2018年11月29日
弁護士・カリフォルニア州弁護士 大城章顕
これまでは、農業に法務を取り入れていくことの必要性やコンプライアンスに取り組むことが必要なことについてお話ししてきましたが、今回からはより具体的な法務の話題に入っていきたいと思います。
最初に、農産物取引と契約書について取り上げます。本稿をお読みいただいている方の中には農産物を生産して売っている方もいらっしゃれば、反対に農産物を買っているという方もいらっしゃると思います。では、その農産物の取引の際に、「契約書」を作っているでしょうか。
もちろん、「契約取引」をはじめとして、農産物取引の際に契約書を作っているという事例もありますが、全体としては契約書を作らずに取引をしているという例が多いように思われます。
「農産物取引」を法的な観点から見れば、そこには売買契約が成立しています。生産者は売主として農産物を引き渡し、買主はそれに対して代金を支払っています。この時、「契約書」を作らずに注文書を発行するだけであったり、電話など口頭で注文を受けているだけという場合も少なくありませんが、この場合も売買契約は成立しています。
売買契約の成立には必ずしも契約書といった書面が必要なものではなく、口頭だけでも契約は成立しています。それでも、取引の際には契約書を作ることを強くすすめるのは、契約がないことにより多くのトラブルが起こってしまう、反対に言えば契約書を作っておくことで避けられる法的トラブルが数多くあるからです。
契約書を作る意義は、まず合意した内容を後で証明できるようにすることです。法的な紛争は最終的には裁判で決着をつけることになりますが、このとき契約内容を証明して裁判所にわかってもらう必要があります。そこで、「電話でこういう話をしたんだ」といくら主張しても、相手がそれを否定している場合には証明することは容易ではありません。しかし、契約書に金額や対象となる農産物などが明記されていれば、証明することは簡単です。
そして、もう一つの契約書が持つ機能は、法的なリスクを把握して管理できるようにすることです。契約書を作ったからといって、すべて自分にとって有利な条項になることはほとんどあり得ず、不利な条項も含まれるでしょう(取引相手との力関係次第では、ほとんどの条項が不利ということもあります。)。
それでも、契約書を作ることで、こういうリスクがあるということを取引前に把握することができるようになりますので、そもそも取引を行うべきかの判断ができるようになりますし、取引を行う場合にもそのリスクに事前に対応することができるようになります。
そして、このような意義、機能により、そもそもトラブルとなることを避けることができるのです。当事者としては、契約書にはっきりと書いてあることなので、その通りの義務を果たそうという意識付けになりますし、この合意内容であれば裁判を起こしても仕方がないといった判断につながりやすく、そもそもトラブルにならないという効果が期待できます。
このように、農産物の取引を行う場合は、売主としても、買主としても、合意内容を明確にした契約書を作るべきなのです。
契約書がないことによるトラブルの代表格は、代金額のトラブルです。食品商社から電話があり、お米60キロ当たり12,000円と合意し、お米を出荷したはずなのに、後になってやっぱり10,000円にしてくれと言われた、といったことがあります。これが単なる値下げ依頼であればまだしも、そもそも12,000円にするとは合意していないと言われてしまった場合、電話で話しただけだと12,000円と合意していたことを証明することは簡単ではありません。
反対に、農産物を購入するために生産者と約束したにもかかわらず、生産者から(ほかによりよい条件で買ってくれる先が見つかったため)やっぱり売れないと言われてしまうということもあります。この場合も、何の書面もなければ売買契約が成立していたことを証明するのが大変になってしまいます。
そのほかにも、農産物の大きさや重さ、等級などの規格違いのトラブル、納品数・納品量の違いなどトラブルとなることは数多くあります。
このようなトラブルを避けるためには、契約書においてその内容をしっかりと明記することが重要です。そして、その前提として、金額や対象の農産物の内容についてしっかりと協議を行って合意しておくことが必要です。
契約書の機能として、法的リスクの管理というお話をしましたが、具体的にはどういうことでしょうか。実際に相談があった例を挙げてみたいと思います。
野菜の生産者から次のような相談を受けました。
これまで数年間にわたって、関東地方の複数のレストランを経営している会社と直接取引をしてきました。かなり大きな会社なので、その会社との取引量も多く、うちの年間売り上げの6割程度を占めています。
今年も昨年と同じくらいの注文があることを想定して作付けしましたが、収穫の3ヶ月ほど前になって会社から連絡があり、今年はこれまでの半分くらいの量を買う予定だと言われました。
この会社にはうちの売り上げの6割程度の野菜を納めていましたから、これが半分になると3割分は別に売らないといけないことになります。これから3割分の売り先を探さなければいけないことになってしまったのですが、一方的に取引量を減らすことについて何か言えないのでしょうか。
この相談者に確認したところ、例年契約書は作っておらず、今年も当然契約書は作っていなかったということでした。
このような場合、取引先の会社との間でどのようなやり取りがあったのか、さらにどの程度の期間、取引が続いていたのかといった事情などから、取引を減らすことについて損害賠償請求をするといった対応も考えられなくはありませんが、実際に損害賠償を得ることは容易ではありません。
もし作付け前に契約書を作って、購入することを約束していれば、取引先が一方的に購入量を減らすことはできませんし、契約書作成時に購入量を減らす話が出ていれば、新たな販路を確保するための時間的な余裕もありました。
契約書を作れば法的なリスクをゼロにできるわけではありません。しかし、少なくとも法的なリスクを把握し、そのリスクを小さくするための方法を取る(=法的リスクを管理する)ことを可能にすることができます。だからこそ、契約書を作ることは法的リスクを管理して、損失を被らないようにするために重要なことなのです。
本稿では、農作物の取引でも契約書を作る必要があることについて説明してきましたが、次回以降、具体的にどんな契約書があるのか、そのポイントについてお話ししていきたいと思います。