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2018年8月29日

農業と法務

弁護士・カリフォルニア州弁護士 大城章顕

 「契約取引」とは、一般的に「農産物の播種前に農家・農業法人などの生産者が取引先と農産物の価格、数量、対象(品質)等について取決める売買取引」を指します。この言葉を初めて耳にしたとき、「『契約取引』?取引は契約に基づくことは当然なのに、どうして取引にわざわざ『契約』と付けるのだろう?」と不思議に感じました。さらに、「契約取引」の意味を知って、このような通常の売買契約とは大きく異なる取引の名称が単に「契約取引」と呼ばれていることに違和感を覚えました。
 「契約取引」が「契約取引」と言われるようになったのは、(推測ですが)このような特殊な取引形態が利用されるようになった際に、「契約」をしたためではないでしょうか。反対に言えば、それまでの農産物取引は売買契約であると意識されていなかったのではないでしょうか。このことは、農業においては契約を含めた法務への意識が高くないことを示していると言えるのではないかと思います。

事業活動は法的な行為の連続

 事業活動は法的な行為の連続です。例えば、農業法人が農業を営む場合、①会社を作る、②農地を買う・借りる、③種や肥料を買う、④従業員を雇う、⑤農機具の修理を依頼する、⑥農作物を売る、⑦農作物の加工を委託する、といった行為が行われます。農業に限らず、このような行為はあまり意識されずに行われていることも多いですが、これらの行為はすべて法律行為が関わっています。
会社は会社法に基づく設立をすることでその存在が認められますし、②から⑦はすべて契約行為であり、その契約の内容も様々で、民法や商法、労働法といった多様な法律が関わっています。このように、事業活動は法的行為が連続しているからこそ、法務は必要不可欠なのです。そして、農業も事業として行う以上、法務が必要なのです。

法務=法的リスクの管理

 法務と聞くと、企業同士あるいは企業と顧客の間で裁判をするといったイメージであったり、大企業が法務部を設置して契約書を作成していたりといったイメージを持たれるかもしれません。そのため、自分の会社には法務は関係がないと考えている方もいらっしゃるかもしれません。しかし、法務は企業規模に限らず、事業活動を行う以上は必要なものです。
法務の目的は、裁判をしたり、契約書を作ることではなく(これは手段です。)、“法的リスクを管理すること”です。“法的リスク”とは、違法行為を行って経営者が逮捕されたり、事業が続けられなくなったりすることも含まれますが、商品の代金が回収できないことやクレームによって損害賠償責任を負うことなど、法的な責任を負うリスクのことです。
 法務に取り組むことで、このような法的リスクを管理することができるようになり、リスクを回避する方法やリスクが現実化したときに被害を小さくする方策を予め取っておくことができるようになります。例えば、数年間契約取引を継続していた取引先から、作付け直前に今年は取引をしないとの連絡があったという相談を受けたことがあります。この例では、契約を継続することを相手に強制できないとしても、例えば翌年の契約継続の有無については6ヶ月までに通知することを契約で義務付けるといった方法をとっておけば、作付け計画を変更したり、代替の取引先を探す時間の余裕を持つことができます。このように法務に取り組むこと(ここでは、具体的には契約書に必要な条項を盛り込むこと)で、法的リスクを管理し、リスクを低減することができるようになります。
 なお、この例では買い手である加工業者・外食業者等の立場からも、このような規定を契約書に設けることで直前になって生産者から契約しないことを告げられ、急遽農産物確保に駆けずり回るといったことを避けることができるというメリットがあります。このように、法務とは必ずしも一方当事者にだけ必要なものではなく、当事者双方にとって必要なものです。

農業に法務を

 農業界は変革の時期にあると言われています。そして、農業には農業者だけでなく、様々な企業等がかかわっており、その数も増加していきます。さらに、海外展開や海外の農産物との競争も激化していくことが予想されます。そうすると、これからの農業では法的リスクがますます大きくなっていくことが予想され、だからこそ、農業にも法務が必要であり、農業者や農業ビジネスに関わっている企業等が法務に取り組むことが重要になっていくのです。

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