EN

CLOSE

コラム

TOP > コラム一覧 > 十勝産小麦100%にこだわるパン屋
価値求める農家巻き込む

2020年1月28日

十勝産小麦100%にこだわるパン屋
価値求める農家巻き込む

 北海道帯広市に、十勝産小麦100%にこだわるベーカリー、満寿屋商店がある。創業は70年前。最近は各地で手作りを歌うベーカリーが目立つが、同社ほど地元産原料にこだわる所を見たことがない。なぜ異色のパン屋さんは生まれたのだろうか。

100%国産小麦のパン屋

 4代目の経営者で現社長の杉山雅則さんは43歳。本社ビル1階の工場と店舗で話を聞いた。ぼくとつとした語り口で、強引さは感じられない。しかし、話を聞けば聞くほど、理念の実現に向けて人並み外れた馬力を発揮してきた。

▽創業時から地元にこだわり

 「満寿屋は創業時から地元へのこだわりを持っていた。昔から小麦に囲まれた十勝で、なぜ遠く離れた外国産の小麦粉を使わなくてはならないのか。地元産ならみんな安心。先代も先々代も、なによりおいしいパンが焼けるはずだと考えていた」

 農業地帯にある食品企業なら、同じように考える人は少なくないだろう。しかし、地元の小麦をパン原料に使うのは簡単ではない。

 農水省によると、パンやうどん、菓子などに回る食糧用小麦の流通のうち、国内産は1割あまりの80万トンにすぎない。実は小麦はひとくくりにされるが、含まれるたんぱく質の割合などで、最終製品ごとに適した小麦の種類が異なる。うどん用の小麦からパンを焼こうとすると、うまく膨らまない。逆にパン用小麦でめんを打とうとすると、おいしくない。

 一般の家庭ならばぺちゃんこの食パンでも笑って食べればすむが、大量生産する製パン企業となれば、話は別だ。毎年季節を通して均一な品質の小麦粉が必要になる。

 「戦後、米国産小麦が日本に入るようになって、パン食が広がった。その後普及した製パンの機械は、すべて米国産小麦にファインチューニングされている。国産小麦が入り込む余地はなかった」と杉山さんは解説する。

▽ハルユタカが登場

 国産小麦はうどん向けという常識に変化が生まれたのは、1980年代後半。北海道でパン用に適した「ハルユタカ」が生まれた。米国産と比べるとわずかに膨らみは劣るが、小麦の風味が強い。その後も国産品種の改良が進み、製パン性は年々向上した。満寿屋は1990年に十勝産小麦を使ったロールパンを商品化。原料小麦に占める国産の比率は少しずつ上昇した。

 しかし、小麦農家の反応はかんばしくなかった。製パンに向く小麦は、収量が低く、作りづらい。頭では国産小麦需要の拡大が必要だと分かっていても、満寿屋から「もっと作ってもらえないか」という呼びかけに応じる農家は一握りだった。

 農家があまり熱心でなかったもう一つの理由は自分の小麦の「価値」に無頓着だったことにある。実はほとんどの小麦農家は自分の麦を食べない。自宅用の小麦粉を手に入れるには、ふすまと呼ばれる外皮を取り除き、製粉する必要があるからだ。さらにパンやうどんに加工する手間もかかる。農家は収穫後の穀物を農協に売り渡せば、後は来年の心配をするだけだ。

 米や果実、野菜の農家が自家産を食べ、その評価を自分で感じることができるのとは大違い。多くの小麦農家は価値を知る術がなく、マーケットの声と切り離されていたのだ。

 満寿屋の杉山さんが、帯広市近郊の120ヘクタールを経営する畑作農家の前田茂雄さん(45)に出会ったことが、パン原料の手当にとって大きな転機となった。

 前田さんが振り返る。

 「杉山さんが2004年に突然自宅を訪ねてきた。『帯広でパン屋だが、地元で原料小麦を探している』と言うので、残っていた小麦を少し渡した」

▽初めて味をかみしめる

 杉山さんは、数日後に焼きたてのパンを抱えて前田さんの家を再度訪ねた。初めて自分の小麦の味をかみしめた前田さんは、そのおいしさに驚く。自分の小麦の価値を理解した瞬間だったという。

 前田さんは就農する前、留学先の米国で、生産性の高い大規模な農家が農業不況の中で行き詰まる姿を目にしていた。

 「効率だけで農業は成り立たない。消費者に選ばれる農家になることが必要だ」と感じていただけに、杉山さんからの提案にすぐに応じた。

 前田さんのように杉山さんとの取り引きを始める小麦農家が増え、満寿屋は2012年にベーカリー全商品の原料を十勝産小麦に切り替えることができた。小麦粉だけではなく、酵母やチーズ、砂糖なども地元産にこだわっている。消費者の反応は上々で、売り上げは右肩上がりだ。最近は東京に2店舗を新設した。

 杉山さんは今でも十勝の小麦農家をよく訪ねる。小麦5500万トンを生産する米国産は、均一な品質を保つよう最適なブレンドで出荷することができるが、規模の小さい十勝産小麦は、どうしても品質にばらつきが出てしまう。

 「もっと製パンに向いた小麦生産を増やしてほしい。そうすれば小麦粉の品質が安定し、ベーカリーは安心して使える。日本各地で国産原料の比率が高まるはずだ」

 「地元の原料を使う」という創業からの会社の理念を引き継ぎ、杉山さんの挑戦は止まらない。

(ニュースソクラ、www.socra.net 農業ジャーナリスト 山田優)

年別アーカイブ