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2023年2月27日

肥料高騰で下水汚泥に注目

ニュースソクラ 農業ジャーナリスト、山田優

 肥料原料の値段が高騰し、にわかに注目を集めているのが下水汚泥だ。作物の生育に欠かせないリンや窒素を含んでいるため、肥料コスト上昇に苦しむ農家が関心を寄せる。下水浄化施設を運営する地方自治体も、大量に発生する汚泥の有効利用に期待を寄せる。使う側と作る側の利害はぴったりと一致するように見えるが、乗り越えるべき課題は多い。かぎを握るのは消費者の理解だ。

 家庭のトイレなどから発生するふん尿などを含む汚水を、施設で浄化した後に残るのが下水汚泥。国土交通省によると、わが国ではその量が年間に7500万トン余りに達する。大半が産業廃棄物として埋設処理などに回っていたが、近年はセメント材料などへのリサイクルの割合が増えていた。それでも焼却などのコストがかさみ、処理施設を運営する地方自治体の財政の重荷になっているところもある。

▽江戸時代には有効活用

 江戸時代には江戸近隣の農家が、住宅を回って人間のふん尿を回収する仕組みがあった。肥だめで発酵させて田んぼや畑の肥料に使っていた。できた作物は江戸の人たちが食べる。世界に先駆け、バイオマス資源の地域循環システムを実現していた歴史がある。

 しかし、現在の肥料としての利用率は、1割にとどまる。

 明治時代に入って農業の近代化が始まり、窒素、リン、カリの3要素を柱にした化学肥料の利用が一般的になった。第2次大戦後には駐留していた連合国司令部(GHQ)から、伝染病予防や寄生虫対策を理由にふん尿利用に厳しい規制が科せられたことも、ふん尿を厄介者に押しやる原因となった。
 一方で牛や豚など家畜のふん尿はたい肥利用が一般的だ。なぜ、同じ動物である人間のふん尿だけが、たい肥原料として避けられるのだろうか。

動物の糞は有機肥料の素に

▽安全性への懸念が障害

 理由の一つが、安全性への懸念だ。

 家畜由来のたい肥は、専用施設で飼育される家畜のふん尿が原料だが、下水道は構造上、人間のふん尿以外の汚水が流れ込む。その結果「重金属などが処理済みの汚泥に残る可能性がある」と説明するのは福島大学の金子信博教授(土壌生態学)だ。例えば道路に散らばるタイヤ片が雨水で下水に流れ込むと、成分に含まれる亜鉛が残ってしまう。歯科医院などからは義歯加工や治療に伴って水銀化合物が排出されていたことも問題になっていた。
 汚泥肥料は、原料を脱水して発酵させることで脱臭や殺菌をする。しかし、このたい肥化の工程だけでは重金属などの有害成分を取り除くことはできない。農家にとっては不安が残る資材をあえて使わなかったのは当然だ。

 ただし国土交通省によると重金属対策は着実に進んでいる。歯科医院への指導を強化したり、製造工程で重金属を取り除いたりすることによって、汚泥の中の重金属含量は、過去数十年で大幅に低下した。出荷する汚泥の安全性検査も厳密だ。現在では汚泥肥料を繰り返し畑にまいても、重金属が農地に蓄積する心配はないという。

 科学的には「安全」な肥料原料となったものの、イメージ低下の問題が残っている。人間のふん尿を原料とした肥料で栽培する米や野菜は、どうしても消費者や流通業者から「汚い」と敬遠される恐れがある。おいしさや見栄えなどで他産地と競争する農家にとって、風評被害を招く可能性がある肥料には手を出しにくい。これまで汚泥肥料の多くが、園芸緑地などの非食用作物向けに出荷されてきたのはそうした理由があるからだ。

▽価格急騰で農家の態度変わる

 汚泥肥料を敬遠してきた農家の態度が変わってきたのは、最近の肥料価格の急騰が原因だ。農水省の調査によると、2022年12月に農家が買い入れた肥料価格(農業物価指数)は、1年前の4割高。世界最大の肥料原料輸出国ロシアが隣国に戦争を仕掛けたり、燃料価格急騰による製造コストが上昇したりしたことから世界中で肥料不足が深刻になった。円安も国内肥料価格を押し上げた。

 農水省や国土交通省は、国内のバイオマス資源である下水汚泥の有効活用に力を入れている。近く肥料成分であるリン含有量の最低保証制度や水銀などの有害成分の許容率を設ける。農家や消費者の不安を払拭し、汚泥肥料の普及に結びつける方針。また、汚泥からリン成分だけを抽出して肥料原料とすることも後押しする。

 汚泥肥料の利用を呼び掛けてきた雑誌農業経営者の昆吉則編集長は「個々の農家が自分の農地に必要な肥料を科学的に判断することが必要だ」と話す。JAや指導機関からの指示で過剰施肥になっているケースが多いとして、農家がもっと肥料コストの節約に注意を払うべきだという。

▽循環型社会へ理解大切

 日本は大量の穀類や食肉、食品に加え、肥料原料も輸入に頼っている。これに比べると輸出はごくわずかだ。栄養成分が大量に狭い国内にあふれた状態で、持続可能な資源循環にはほど遠い。
 変化のかぎを握るのは消費者の意識だ。本来、食べることと排せつすることが、資源循環の中で結びつくことは当たり前。「汚い」という意識を変えていくことが必要だ。子どものころからの食育、農業体験の中で、ふん尿の価値を教えていくことが大切だろう。

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