2023年11月20日
(公財)流通経済研究所
農業・環境・地域部門/研究員 梅村 幸子
もしものときの備えは重要である。災害時への備えから雨に備えて会社に置き傘をするなどちょっとした備えまで色々あるが、今回は野菜の種子における備えについて考えたい。
ホームセンターでパクチーの種子を購入したときのことである。タイ料理好きが高じていつでもパクチーを入手可能な環境を構築しようと栽培を試みたのだが、ふと種子が封入されている袋の裏面を見ると、原産国イタリアと記載があった。販売元は日本の種苗会社だが、原産国は日本でも消費が多そうな東南アジアでもなかった。これは珍しいことではなく、日本国内で流通する野菜の種子の9割が海外で生産されている。日本で種子の生産が少ない主な理由としては、高い湿度による植物の病気のリスクや、十分な栽培面積を確保できないこと、原産地に近い環境で種子を生産していることなどが挙げられる。しかし、海外の採種地においても近年の気候変動により、種子の不作や従来の採種地から移動が必要な可能性も出てきている。
また、種子には寿命がある。
ネギにいたっては1~2年と寿命が短い。蒔いた種子は全てが正常に生育するとは限らない。例えば、買った種の半分しか発芽しなかったり、発芽はしても異常が見られ死滅することもある。その分だけ収穫物も減るのだから相当な損害である。寿命を超えた種子ではそのような品質が悪い種子の割合が増加する。今年は種が買えなかったが、数年前に買った種があるから大丈夫だということにはならない。今後一層進行するだろう気候変動による種子の不作や輸出入の規制等により日本国内に種子が入らなくなる状況に備えて、種子の国内生産を考えていく必要がある。
それには在来種の保護も有効であると考える。種子にはF1品種と固定種があり、種苗会社が取り扱う種子はほとんどがF1品種である。F1品種は、両親の栽培上良い特徴を交配により取り入れた雑種のことで、品種から種を採ると親とは異なる形質を持つ種子も生じるので毎年F1品種の種子を購入する必要がある。F1品種の利点は形質が固定されているため野菜の大きさが均一で、生育速度も揃っている点である。そのため見た目が良い野菜をまとまった量で生産・出荷できるメリットがある。今やスーパーマーケットに行けば、形や大きさが揃ったきれいな野菜がいつでも購入できるが、それは選果・選別もあるが、根底としてはF1品種の活躍によるところが大きい。
固定種は自然淘汰や人為的な選抜が繰り返され、植物の特性が遺伝的に安定している品種である。在来種、地方野菜、伝統野菜などと言われる品種も固定種のうちのひとつである。定義は様々あるようだが、本稿では、地域で代々栽培されてきた品種(固定種)を在来種として扱う。
在来種はF1品種に比べ、野菜の見た目や生育速度はばらばらである。そのため農作業が効率化しづらく収穫時期も幅があるので、圃場がなかなか空かず次の作付けに影響が出る。一度に大量の出荷は難しく、見た目が不揃いな野菜は選果・選別が難しかったり、市場で規格外とされてしまうなど取り扱いづらい。日本では高度経済成長期における都市部の人口増加に伴い、均一な品質の野菜を大量に安定して供給することが必要になった。そのため、在来種が持つ特性が時代が求める流通や消費に段々とそぐわなくなっていった。その結果、今や市場に流通する野菜は殆どがF1品種である。在来種の需要の縮小により、生産量は減少し、地域の少数の生産者による栽培に限られ、維持が危ぶまれる品種もある。
しかし、在来種にも利点がある。親から子、子から孫へと自家採種が可能で、F1品種のように毎年種子を購入しなくてよいこと、その地域の特性に合わせて選抜されてきた品種ではあるが、その地域でないと育たないというわけではないこと、などである。現に練馬大根は江戸時代に尾張から取り入れた宮重大根の種子を栽培してできたものだと言われている。このような利点を持つ在来種は、海外から種子が入手困難な状況に面しても、自家採種により種子の確保が可能であることに加え、他の地域の在来種を取り入れて複数の品目の種子を生産できる。
在来種をそのように活躍させるには、まず、生産量や生産者の減少により衰退している在来種の保護が必要である。そこで提案したいのは、日本各地で在来種を栽培して種子を採り、地域を在来種の保管庫にしていくことである。生業として農業に携わる人以外にも栽培者になってもらうことも考えられる。例えば、市民農園の利用者やガーデニングを趣味にしているなど植物に関心のある住民や市民団体に種子を提供することや、小学校では児童がよく朝顔を育てるが、それと一緒に在来種を育てることなどが考えられる。草の根的に栽培者を増やすことで、全国に在来種の種子を備蓄できるのである。更に各地域の特性にあった品種を作り出すことも可能になるだろう。
上述のとおり、在来種は元々栽培されている地域以外でも栽培できる。それは新しい土地で選抜を繰り返すうちにその土地の環境に適応するためである。日本全国の生産者が色々な地域の在来種を栽培すれば、選抜を繰り返すうちに各栽培地にあった特性を持った品種が誕生する。日本国内でも気候変動により産地の移動が予想されるなか、その土地に適合した品種を獲得すれば、当該品目の生産が継続できるかもしれない。耕作放棄地の活用や、水田の有効活用の一環に取り入れても良いだろう。
ここまで書くとまるでF1品種がよろしくないもののようになってしまうが、F1品種も元々は在来種の栽培上良い形質を活かして開発されたものである。F1品種はある意味、在来種の形質の保存庫ともとれるのではないか。将来の技術発展によっては、F1品種から遡って消えてしまった在来種を再現することもできるかもしれない。更にF1品種の開発には途方もない時間と技術を費やしており、変動する環境に対応する品種を生み出すためにも品種開発の知見は大事なもので、今後も研究を進めていくことが重要である。
種子のもしものときに備えるには、在来種については日本各地に栽培者を増やすことで種子を備蓄し、更に他の地域の在来種を取り入れて新しい土地に適合した品種を生み出す。F1品種については在来種から引き継いだ栽培上優れた形質や、品種開発の技術を絶やさずに一層進歩させることが必要であると考える。