2020年9月28日
ニュースソクラ 農業ジャーナリスト、山田優
米国政府の農家向け補助金がかつてない規模まで膨れあがっている。中国との貿易摩擦や新型コロナウイルス感染によって、農家が受けた打撃を緩和するというのが公式説明だが、11月の大統領選挙を控え、自らの地盤を固めたいというトランプ氏の狙いも透けて見える。
米農務省によると、2020年に農家が連邦政府から受け取る補助金総額は372億ドル(約4兆円)で、昨年を7割近く上回る見通し。過去最高額だ。さらにトランプ氏は最近中西部で開いた選挙集会で、130億ドルを追加して農家を支援すると約束した。
元々は自分が火種を作った中国との貿易摩擦で、主力の穀類や食肉輸出などに急ブレーキがかかった。コロナ対策でも政権の不手際は明白。次々と問題を引き起こし、批判が出ると次々に補助金で埋め合わせるトランプ氏の手法は、まさにマッチポンプと言えそうだ。
「米憲法では全ての支出を決める権限は議会にあるが、現実にはトランプ大統領がやみくもに農家に補助金を配っている」と説明するのは、ワシントンで30年以上農業を取材する米人ジャーナリストのエド・マイスナー氏だ。議会では民主党がトランプ氏の農業補助金のばらまきに歯止めをかけようとしてきたが、トランプ氏は聞く耳を持たない。
4年ごとに繰り返される米国の大統領選挙では、お決まりのシーンがある。小さな農村の集会場を候補者が訪ね、居並ぶ農家の前で積まれた乾草に片足を乗せながら、いかに農業政策に熱心なのかを語り掛ける場面だ。
日本と同じように農家の数は少なくなっている。しかし、激戦とみられる選挙区(州)を獲得するためには、農家の支持は取りこぼせない。農家の仲間意識をくすぐるのは当選のための常套手段だ。
農家のトランプ支持は堅い。ある農業雑誌の全米調査で支持率がやや落ち込むなど、一部で「陰りが出てきた」という見方もあるが、大勢はトランプ支持を続けている。龍谷大学と米フロリダ大学の名誉教授(農業経済学)で、ワシントン州在住のジェームズ・シンプソン氏は「都会に比べて格差があると不満を感じてきた農家は、トランプ氏の熱心な支持基盤になっている。補助金が農家票を目的としているのは明らかだ」と解説する。
補助金の配り方にも批判が出ている。米ニューヨークタイムズ紙によると、農務長官の出身地であるジョージア州の農家は、単位面積当たりの補助金額で全米トップとなった。共和党支持者が多いとされる大規模農家に対する補助金も手厚いと指摘。半面、民主党支持者が多い小規模な産直、有機農業経営者の支援は手薄だという。同紙は「(政権の)補助金政策を簡単に言えば政治的な動機に基づくもの」という専門家の言葉を紹介している。
自らの支持基盤を徹底的に優遇するというのは、トランプ氏の政治手法全体に共通する。巨額の農業補助金はその典型的な事例だ。
ただし、こうした補助金の大盤振る舞いは長続きしそうにはない。農業に回す連邦予算の財源が限られている中、選挙が過ぎればトランプ、バイデン両候補のどちらが当選しても、大幅な見直しは避けられない。仮にトランプ氏が当選となれば、3期目がない以上、農家にお金を配る理由は消える。バイデン氏が当選しても、行き過ぎた農業補助金の是正を進めるだろう。
長期的な悪影響も懸念される。不明朗なかたちで補助金が支払われることへの納税者の不信が高まることは確実だ。長い目で見れば、農業政策そのものへの批判につながる可能性もありそうだ。
(ニュースソクラ www.socra.net)