2021年11月27日
ニュースソクラ 農業ジャーナリスト、山田優
日本政府は5月、有機農業の面積を30年間で50倍に増やす野心的な政策を打ち出した。作物に農薬や化学肥料を使わず、環境への優しさを狙うが、土壌そのものの健康さにもっと目を向けようという試みが始まっている。
30から40代くらいの女性を中心に、30人ほどが、斜面に広がる畑で大豆や野菜を収穫していた。そのまま耕さず、同じ場所に溝を掘って小麦の種をまいた。
福島県二本松市のあだたら食農スクールファームは、2020年春に誕生したばかりの0・5ヘクタールの市民農園だ。元々は耕作放棄地だった。11月下旬の休日に開いた収穫イベントを訪ねた。
代表の根本敬さんによると、農薬と化学肥料を使わない有機栽培はもちろん、一歩進めて生態系への影響を最小限に抑える不耕起栽培を実践している。指導しているのは土壌生態学を研究する福島大学食農学類の金子信博教授だ。
金子教授は、不耕起栽培と普通の有機栽培の表土を、それぞれ透明なカップに入れて水を足した。しばらく待ってから白い紙の上に置くと、不耕起栽培の土の方は、コップの水が澄んだまま。一方で耕した方は水が明らかに濁っていた。
「土を耕さないと土壌の生態系が保全される。ミミズやバクテリアなどの働きで土壌の団粒構造が保たれ、土が水に溶け出しにくくなる」
これまでの研究成果で、土壌が健全だと害虫の食害を減らし、生物多様性が豊かになる他、食事を通じ人間の腸内フローラを改善する働きが期待できることが分かっている。
農水省が提唱したみどりの食料システム戦略は、地球環境への貢献などをめざす。柱となる有機栽培面積の大幅拡大は、品種改良や栽培技術の革新などによって達成する計画だ。
世界の農業のスタイルは、農地を耕し、農薬や化学肥料を使う慣行栽培が中心。一方、近年は農薬などの使用を減らすことで環境保全をめざす農業も広がってきた。こうした環境配慮型の頂点に位置するのが有機栽培という考えが一般的だが、「有機農家はもっと足元の土の健康を考えるべきだ」というのが金子教授の考えだ。
土壌は、微生物の死骸などで構成する有機物が多く含まれ、長年の間豊かな生物の多様性を保ってきた。
ところが、18世紀になって農業機械が登場し、土壌内の生態系環境は一変した。耕耘(こううん)という人為的なかく乱の影響で多様性が低下。その結果、豊かな土壌が損なわれ、土壌から温室効果ガスの排出量が増えたり、保水性が低下したりする弊害が明らかになった。
耕すことで表土がもろくなり、雨や風によって流出する問題も、世界各地で深刻になってきた。
農薬や化学肥料を使わない有機栽培だけでは、世界中の農地が直面している危機的な状況を解決できないことが分かってきた。農業では当たり前と考えられてきた耕すことの是非を見直すことが、必要になってきた。
欧米では不耕起栽培と一緒に、土壌をむき出しにしないためのカバークロップ(被覆作物)の採用が進む。福島のスクールファームもライ麦の種をまいてカバークロップにしている。国連食糧農業機関は、不耕起、有機、環境保全などを組み合わせ、持続可能な農業への転換を世界中で呼び掛けている。
日本国内で不耕起栽培は知名度が低い。実は、国際的には日本が不耕起栽培の先進国と見なされている。1970年代に福岡正信さんが唱えた自然農法で、不耕起の必要性を強調し、それが海外に広く紹介されたからだ。
国内でも自然農法など不耕起栽培を実践する農家はいる。だが、これまで科学的な研究がほとんど行われてこなかったこともあり、農家が採用するハードルが高かった。
収穫イベントでは食べ比べをした。有機栽培のダイコンは大ぶりでみずみずしい。一方の有機不耕起栽培のダイコンは締まっていて味が濃い。後者の方が収穫量が明らかに少ない半面、たい肥施用や耕うんの必要がない。作業をした地元有機農家の一人は「地方の人手が足りない中、手間が少なくて済むのは魅力的だ」と話す。
金子教授らはスクールファームで、有機栽培区と有機不耕起栽培区に分け、分析を続けて課題を探る計画だ。科学的な裏付けが取れれば、全国で取り組みが加速することを期待している。
(ニュースソクラ www.socra.net)