を設定し、実現に向け努力する仕組み。第三者機関による厳密な検証を経て、初めてOGのマークを利用できる。全国の酪農家の9割が参加するなど、アイルランド国内で急速に普及した。
日本を含めたさまざまな国で農業の「環境への優しさ」を訴えるところはあるが、努力目標であったり、たんなるイメージ戦略だったりすることも多い。OGは潔く数字でバッサリと評価するのが特徴だ。
アイルランド政府食糧庁のタラ・マッカシー長官は「地球環境問題は日本でも関心が高い。農場ごとに具体的に解決策を提示しているOGは日本でも評価されるはず」と期待する。
大使公邸で会った関西の食肉卸業者は「中国の輸入が増え、オセアニアの牛肉が値上がりし、業界は新しい輸入先を探している。OGが消費者に受け入れられれば、アイルランド産は魅力的な商材になるかもしれない」と話していた。
農業が地球環境問題にどう立ち向かうのかは世界共通の課題。OGの手法を日本の消費者がどう受け止めるのかは興味あるところだ。
(ニュースソクラ 農業ジャーナリスト・山田優)