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2020年3月30日

【法務】雇用か業務委託か‐農業経営の労働力を巡る工夫と注意点‐

弁護士・カリフォルニア州弁護士 大城章顕

 農業法人・農業経営者が規模を拡大する場合に必要不可欠なことは、労働力を増やすことです。様々な分野で労働力の不足が問題になっていますが、農業では特にこの問題が顕著です。
 このような中で何とか確保できた従業員でも、人によって能力や適性、やる気などが異なるため、どうしても成果に違いが出てきます。このような場合に従業員間の公平性を保ちつつ、やる気を引き出すことは大きな難題です。
 今回は、ある農業経営者から相談を受けた事例をもとに、農業経営の労働力を巡る工夫と注意点を取り上げていきたいと思います。

農作業を業務委託する

 ある農業法人では、収穫期に多くのパート従業員を雇用し、収穫作業を担当してもらっていました。そのパート従業員の中には、作業が正確で速い人もいましたが、反対に作業スピードが遅く、場合によっては作業が早い人の半分くらいのスピードでしか収穫作業ができない人がいました。
 しかし、スピードが速い人も遅い人もパート従業員の時給は全く同じ金額であり、同じ時間だけ働いていましたので、もらえる給料は全く同じ金額でした。スピードが速い人からはっきりと給料額が同じであることについて不満が出たことはありませんでしたが、その農業法人の経営者としては、不満に思っていることを薄々感じており、またそもそも公平ではないのではないかと考えるようになっていました。
 時給額に差を付けることも考えましたが、採用時点では作業が速い、遅いがわからないこと、作業が速い人も遅い人も作業スピードが一定なわけではなく、早い時と遅い時があることから、どのように時給を設定すれば公平であるのか、とても難しい状況でした。
 そこで、この農業法人では、パート従業員を「従業員」という雇用(労働契約)にするのではなく、農作業を業務委託するという方法に変えることにしました。つまり、時間に関係なく、一定の範囲の収穫作業を終えたら定められた金額(これは全員同じ金額)を支払うという形にするものでした。
 こうすることで、作業スピードが速い人は同じ時間で多くの作業ができますので、もらえる金額も増えますし、作業スピードが遅い人も、作業スピードが速い人に気を使うことがなくなり、働きやすくなりました。

雇用と業務委託の違い

 このようにパート従業員を雇用するのではなく、農作業を業務委託するという方法にすれば、従業員にとってもメリットが大きいように思えますし、農業法人としても公平な制度として活用できそうです。
 これは、時間で考える労働ではなく、成果で考える業務委託(法的には請負に当たります。)にするという発想の転換です。
 確かに、業務委託にすると農業法人にも従業員にもメリットとなる場合があることは事実です。しかし、同時にデメリットがあることも考えなければなりません。さらに言えば、そもそもこのような農作業の委託が本当に業務委託なのか、より具体的な問題としては雇用と業務委託(請負)の違いをしっかりと把握することが必要です。

 雇用契約の場合は、労働時間数などによっては社会保険や労働保険の加入義務がありますが、業務委託の場合にはいわゆるフリーランスということになり、農業法人が社会保険や労働保険に加入する義務はないことになります。これは、人によってはデメリットになります。
 さらに、雇用であれば時間で給料が決まりますが、業務委託(請負)は成果で報酬が決まりますので、どれだけ長い時間をかけても決められた作業が終わらなければ報酬は(割合に応じて支払う必要がある場合を除いて)支払われません。

 そして、さらに大きな問題は、業務委託としていても、その実態が雇用(労働契約)であれば、かかった時間に応じて給料を支払わなければならないこととなります。そのため、契約の名目ではなく、その実態が雇用なのか業務委託(請負)なのかは、重要なポイントになります。
 雇用と業務委託(請負)の主たる違いは、指揮命令の有無にあります。雇用主(使用者)の指揮命令に従って労務を提供するのが雇用(労働契約)であり、注文主の指揮命令下になく、自らの判断で仕事を完成させるのが業務委託(請負)です。
 したがって、契約上は業務委託としていても、実際には指揮命令下にあるとその実態は雇用(労働契約)であることになります。

農作業を業務委託する際のポイント

 このような雇用と業務委託(請負)の違いを踏まえると、農作業を業務委託する場合には農業法人は指揮命令をしないことが必要になります。そのため、例えば8時~17時まで作業を行い、休憩時間は12時~13時までと定めたりすると、それは農業法人の指揮命令下にあるものとして、名目を業務委託としても実態は雇用であると判断される可能性があります。農作業の業務委託は、納期までに仕事を完成させるのであれば、いつ作業をしようと自由です。そのため、厳密に時間を管理したりすると、それは雇用であると判断されることになります。
 そして、業務委託として扱っていたものが雇用(労働契約)であるとされると、長時間労働となっていた場合に未払いの賃金があるということになったり、社会保険・労働保険に未加入だったということになったりと、トラブルになってしまうことがあります。

 農作業を業務委託にするという発想は、従業員間の公平性を確保したり、モチベーションアップにつなげたりすることもできますので、うまく利用すれば農業法人にもメリットがあるものです。
 しかし、指揮命令下にあると判断されるとあとから思いもよらない出費を強いられたり、違法状態となっていたりすることがありますので、業務委託を活用する場合には慎重にその方法・内容を検討していただくとよいと思います。
 また、従業員間の公平性確保やモチベーションアップのために給与に差を付けるためには、業務委託にする方法のほかに、歩合給を導入したり、ボーナスを出す(成果により差を付ける)といった方法もあり得ますので、自社にとってどのような方法がやりやすいか、いろいろな方法を比較検討するとよいと思います。

 

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