2021年9月29日
ニュースソクラ 農業ジャーナリスト、山田優
農業や食生活の改革をテーマにした国連食料システムサミットが、9月下旬にオンラインで開かれた。2030年までに持続可能な開発目標を達成するため、食品ロスの削減や環境保全型農業への転換を求めた。政府や企業、団体などが多額の支援や行動計画を約束。グテレス国連事務総長は、新型コロナウイルスの世界的流行で準備が困難を極めた中でも「対話を通じて各国は企業、コミュニティー、市民社会を集めて食料システムの未来への道筋を描いた」と自賛した。
しかし、「成功」の影で、深刻な対立と分断も目立った。持続可能な食料システムへの道のりは簡単ではないことがはっきりした。特徴的な3つの亀裂を紹介する。
800を超える農民団体や環境保護団体が、サミット直前にボイコットを決めた。「運営が多国籍企業の影響を受け、本当の改革にならない」というのが理由とされる。食料システムの大切な一角を担う農業分野から、異例の反旗が翻ったかたちだ。
国際法と人権の研究者で、2008年から14年まで国連食料への権利に関する特別報告者を務めたオリビエ・デシューター氏は、筆者のメールインタビューに次のような回答を寄せた。
「最大の問題点は持続可能なアグロエコロジー(生態系農業)への転換など真の改革を求める人たちと、改革をおためごかしで使うだけの人たちの対立だ。サミットの準備で大切な部分を、民間企業や科学者、経済学者などの一部関係者による密室の議論に任せた。不公平で持続不可能な現状の食料システムを延命することが、サミットの本当の狙いだという懸念を持たれた」
遺伝子組み換え技術や農薬生産などで利益を上げている多国籍企業が議論に加わったことで、有機農業などアグロエコロジー推進の障害になるという懸念だ。強い反対を押し切って、企業や規制緩和論者なども枠組みに加えた国連への不満が爆発した。
一方、記者会見でボイコットへのコメントを求められた国連のアミーナ・モハメッド副事務総長は、「企業の侵略という批判は当たらない。課題解決にはできるだけ多くの関係者に参加してもらうことが重要だ」と反論し、双方の溝は埋まらなかった。
持続可能な農業のあり方をめぐり、国際社会で最初にリードしたのは欧州連合だった。20年5月に発表したファーム・ツー・フォーク(F2F)戦略は、大胆な有機農業目標の導入や温室効果ガス削減のための政策を掲げた。農薬削減や家畜頭数の抑制など、生産性を犠牲にしても、環境対策を優先するという野心的な内容を含む。
日本政府が短期間でみどりの食料システム戦略をまとめ、他国でも環境重視型農政への転換が始まるなど、F2Fの影響は国際社会に広がりつつあった。
主導権を取り戻したい米国はサミット前に、F2Fへの対案を打ち出した。農業の生産性向上によって持続可能で食料安保や環境を守るための連合体(SPG)構想だ。共鳴する各国政府や企業などを巻き込みながら、いっそうの農業生産性向上をめざす考えとみられる。
サミットの場で米国のビルサック農務長官は、50億ドル(約5500億円)を米国外に投資すると発表。グテレス事務総長が、演説でわざわざ米国の支援方針を歓迎するなど関心を集めた。
構想は遺伝子編集やスマート農業など最新鋭技術を活用し、飢餓解消や持続可能な農業の強化に力を入れる姿勢を表明したものだ。さまざまな環境規制を柱とするF2Fではなく、農業の生産性向上を図ることが、直面する課題解決につながるという宣言だ。多額支援を武器に、米国は国際社会でSPG支持を広げる方針とみられる。
サミットの場で大っぴらに語られることは少なかったが、先進国の農業補助金をめぐり、対立も争点になった。
国連食糧農業機関など国連3機関が、サミットの直前に「世界全体で年間5400億ドル支出されている農業補助金の87%が有害だ」とする報告書を公表した。先進国が関税や補助金で国内農業を保護することで、過剰な生産を招き、結果として農薬の多投など環境に悪影響を及ぼしているという内容だ。従来、途上国の間でくすぶっていた不満をすくい上げるかたちとなった。
しかし、多額の農業補助金を支払う米国、欧州、日本など主要な先進国はこれを黙殺。農業補助金はサミットの大きな対立軸にはならなかった。途上国の間でも、支援を仰ぐ先進国を批判するような動きは見えなかった。
一方、輸出国であるニュージーランドのアーダーン首相とアルゼンチンのフェルナンデス大統領は、それぞれの演説の中で「多額の農業補助金が非効率な生産を通じ、地球環境に悪影響を与えている」として農業保護の大胆な削減を呼び掛けた。
国際環境団体の間でも、「先進国の農業保護に支えられた安価な農産物が途上国農業の脅威になっている」と主張するところは多い。先進国による国内保護のあり方は今後も注目を集めそうだ。
(ニュースソクラ www.socra.net)