2022年1月31日
ニュースソクラ 農業ジャーナリスト、山田優
農業に欠かせない化学肥料や農薬、農業機械など生産資材が、世界中で値上がりしている。食料生産が拡大し資材の需要が高まっていたが、エネルギーコストの急騰に加えて新型コロナウイルス感染拡大、異常気象で経済や物流が混乱。資材製造の原料や部品の極端な不足が吹き出した。
各国が手持ちの資材の囲い込みに走ったことも追い打ちになった。価格高騰が続けば、値上がりしている食料価格をさらに押し上げる可能性がある。
「昨年秋には翌シーズンの肥料や燃料購入を予約してお金を払い込んだ。おかげでだいぶ節約できた」と語るのは、米サウスダコタ州で5世代目の農家ボブ・メッツさん(64)だ。家族の3人と一緒に2400ヘクタールで大豆とトウモロコシを栽培する。1月中旬に電話で話を聞いた。
値上がり確実と踏んで早めに手当てしたメッツさんの思わくは当たった。秋の時点で前年の25%高だった一部の肥料価格は「今なら2倍の値段を出さないと手に入らない」という。農薬や農業機械の価格も同様に高騰している。
ただし、資材ひっ迫はメッツさんの予想を超えた。今年春の農作業用に注文した肥料や農薬が手に入るかどうかが微妙になってきたからだ。穀倉地帯である米国中西部では、肥料などの多くがミシシッピ川をさかのぼるはしけでメキシコ湾から運ばれる。
だが、物流を担う労働者の確保が難しかったり、燃料が高騰したりして混乱が続き、世界のパンかごと呼ばれた中西部で品薄状態が続いている。
「コンバイン(収穫用)は今注文しても収穫期の秋に間に合わない。来年以降の引き渡しになるとディーラーは言っている」とメッツさん。各社が減産に追い込まれている自動車と同様、電子部品の品不足が農機製造の足を引っ張る。
米国に限らず、欧州や南米、日本を含めたアジアなど世界各地で農業生産資材の品不足と値上がりは深刻だ。
肥料の国際価格の値上がりぶりは一目瞭然だ。
北米などで鉱石を採掘し肥料原料を生産する米モザイク(Mosaic)社の資料から、過去4年ほどの値動きを調べた。作物を支え3要素のリン安(P)、塩化カリウム(K)、尿素(N)ともに、2020年夏からじりじりと値を上げ、21年からはその動きが急加速していることが読み取れる。
例えば米フロリダ州タンパ港で取り引きされるリン安価格は2020年6月に1トン当たり300ドルだったが、今年1月下旬には814ドルまで急騰。物流コストも上昇しているため、世界中から農家の悲鳴が聞こえてくる。
日本国内の肥料原料シェアで5割を握るJA全農によると「肥料原料ごとに事情は異なるが、いずれも強いひっ迫感が続いている。しばらく続く可能性がある」(谷山英一郎肥料原料課長)という。
穀物価格上昇で各国が肥料の確保に走ったほか、天然ガス、石炭の不足で尿素生産が滞った。
国内の品不足を警戒した中国やロシアなどの肥料輸出国が、輸出制限を敷いたことが先行き不安を増幅。塩化カリウムの大生産国であるベラルーシが、欧米からの経済制裁の影響で輸出が妨げられたことも供給の足を引っ張った。
米国のビルサック農務長官は1月20日の米議会でこの問題に触れ「肥料需要が拡大し、一部の国が米国への供給を減らした」と輸出規制をした国々を批判。精密農業によって肥料の効率的な利用を図るほか、「長期的には肥料原料の海外依存を減らしていくことが必要だ」と主張した。
地下資源であるリンやカリウムなどの鉱山開発には数千億円規模の投資が必要と言われる。厳しくなる環境規制の中で、供給の拡大は簡単ではない。
肥料など農業生産資材のひっ迫の背景には、食料需要の拡大、エネルギー価格上昇、コロナ禍による社会や経済の混乱に加え、緊張する国際政治までが絡み合うため、単純な処方せんは描くことができない。
(ニュースソクラ www.socra.net)