2018年11月29日
オーストラリア各地で9月、イチゴの生果実に針を忍び込ませる事件が相次いだ。被害は輸出先のニュージーランドにまで飛び火、イチゴ生産者は激しい風評被害にさらされた。11月に元農園労働者が逮捕され、事件そのものは一件落着となりそうだ。しかし、相次ぐ模倣犯、ソーシャルネットワーキング(SNS)による風評被害の拡散など、食品犯罪に対抗する重い課題も見えてきた。
9月にオーストラリア各地で、イチゴに混入された針が次々に発見された。実際に針入りの果実を食べて病院に運ばれたり、子どもが学校に持参した昼食のイチゴから針が見つかったりして、大騒ぎになった。その後、ニュージーランドのスーパーでもオーストラリア産輸入イチゴから針が発見された。
犯行声明はなく、被害数だけが拡大した。主産地のクインズランド州政府は「イチゴを一口で食べず、果実を割ってから口に入れよう」と警戒を呼びかけたが、逆に消費者の不安をかき立てた。店頭からイチゴを撤去するスーパーも出て、卸売価格は前月の半値近くまで暴落。地元メディアは行き先を失ったイチゴを畑に廃棄する生産者の姿を報じた。
幅広い地域で被害が広がったため、当初から「(出荷元の)農場の待遇に不満を持つ労働者の仕業ではないか」との観測が流れていた。11月に入って、針が混入されたイチゴの生産農場で過去に働いていたことのある50歳のベトナム出身の女性が警察に逮捕された。30年以上前にベトナムからボート難民としてオーストラリアに上陸、その後市民権を得ていた。警察によると、針に残されたDNAと本人のものが一致したことが決め手となった。
地元メディアによると、容疑者は前から同僚に対して「イチゴに針を仕込めば雇用者に打撃を与えられる」と話していたため、早い段階から捜査線上に浮かんでいたという。実質的な公判審議は12月半ばに始まる見通しだ。
犯人の逮捕で店頭のイチゴ販売は、いったん落ち着きを取り戻した。容疑者が起訴されイチゴの生産者団体は「歓迎」の声明を出したが、事はそう単純ではないらしい。捜査当局の説明では最終的にオーストラリア全土で、イチゴだけではなくバナナなどを含め200を超える針混入の「被害」が報告された。ところが、公判で示された容疑者の逮捕理由は7件の針混入だけで、被害数と大きな違いがある。
「真似をした愉快犯の犯行、あるいは架空の被害を警察に申し立てた人がいる可能性がある」というのはクインズランド州ブリスベンに住むジャーナリストの説明だ。被害を面白おかしくSNSで発信した不逞の輩が相当数いて、それが犯行件数を押し上げたという見方だ。事実とすれば、被害の大きかったイチゴ生産者にとっては絶対に許せない話だろう。
さらに、CNNによると、11月24日にはニュージーランドの南島のスーパーで、イチゴ容器に針が混入されているのが見つかった。愉快犯の可能性が高いが、売り上げ減などの影響がさらに続きかねない情勢だ。
食品犯罪は目新しいものではない。世界では反イスラエル勢力が同国産オレンジに水銀を混入し、主力の欧州市場への輸出を激減させた他、スリランカでも反政府グループが塩素系毒薬を紅茶に入れて信用の失墜を図った事件などがあった。日本でも1980年代のグリコ・森永事件や2014年の冷凍食品への農薬混入、15年にはコンビニでの菓子パン針混入事件があった。動機や手法は異なるものの、犯罪の対象が食品だけに、いったん事件が引き起こされると社会的関心を集め、打撃が大きいのが特徴だ。
オーストラリアのイチゴの針混入事件は、私たちの生活の一部になったSNSを舞台に、不正確で誇張された情報が飛び交うことで被害が増幅する危険性があることを示した。意図的な食品犯罪の打撃を最小限に抑えるためには、インターネット上で拡散する風評を素早く封じ込める必要がある。正確で説得力のある情報の提供を柱にした効果的な対策を、平常時から練る必要があるだろう。
(ニュースソクラ www.socra.net 農業ジャーナリスト 山田優)