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2020年2月26日

スマートになりすぎな農水官僚は物足りない

ニュースソクラ 農業ジャーナリスト、山田優

農林省=㏄Byつ

 他省庁の官僚と比べ、農水官僚からは泥臭さを感じることが多かった。自然を相手にする農林水産業を担当するため、理屈だけでは政策が進まないことをよく知っていたからだ。ところが、成長戦略を旗印にした第2次安倍政権が2012年末に発足すると、大きな変化が起きた。
 農水省は農業の効率化を最優先に掲げ、官僚たちは農村の実情や協同組合を明らかに軽んじるようになった。スマート農業ならぬスマート官僚からは、かつてのような土の香りが漂ってこなくなったのだ。

▽「俺がOKしなければ、総理にもできない」と豪語したかつての畜産局長

 「総理がやるって言っても、畜産局長の俺が首を縦に振らなければ牛肉の輸入自由化なんかできるわけがないだろ」
 1980年代の日米牛肉交渉を取材していた時、複数の記者を前にした懇談で、こんな発言を聞いた。オフレコの場とは言え、大胆さに驚いた記憶がある。
 当時、日本からの自動車輸出にいらだつ米国は、日本の農産物市場開放を強く迫っていた。結果として牛肉やかんきつは輸入自由化されるのだが、何年間もの間、農水省は官邸や通産省(当時)などからの開放圧力を、のらりくらりとやり過ごすことができた。
 背後にいた自民党の農林族や農業団体が、強大な政治力を持っていたことが、農水省の力の源泉だった。重要な政策や自らの幹部人事は、この3者で構成する鉄の農政トライアングルで決めた。3者の力関係の変化によって政策に一貫性を欠いたため「猫の目農政」と批判されたが、農水官僚には「農村を守る」という気持ちが強かったように思う。

▽農水省・農林族・農業団体のトライアングルが地盤沈下

 その後、農村人口の減少や農業生産の停滞に加え選挙制度改革が、トライアングルの地盤沈下を招く。その象徴は、2015年10月の小泉進次郎衆院議員の自民党農林部会長就任だろう。素人が農林族の重要ポストに就いたことは、大きなニュースになった。1年後の会見の場で「鉄のトライアングルはもうなくなったと考えて良いか」と質問したら、彼は一呼吸置いて「そうだ」と言い切った。
 大切な政策を身内だけで決める農政トライアングルは、明らかに欠陥がある。ところが、安倍政権で定着した官邸農政は、もっとたちが悪い。
 トライアングル時代には、「たんなるガス抜きの場」という批判はあったが、曲がりなりにも自民党農林族の中で議論され、農政の方向を集約するという手順を踏んだ。軽視されてはいたものの、国会や農水省の審議会なども一応機能していた。それらの過程で農家や農業団体などが意見を述べる機会はあった。
 農水官僚たちは与野党議員、農業団体、業界に加え、官邸や財務省など、利害の異なる当事者間を走り回った。霞が関官僚の中で、もっとも政治調整力に秀でていると言われていた。農水官僚が、複雑な連立方程式を解くため最大限利用したのが泥臭さだった。
 安倍政権の官邸農政の時代になると、意志決定システムは大きく変わる。安倍首相の意向に沿う形で産業競争力会議(当時)などが方針を打ち出すと、自民党や農業団体が抵抗しようとしても、盤石な政治基盤を背景にした官邸側が押し切った。多様な議論を切り捨て、効率性だけを重んじた。
 トライアングルの一角を占めていた農水省は、農林族や農業団体を見切って官邸の忠実なしもべになる道を選んだ。農水官僚の変質は、他省庁と比べて特異なものではなかった。
 学校法人「森友学園」への国有地売却を巡る決裁文書の改ざんや異例の値引きが発覚した財務省。毎月勤労統計の不正で組織的な隠蔽(いんぺい)が疑われた厚労省。東京高検検事長の異例とも言える定年延長した法務省。いずれも強力な官邸からの内々の指示、あるいは忖度(そんたく)が背景にあったとみられている。

▽農政の地域重視が少し復権

 官僚を操縦するための官邸の武器は、人事権の行使と予算だ。慣例を破って強引に官邸好みの農水次官を誕生させると、意に沿わない官僚を次々に退任させる豪腕ぶりを見せた。一方で安倍首相が熱心な農林水産物の輸出振興には手厚い予算を割り振り、アメとムチの双方から官僚を操縦するようになった。
 農水省で出世をするには、官邸の意向を汲んで、スマートに立ち振る舞うことが欠かせなくなった。泥臭い調整力の出番がなくなってしまったのだ。
 ただ、桜を見る会を巡るスキャンダルなど、長く続いた安倍政権に、ほころびが目立つようになった。それに合わせるかのように、農政の議論でも微妙な変化が生まれている。効率性を求める産業政策だけが重視されてきたが、もう一つの柱である地域政策で、これまでとは違って健全な農村維持の視点が出てきたようにも見える。
 政権の支持基盤のひとつである農家や農業団体に官邸が配慮したのか。それとも「忖度しすぎた」と反省した農水官僚による揺り戻しが始まったのか。またはポスト安倍をにらんで立ち位置の修正を図ろうとしているのだろうか。

(ニュースソクラ www.socra.net)

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