2021年1月25日
ニュースソクラ 農業ジャーナリスト、山田優
最近、街角でファッショナブルな八百屋さんを見かけるようになってきた。ゴボウやトマトなどをおしゃれに並べ、買い物の楽しさも売り物にする。大都市圏で「おなかすいた」16店舗を運営する株式会社モンテンもその一つ。硬直化した青果物流業界の常識にとらわれず、畑の都合を品揃えに反映し勝負している。
「見てください、今日はダイコン1本を28円で売っています」
同社の高品謙一社長が、席の横のモニターテレビに映し出される全店舗の売り場を見ながら説明する。店頭には山盛りでダイコンが並んでいた。店舗名はスペイン語で「小さな家」を意味する「Una casita」に由来する。ほとんどが駅前の高級ショッピングセンターなどに出店するため、運営コストは高いはずだが、ふつうのスーパーに比べても価格は抑えめに見える。
同社の低価格の秘けつは残品販売という手法を駆使しているところにある。
青果物生産は一握りの温室栽培を除けば、作柄変動が避けられない。生育が遅れれば品薄になり、生育が良ければ出回りが市場に集中して暴落する。天気に左右される農産物の宿命と言って良い。
おなかすいたの仕入れを担当する東京都中央卸売市場内の仲卸業者「千権」が狙うのは、市場に届く時点で売り先が決まらないものだ。かつて卸売市場の青果物取引は、商品の現物を前にしたせりが中心だった。現在は大半が相対取引。つまり、事前に数量と値段を決めて取引する。ダイコンが産地を出発して卸売市場に到着する時には販売先も値段も決まっている。大規模な産地やスーパーにとっては効率的で都合が良い。
ところが、豊作になると農家は出荷予定数量を上回るダイコンをJAに持ち込む。畑に残しておけないからだ。JAは当初の予定よりも多くの野菜をトラックに載せて卸売市場に送りつける。卸売会社は事前に契約した分をすぐに売り先のスーパーなどに送り、余分に入荷した分はとりあえず売り場の片隅に置く。一つの産地だけならなんとかさばけるだろうが、豊作の場合は他産地も同じように多めの出荷をするため市場の売り場にはあっという間にダイコンの段ボールが山になる。
残品と言っても、作柄が良い時の野菜や果実は品質が良いのが当たり前だ。千権のスタッフは夜のうちから市場を丹念に見回って売れ残りを探す。卸売会社の側から「千権さん、これ買ってくれないか」ということも多い。当然、かなりの割安で調達できる。残品を引き取った千権は、次の日の開店前までに商品をおなかすいたの店舗に届ける。
「店舗のスタッフは朝来て荷物を見るまではその日に何を売るかわからないんですよ。ふたを開けたらブロッコリーばかり大量にあったり、レモンやホウレンソウがなかったりということもある。スーパーではありえないですね」
いたずらっぽい笑顔で高品社長はいう。
定番の野菜や果実は常に欠品を避けて店頭に並べるのがふつうのスーパーの店づくり。年間52週の販売計画に沿って、POS情報による実際の販売数量に合わせて野菜を仕入れる。消費者の方も事前に料理アプリで買うものを決めて店に行くため、欠品があっては困る。そこには産地の畑の状態を顧みる余裕はない。
欠品を恐れない店舗づくりは、市場にあふれている野菜や果実をそろえるという高品社長のポリシーの現れだ。その潔さが消費者の心をとらえる。考えてみれば、昔の八百屋は同じことをしていた。卸売市場で毎日割安なものを仕入れ、消費者に売り込む目利きの役割を果たしていた。しかし、経済成長とともにスーパーに押され、多くの八百屋は姿を消した。
今、新しいスタイルの八百屋が各地で復権している。売る側も買う側もどんどん硬直的になった青果物流通業界に一石を投じてほしい。
(ニュースソクラ www.socra.net)